第24話 兄の反乱
文字数 1,007文字
秀一が物心つく頃、兄は大学生だった。
東京で一人暮らしをしていた兄とは、長い休みの時に顔を合わせるくらいだったし、人見知りの激しかった秀一は兄が帰省しても常に母親の後ろに隠れていた。
その兄と本家の真理子が将来結婚することは、大人たちの会話の端々から知った。
真理子にはコータという、秀一と同い年の弟がいる。
秀一とコータは幼い頃から気が合った。
小学校に上がると昼休みはいつも二人一緒に過ごした。二人は外で遊ぶより教室で本を読んだりマンガを描いたりする方が好きだった。
二人っきりで教室に残り、それぞれの兄と姉が結婚したら、自分たちは兄弟になるねと話して、お互いにっこり笑い合った。
ところが兄は親たちに何も言わずに東京で別の女と入籍し、子供までもうけていた。
その事を知った大人たちが驚き慌てた時の事は、秀一もよく覚えている。
由美子が小さな男の子を連れて秀一の家にやって来た時、秀一は二人をただのお客さまだと思っていた。家の中の重苦しい空気は感じたが、小さな遊び相手が出来て単純に嬉しかった。
由美子が兄の妻だとわかった時、秀一の幼い頭に浮かんだのは、
(そうか、兄さんは真理子さんと結婚するけど、この人とも結婚するんだ!)
だった。

由美子たちは来た時も突然だったが、いなくなる時も突然だった。
大人たちの間では話がついていたのだろうが、子供だった秀一にとってはあまりに急だった。
いよいよ夏休みが始まり、賢人とたくさん遊べると、ワクワクしながら母親が運転する迎えの車に乗った。
(ケントにこれ、あげるの)
と、図工の時間に作った紙粘土のキリンを見せても、運転席の母親は無言だった。
ランドセルを置いて、キリンを片手に由美子と賢人の部屋に入ったが、中はもぬけのからだった。
父や母に聞いてもなんだかんだと、ごまかされる。
普段なら話しかけない兄の仕事場へ行き、初めて二人が東京に帰ったことを知った。
『もう、戻って来ないよ』
そう言い放つ兄の態度が冷たく感じられて、秀一は腹が立った。
だが言葉にすることができない。
人知れず泣きながら家に帰った。
町の大人たちは、東京育ちの由美子に田舎暮らしは合わなかったとか、旧家の嫁は荷が重かったのだと噂しあった。
若気の至りで子供ができてしまったが、やはり一輝さんは真理子さんを選んだのだろうと、誰もが満足げにうなずいた。