第4話

文字数 3,097文字



その男の名は
おまけ①「焚」



 おまけ①【 焚 】



























 「ぐはっ・・・!!」

 「き、貴様・・・!!」

 足元で喚いている男に向かって、留めを刺す。

 息絶えた男に背を向けると、歩きだした。

 「恐ろしい人だな」

 「人じゃねえよ」

 「地獄から来たって噂もあるくらいだ」

 「人でもないってわけか。それならあの冷酷さも納得がいく」

 「味方でも近づきたくないのに、敵なら絶対会いたくはないもんだ」

 周りにいる、同じような格好をした男たちがなにやら話しをしているが、そんなもの、耳には入れない。

 ただ、依頼された任務を全うするのみ。

 それしか出来ないのだから、それに生きるしかない。

 手を動かして撤退するように指示を出すが、指示を出した本人はまだその場にいた。

 顔のほとんどを覆い隠しているが、闇夜に照らし出される目だけは、確かにそこにいることを提示する。

 肌で感じた何かに、神経を集中させる。

 するとその方向から、がさ、という物音がして、腰に備え付けてある短剣の柄の部分をゆっくりと握りしめる。

 「!」

 しかし、向いていた方向とは逆に身体を向けると、向かってきた切っ先の鋭いソレを、短剣で弾いた。

 弾かれたソレは宙を舞ったあと地面に突き刺さる。

 「・・・・・・」

 背後に現れた気配に、顔は動かさず、目だけを軽く向けた。

 「この辺で暴れるのは止めてもらえるか」

 殺気がないその気配は、以前、どこかで感じたことがある気がしたが、どこでだったかは思い出せない。

 ゆっくりと振り返ると、そこに立っている男は気だるげに大きな石に腰かけた。

 「お前は・・・」

 「あ?どっかで会ったか?」

 そこにいる男を忘れることがあろうか。

 敗北というにはあまりにも惨めで、己の人としての未熟さを思い知らされたのだから。

 相手の男は首を傾げていたが、目を背けてここから立ち去ろうとしたとき、声をかけられた。

 「あん時の、確か・・・」

 えーと、んーと、とあちこちに首を捻ったかと思うと、頭のガシガシとかきだし、顎鬚を触りながら考え込んで、顔に手を当てて下を向く。

 別に思い出さなくても良いことだし、思い出してほしいとも思っていないし、忘れていても仕方のないことだと思っていた。

 放っておいて立ち去ろうとした時、男が目の前にいて、顔をまじまじと見てきた。

 眉間にシワを寄せて怪訝そうな顔をしていると、男は「あ」と呟いた。

 道端で会ったくらいの男、覚えているはずがないと、捕まらないように瞬時に動こうとしたのだが、やはり腕は男の方が上のようで、あっさり捕まってしまった。

 「伊勢、だったな」

 「何のことだ」

 「死んだってデマもあったが、やっぱりデマはデマだったか。お前が生きてて安心したよ」

 「伊勢という男は死んだ。俺は伊勢ではない」

 「そうだな。今は確か、黒夜叉って名乗ってるんだもんな」

 知っていたのかと、目を細めて男を見ると、楽しそうに笑っていた。

 「伊勢を見た奴で生き残ってるのは、俺くらいか?それにしても、相変わらず腕は良いみたいだな。そいつら、仲間の手も借りねえで殺したろ」

 「負かした相手に言う言葉じゃないな。腕が良いとは思っていない。実際、お前に負けた」

 「負かしちゃねぇだろ。あれはもともと、勝負にもなっちゃいねぇからな」

 「それが実力の差だと言うのか」

 「そうじゃなくて。なんだお前、捻くれてるのか?俺が言いてぇのは、あんな、理性の利かねぇ動物みてぇな動きのお前とじゃ、ちゃんとした勝負が出来ねえってことだ。伊勢って奴は、冷静だからこそ本領を発揮する。怒りや悲しみなんかの感情任せに戦う、野生じみた強さじゃねぇ。だろ?」

