第24話

文字数 3,147文字

「た、田辺君……」
困ったような表情にみるみると顔を染める理都子
「あのなぁ、まどかちゃん。俺と理都子とはそんな……し、しかし……」
「まったくもう、ほんと弱虫田辺。まゆみ先生が言っていたわ、あの人ここ一番と言うときに本当に弱気になるってだからもしね、そんな時があったら私に彼の事たたいても真っすぐに思いをつたえるようにしてって言われてる。だから私は田辺先生には容赦しない今は……そしてりっちゃんにも」

そんな俺ら二人を見ながら秋島まどかは
「やっぱり私お線香とお花買ってくる。すぐそこにお花屋さんがあったからそこに行ってくるね」

後は二人で……頑張って……ね


そう言い残し彼女は俺ら二人をおいてすたすたと歩き離れていく。
その後ろ姿をふと、見つめる。今、俺の目に映る秋島まどかのあの背中に感じる寂しさと、また自分の望む世界を見つめる彼女の真っすぐなむこうを

その姿を見ていると俺ら二人とも、まゆみと言う存在を失ってからお互いの時間は止まっていたように感じた。
少なからずも俺も感じてはいた……理都子の気持ちを……
それをまゆみは知っていたんだ、そして自分の未来が途切れようとしている事も……
だからなのだろうか、俺はまゆみがひそかに秋島まどかにこの事を託したことについて違和感を持つことはなかった。

正直、理都子はまゆみの妹。俺はいつもそう自分自身に言い聞かせていたところがあったのは否定はしない。
まゆみがこの世を去り、そして理都子がアメリカに移籍した時も俺は彼女理都子の事を気にする、いや、その余裕もなかったと言うのが事実だった。
もしあの時本当の気持ちを俺が素直に理都子に打ち明けていたら……
俺はまゆみを愛している。いや愛していた……
彼女が生きている時も愛していた、はずだ
しかし心の中に残るしこりはまゆみへの想いを強くすることで俺は消し去ろうとしていた。本当はまゆみがこの世から、俺の前からいなくなったことが苦痛だったんじゃないことくらい、どこかで俺は解っていた。

「ねぇ、光ちゃん、あなた少し頑張りすぎてない? もっと気軽に自分の好きなように生きればいいのよ」
いつだったかお袋がまだ高校生だった俺にいった言葉をふと思い出した。
俺は無理をしていたのだろうか?
お袋と二人っきりの生活で、苦しいことも楽しいことも沢山あった。
それでも苦しいことは今は過ぎ去った思い出に変わっている。

「自分に素直に」

そう…素直な光ちゃんが私は一番好き
た・な・べ君……もう私はいないんだからそろそろもっと自分の事に目をむけなさい。

墓石から伝わってくるような……聞こえてくるような不思議な感じの声が俺の胸の中に沁み込んで行く。

ずっと下を俯いたままの理都子
彼女の気持ちは……ずっと前から沁みつき伝わっていた。
「理都子」
「は、はい……」
はっと気が付いたように理都子は返事をする。
「俺さぁ、素直じゃなかったか?」
理都子はゆっくりと顔を上げ俺の目を見て軽くうなずく。
「そうか……」
「無理していたのか?」
「それはわからない……でも苦しんでいたのは知っている」

「あなたも……そして姉さんも……」

そうか……

「なぁ理都子、俺は今もまゆみの事を愛している。その想いはたぶん一生消えない。いや、消せないと思う。でも……」

握る手に力を込めて彼女は言った

「わかってる。でも、もう姉さんはいない。そして姉さんが生きている時も私は、私は貴方の事を見ていた。ずっとずっと、ただ見ていた。私はずるい女なのかもしれない。実の姉の彼に恋心を抱いてしまっていた。でも私は貴方を諦めることは出来なかった。姉さんが亡くなって私はアメリカに逃げ込んだのよ。自分の気持ちを自分の想いから逃れるために。でも私はまたこの日本に戻ってきた。そしてまたあなたの前にこの姿をあなたの目に心に焼き付けようとした。
貴方が、田辺君が姉さんを一生忘れられないのはわかっている。そして一生姉さんを愛し続けるのもわかっている。
それでも……私の気持ちはまたあの頃に完全に戻ってしまった。
貴方を愛していしまっている私に……

