3.大切に思ってくれる仲間が、親だ、兄弟だ、姉妹だ!

文字数 1,902文字

まるで、何が起こったのかわからないみたいに、ボーッとアユを見送った浩太が、我に帰ったように、ハッとして、小梅に怒鳴りかかってくる。
小梅先輩、ボクの成功を台無しにするなんて、ひどすぎます!
今度の『浦島太郎』は、成功するよ。

あれだけ脅しておけば、大丈夫さ。

今度だけじゃなくて、ボクは、この先も、沙紀先輩に引き立ててもらって、大スターになるつもりだったのに!

これで、ボクは、沙紀先輩ににらまれちゃったじゃないですか!

ホント、余計なおせっかいしてくれましたね、オ・バ・サ・ン!

あんた、沙紀がキャスティング部長とつるんでやってる悪事のことを、全部知った上で、それに、乗っかろうとしてたのかい?
当たり前でしょ。ボクみたいに、動物役も人間役もできるオールラウンダーのクローン・キャストは、便利屋あつかいされて、あっちの脇役、こっちの脇役と使い回されてるうちに、50年の寿命なんて、あっという間です。

ボクは、そんな、つまんない一生を送りたくなかった。ビッグになりたかった。大勢のキャストを従えて、デカイ仕事がしたかった。

呆れたね。


ビッグになる代わりに、沙紀の奴隷にされちまうんだよ。


そんな一生の、どこが、面白いんだい?

そぉいうセリフは、動物役しかできない小梅先輩みたいに、先が見えてるクローン・キャストの言うことです。


負け犬の遠吠えです。ボクみたいな将来ある若者を、先輩みたいなオバハンと、一緒にしないでください。

突然、物陰から美鈴が飛び出してきて、浩太の横っ面に平手打ちを浴びせる。
美鈴、ここには来るなと、言ったのに!

あんたまで、沙紀たち一味につけ狙われるようになったら、どうするんだ!

ごめんなさい。どうしても、浩太と小梅先輩のことが、心配で。

浩太、あなた、小梅先輩に、なんてヒドイことを言うの!

私が、小梅先輩にお願いしたんだよ。あなたを止めてくださいって。

余計なことしやがって、この、馬鹿オンナ!


お前は、オールラウンダーとして、あっちで動物になり、こっちで裏方の人間になりして、擦り切れていく奴だ。だけど、俺は、違う。俺は、スターになれる器だ。

小梅が浩太に往復ビンタを浴びせる。
いってぇ~、なにすんだよ、オバハン!
あたしのことを、なんと言おうと、あんたの勝手だ。

だけど、美鈴の悪口だけは、許さない。この子が、あんたのことを、どれだけ、親身になって気にかけているか、あんたには、わかんないのか!

わかんないねぇ。

あんたも、美鈴も、俺の親でも、姉ちゃんでも、ねぇのに!

なんで、俺に、余計な世話を焼くんだ!

お前は、阿呆か?

あたしたち、クローンには、親も、兄弟姉妹も、ねぇんだよ。培養器から、オギャーって、出てくるんだからな。

だから、自分を大切に思ってくれる仲間を大事にするっきゃないんだ。仲間は、親だ!姉だ、妹だ!兄だ、弟だ!

そんなことも、わかんないのか!

浩太が、急に、肩を落として、うなだれる。
俺は、ただ、成功したかったんだ・・・

「日本昔話成立支援機構」に、便利に使いまわされる道具で、終わりたくなかった。

浩太、私たちは、「日本昔話成立支援機構」にいる限り、ビッグな主役を張ろうが、ちっちゃな脇役をマメに務めようが、道具であることは、同じだよ。だって、私たちは、「機構」が、昔話を成り立たせるための道具として作った、クローン人間なんだから。
あたしは、「機構」にとっては、道具でも、あたし自身にとっては、人間だ。あたしには、魂ってものが、ある。それを、何かのために売り渡すことだけは、絶対に、したくない!
浩太が、突然、泣き出す。
俺は、俺は、どうしたらいいんだ・・・
それは、あんたが、自分で考えるんだね。

考えて、考えて、その結果、どうしても、ビッグになりたくて、そのために、沙紀に魂を売り渡してもいいと言うなら、もう、あたしは、止めないよ。


私も、浩太が、とことん、考えて、そう決めるのなら、止めない。

すっごく、悲しい。でも、止めない。浩太の人生は、浩太のものだ。

でも、浩太がどういう道を選ぼうと、私の心は、ずっと、浩太のもとにいる。そう思って、あてにしてもらって、いい。いいえ、あてにして、欲しい。

浩太が、全身をふるわせ、大声で、泣き出す。
あたしは、これで、引き上げるよ。

美鈴、あんたは、どうする?

私は、浩太がイヤでなければ、ここにいます。
美鈴、行かないでくれ・・・そばに、いてくれ・・・
小梅、ちょろりと舌を出す。
おや、まぁ・・・

じゃ、美鈴は、こいつと、いてやんな。

あたしは、これで、サヨナラだ。

美鈴たちに、背を向けて歩き出す、小梅。
小梅先輩、ありがとうございました。
小梅、振り向かず、頭の横で、手をひらひらさせて、立ち去る。
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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する、日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることも、ある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短期で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に、成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしている。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手を、ずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる、魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロはキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを、生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

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