 「・・・知らん」

 「自分のことだろ」

 「調べたぞ、銀魔。元の名もな」

 「昔のことは振り返らねえぇ性質でな」

 「変幻自在に姿形を変える、人間技とは思えない能力を持っている男。噂かと思っていたが、まさかそれがお前だったとはな」

 「俺のこと調べるなんて、そんなに俺のこと好きだったのか」

 「気色悪いことを言うな」

 「俺は自由気ままにやってはいるが、なんでお前はそうしない?背負ってたもん全部下ろしたんだろ?何かに縛られることには、もううんざりしてるかと思ってたよ」

 「・・・・・・」

 ざざ、と生温い風が吹いた。

 「こういう生き方しか、知らないからな」

 「・・・そうかい」

 男は背を向け、身体をうーんと伸ばした。

 その背中はまったくの不用心で、警戒心の欠片も無ければ、殺気もない。

 考えられないほど無防備な男に、半ば呆れながら言う。

 「敵に背を見せるか」

 すると、男は腰をごき、と鳴らしながら顔を動かして、笑った。

 しかも、歯を見せて、笑った。

 「敵意も戦意もない奴が背中を向けてても、不意打ちするような卑怯な真似はしねぇよ、お前は」

 「知った口を」

 「俺ぁこう見えて、人を見る目はあると自分では思ってんだ」

 「今回は見逃してやるが、次回俺の前に姿を現した時は、覚悟しておくんだな」

 「牙を失くしたわけじゃねぇってことか。上等だ。俺には今弟子がいてな、こいつらがまた、お前みたいな野犬なんだ」

 「弟子?」

 「まあ、成り行きでな。面倒見が良いわけじゃねえから、ほとんど野放し状態だけどな。ずぶ濡れの子犬に懐かれたら、さすがの俺でも放ってはおけねえし」

 「・・・何を言ってるんだ?」

 「生きてりゃ、またどこかで会うだろうよ」

 男の言葉が、やけに重く響いた。

 背中に圧し掛かっていたものは、一度どこかに置いてきたはずなのに、心の何処かにずっとあった。

 下ろしてきたなんて、嘘だ。

 男だって、そのことを分かっていて、試すようなことを言っただけ。

 生きていれば、などと、すでにこの世から消えてしまった彼らに対して、どう伝えれば良いのか。

 「銀魔・・・」

 「なんだ?」

 見えてはいない口元が、笑みを浮かべていたことさえ、その男に見透かされているかもしれないが。

 「お前とは、二度と会いたくないものだ」

 「・・・互いにな」

 数歩後ずさったあと、男の前から姿を消した。

 城に戻って、息苦しい呼吸を繰り返す。

 それが心地良いと思ってしまうのはきっと、幼い頃からそうしてきたからだろうか。

 またあの男に会ってしまったら、積み重ねて来た何かが簡単に崩れていって、過去の自分を否定する生き方を選ぶことになってしまうかもしれない。

 ただ、それを恐れている。







 「銀魔さん、ここにいましたか」

 「迷子になったのかと思いましたよ!」

 「おお、飛闇に風雅。ちょっとな、知り合いに会ったもんで」

 「知り合い、ですか?」

 「お友達ですか?」

 「そうじゃねえが。よし、じゃあそろそろ帰るか。飯は確保したんだろうな」

 「活きの良い猪を」

 「それは魚に使うやつだな。まあいい。行くぞ」

 大きな欠伸をしながら、3人の影は去って行った。

 一方、城に戻ると、城主に呼びだされたため、すぐに向かう。

 「どこで何をしておったのだ。他の連中はずっと前に戻ってきておったぞ」

 「申し訳ありません。後片付けをしておりまして」

 「ふん、まあよい。それより、伊勢という男に関して、何か分かったか」

 女性の前に片膝をつき、頭をさげた状態で答える。

 「伊勢という男、やはり死んでいるようです。これ以上の捜索は、無意味かと」

 「・・・死んでおるのか。つまらん。まあ、わしには黒夜叉、お前という使い勝手が良い駒がおるからのう。せいぜい、わしのためにその命、使うのじゃぞ」

 「承知いたしました」

 黒い影はまた、光から逃げるように闇夜に紛れ融け込んで行く。

 二度と、名乗ることの無い名と共に。




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