私は貴方 田辺光一が好きです。愛しています。姉さんに負けないくらい。
だから……………
姉さんをずっと愛し続けてください。
姉さんをずっと愛し続けることが私にとって、貴方と繋がりを保てる唯一のとりでなんだから……
姉さんを……ま、まゆみ姉さんを……」

理都子の瞼からは涙が流れ落ちていた。
その涙は悔し涙ではない。
本当の彼女の気持ちを表した涙だろう……

「素直になりなさい。光ちゃん。貴方は我慢しすぎるの。そんな光ちゃんを見るのが物凄くつらかった。母親として……愛する我が子へ罪をかせているようで……」

「お袋………」

その瞬間、からだが勝手に動いていた
俺は理都子を強く抱きしめていた。強く、そして暖かく
そっと彼女の耳もとで小さな声でつぶやく

「素直になっていいのかなぁ……」

理都子は小さく頷く

「俺は二人を愛してもいいのか?」
「お前はそれでいいのか?」
「こんな、こんな……俺を受け入れてくれるのか……理都子」

「馬鹿ぁ……答えなんか求めないの」

ふっと二人の唇が静かに重なり合う。
俺の瞼かも一筋の涙がようやく流れ出した。
まゆみへの想いが消えていくのではない。まゆみの想いがまた新しい暖かな柔らかい想いへと変化していくのを感じる。

「ふぅ、やれやれ。何とかうまくいったみたいね」
秋島まどかはスマホを取り出し
「ああ、常見の叔父様、まどかです。たった今任務完了いたしました」
「すまんなぁ、まどかちゃん。煮え切らない意地っ張りの大人の面倒を見てもらって。……それに君にもつらい思いをさせてしまったね」
「あら、常見の叔父様、私まだ諦めたわけじゃありませんから、あの二人の(すき)があればいつでも潜り込んでいきますわよ」
「ははは、そうかあきらめが悪いのは親譲りか?」
「いいえ、違います。まゆみ先生と田辺先生の影響です。私はあの二人がとても好きなんです、愛しています。もちろん理都子先生も同じですよ。でも私は田辺先生が好き。だから諦めないんですよ。あ、変な意味じゃないですからね叔父様。念のために」
「わかっているよ。どうだね今度お礼もかねて食事でもどうかな? それともこんな年寄りとじゃいやか?」
「んーどうしよっかなぁ……ダンディーな叔父様だったらフレンチだったらいいかなぁ」
「ははは、そうか、それじゃいい店予約しておこう」
「もちろんコースよね」
「わかってるよ。本当にありがとうまどかちゃん」
「ううん、こんな私でも田辺先生の力になれてうれしい。それじゃフレンチ楽しみにしています」

「まゆみ君、君との約束の第一段階はうまくいったようだよ。さて次は私の出番の様だ。外科医として一人の医局の職員として……いや常見晃三郎(じょうみこうさぶろう)として君のやり残した思いを最後まで成し遂げさせてもらうよ。まゆみ君」

そう呟きながら彼は自分のディスクの引き出しの奥から一冊の古ぼけたノートを取り出した。
懐かしむようにそのノートのページをめくりあげ、あるページでその手を止めた。

そこにはとある患者のデータが記載されていた。
そしてその中に挟み込むようにある一枚の写真。
病室で仲睦まじく寄り添うほほえましい笑顔の親子の写真
末期がんの母親とその息子が写し出されているその写真からは、もう次期命が消えるという恐怖感などみじんも感じさせない力強い笑顔と

その事実を知るまだあどけなさが残る高校生の少年の姿があった。


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