第一話 プロローグ

文字数 6,421文字

 俺、アキト・ロードは生まれつき、不思議な力を持っていた。それは、あらゆる文字が読めること。だけどこんな能力、大した使い道がないなぁ。なんて思っていた。

 俺の生まれはごくごく平凡な家庭だった。父さんは平民出身の騎士。母親は凄腕の冒険者だったそうだ。が、それでもうちはごくごく平凡だった。冒険者を引退した母さんは子育てに専念し、父さんと一緒に幸せに暮らしていたのを俺は傍で見ていた。

 そしてある日、俺のこの特殊能力である『文字読みの魔法』が両親にバレた。いや、まあ、隠してたわけじゃない。ただこれは傍から見ればただ文字を読んでいるだけなのでバレるとかそういう問題以前に、そもそも気づかない。

 だが、ある日、王都にある図書館で適当な本を見つけて読んでいると、父さんがぎょっとした顔で本を読んでいる俺のもとに駆け寄ってきた。

「あ、アキト! お前、その本が読めるのか?」

「え? うん。そうだよ」

 俺の眼にはどんな文字で書かれていようが等しく読めたから、それがどういう本なのか――――例えば、長年解読されていない古代文字で書かれた本だったとか、そういう区別がつかなかった。元々、読書は好きだったから、面白そうなタイトルの本を片っ端から読み漁っていた中にそれが混じっていた。

 そして俺は、父さんに自分の能力の事を説明した。

 俺はどんな文字も読める、と。

 すると父さんは、

「アキト……お前のその魔法は、誰にも言ってはいけないよ。それが周囲の人間に知られてしまえば、お前は危険な目に合う」

「う、うん。わかった」

 後に知ったことだが、俺のこの能力はそれなりに危険な物らしい。

 色んな魔術師や犯罪魔法集団が、危険な力を持った魔導書の解読を求めて俺の能力を狙ってくるかもしれない、らしい。

 父さんや母さん、そして上の兄さんや姉さんたちは俺の能力を知ってからは何やらコソコソと動き出しているらしいが……何があったのだろうか。

 そして俺が八歳の時。

 俺は、家の助けになればいいと思って、父さんのコネを使ってお城のバイトをやることにした。やることは簡単だ。お城の中の掃除や雑用その他諸々。そして、パーティの時に食べ物や飲み物を運んだりする仕事だ。これが結構、儲かる。

 しかもお城の人たちはみんな良い人だ。

 この城の国王陛下には二人の子供がいる。息子のクロード様に、下の娘のアリス様だ。特にアリス様は、俺と同い年ということもあって、俺の存在は重宝されていた。アリス様絡みのパーティやイベントなどの時には俺が駆り出されることが多かった。同年代の子供を置いて精神的に少しでもリラックスしてもらう為だろう。俺たちなんかでリラックスできるなんて思ってないけど。気休めでもないよりマシというやつだろうか。

 まあ、俺としても、かわいい女の子を見れるし金も貰えるのだから文句はない。

 むしろ。

 端的に言えば、だ。



 ――――一目惚れだった。



 初めてアリス様を見た日。俺のテンションは上がりにあがった。かわいい。とてもかわいい。まるで女神だ。俺は一瞬で恋に落ちた そして二年経った今日も、かわいいアリス様を視界の隅に収めながら働いている。

「オラ、さっさと働けよ同僚」

 隣を見るとそこにはメガネをかけた俺と同い年の少年がいた。

「わかってるよ」

 このメガネの名前はドン・グリーン。俺はドングリと呼んでいる。こいつの父親も騎士で、こいつも俺と同じ、騎士である父親のコネを使ってこの城でのバイトを始めたらしい。同い年と言うこともあってすぐに意気投合した。が、こいつは俺とは違って上級貴族の家の子だ。でもドングリは、平凡にして平民な俺に対して普通の友人のように接してくれる。上級貴族の中には傲慢な輩もいる。けど、ドングリはそんなやつじゃない。口は悪い時もあるが、それはお互い様だし。

「にしても、相変わらず綺麗だよなぁ。アリス様。ドングリ、お前もそう思うだろ?」

「ドングリ言うな。まあ、確かに綺麗だよな。かなり可愛いし。これだけでこの城に来てよかったぜ」

 廊下を掃除している俺たち。窓からは、中庭で奥様と一緒に読書をしているアリス様が見える。その姿すら絵になっている。かわいいなぁ。

「そういえば、カゲのやつから聴いたんだけどよ。今度、アリス様の十歳の誕生日のパーティをやるらしいぜ。こりゃまた駆り出されそうだ」

 カゲというのは俺たちの同僚である、同い年の少年のあだ名だ。隠密行動が得意で城中の噂を嗅ぎまわっている。いつも気が付けばそこにいるようなやつだ。つーか働けよ。お前も俺たちと同じ騎士の父親のコネのバイトだろうが。

「うへぇ。アリス様のドレス姿を見れるのは嬉しいんだけど、なんかああいう空間って苦手なんだよなぁ」

「仕事だから仕方がねーだろ。それに、お前の大好きなアリス様のドレス姿が見れるんだ。文句言うな」

 ……何となく、仕事を頑張ろうと思った。



 ☆



 アリス様の十歳の誕生日の当日。

 悲劇が起きた。

 病気で国王陛下の妻が亡くなったのだ。

 突然のことだった。

 当然、その日のパーティは中止になった。

「…………」

「…………」

「…………」

 俺たち三人は、せめて邪魔にならないように廊下の隅っこで座っていた。いつもはどこにいるのかも分からないカゲもここにいた。

「アリス様、大丈夫かな……」

 俺がポツリと口を開くと、ドングリが「んなわけねーだろ」と返した。

「アリス様がどれだけ奥様が大好きだったか、お前も見ていただろうが」

「うん……」

 それでも、と。

 俺の口は自然と言葉を紡いでいた。どうにかなるわけでもないと分かっていても、口に出さずにはいられなかった。

「何か、俺達にできることはないかな……」

「ねーよんなもん。出来ることがあるとすれば、国王陛下かクロード様だけだろ」

 ドングリの考えは現実的だ。それは俺も分かっている。分かっているけど、なんだろう。あの子のために、何かしてやりたい。そんな気持ちの方が、頭でわかっている現実よりも強かった。

「アリス様なら、さっき中庭で見た」

 隣に座っていたカゲの一言で思い出す。中庭といえば、よくアリス様が奥様と読書をされていた場所だ。奥様は色んな国の本を集めていて、アリス様の知らない文字で書かれた本をよく読み聞かせしてもらっていた。

「あの絵本も、持ってた」

「あの絵本……古代文字で書かれたあの絵本か」

 確か、アリス様が一番のお気に入りだった絵本だ。奥様の一族は大昔から続く古い家系で、その家系が代々受け継いでいた古代文字も読めていた。内容的にはただの絵本だから、特にこれといって魔術的な価値があるわけでもないらしいけど。

「行ってこい」

 ぐっ、とカゲがサムズアップしている。

「……仕方がねーな。おら、行くならさっさといけや。誰かに引き止められたら俺の名前使って押し通れ。これでも俺ん家の名前って結構、影響力あるんだぜ」

 二人の同僚に後押しされ、俺は中庭に向かって駆け出していた。二人には、俺の能力の事を話してある。俺の能力は秘密にしておけと言われていたけど、二人になら話しても良いと思っていた。そして、二人は俺の『文字読みの魔法』のことを知っていて俺を送り出してくれた。つまりは、そういうことなのだ。

 中庭にはアリス様いがいの人影はなかった。恐らく、アリス様のことを気遣っているのだろう。それを考えると俺が行ってもいいのだろうか。つーか駄目なんじゃね? と思ったけど、もうかまうもんか。

 アリス様はすぐに見つかった。中庭にあるベンチに一人で座っていた。隣には奥様の代わりに、あの絵本が置いてあった。

 もう、彼女の隣に座っておはなしを読んでくれていた人はこの世にいない。

 深呼吸して出来るだけ落ち着かせて、俺は清水の舞台から飛び降りるつもりで、そっと声をかけた。

「あ、アリス様」

「……誰、ですか?」

 静寂に包まれていた中庭に、俺とアリス様の声はよく通っていた。俯いていたアリス様は顔を上げる。その顔は涙こそ流していなかったものの、もう十分に泣き腫らしていたことが解る。

「えっと、ここで働かせてもらっている使用人です。バイトですけど」

「…………どうしてここに来たんですか」

 分かっている。理屈では。今無理に踏み込んでいく意味はない。後日出直せばいいだけだ。

 だけど、何となくだけど……このまま彼女を一人にしておくのは、なんだか、駄目なような。そんな気がした。

「えっと……お、おはなしを、読みにきました」

 え? と、明らかにアリス様はきょとんとした顔をしている。うん。言いたいことは分かる。いきなり何なのこいつって思って当然だ。俺だってこの状況でそんなこと唐突に言われたらそー思う。

「おはなし……? 読む?」

「そ、その、絵本……です」

 俺は緊張しながらアリス様の隣に置いてある、絵本を指差した。

 もうボロボロの、だけどアリス様がことあるごとに楽しみに奥様に読んでもらっていたむかしばなしの入った絵本。

「これは……無理ですよ。古代文字で書かれているんです……おかあさま、以外の人には、読めま、せん……」

 おかあさま、の部分で涙声になっているのが分かった。何だか俺が彼女を更に悲しませている気がする。だけど、ここで引き下がるわけにはいかなかった。

 アリス様は何か楽しい事や悲しい事があるたびに、あの絵本を読んでもらっていた。

 だから彼女に今一番必要なのは、あの本なのだ。

 そしてあの絵本が読めるのは世界でもう……俺だけだ。

「読めます」

 俺は、自信を持って答えた。この『文字読みの魔法』がどこまでの物なのか、古代文字も読めるのか分からない。だけど、そんなことは関係なく、俺は読まなければならない。

「うそです。読めません」

「本当です。読めます。おれ……自分を、信じてください」

 足が震えているのが分かった。自分が何をしているのか。それが分かっているだけに。

 もしかすると俺は余計なことをしてしまったのではないのだろうか。

 彼女を更に悲しませてしまったのではないのだろうか。

 そんな考えが頭の中でぐるぐるとまわる。

 だけど。

「……ほんとう?」

「ほ、本当ですっ!」

 ぎくしゃくと、俺はネジの切れたロボットのような動きでアリス様のもとへと近づいていった。近くで見るアリス様はやっぱりとても綺麗で、可愛かった。

「読んで、ください」

 アリス様は、まるで最後の希望を託すかのように、俺に大切な絵本を預けてくれた。俺は絵本を受けとると、一度、目を閉じて深呼吸した。

 目を開ける。

 ページを開く。

(……よし、読めるっ!)

 どうやら『文字読みの魔法』はちゃんと働いてくれたらしい。まずは一安心だ。

「む、むかしむかし、あるところに一人のお姫様がいました」

 最初の一文を読むと、アリス様は信じられないとでもいうかのように目を見開いていた。そして、

「あ、あのっ、隣に座ってくださいっ!」

「え、あ、その。よろしいのですか?」

「はいっ。ですから、はやくっ!」

 俺は促されるまま、慌ててアリス様の隣に座った。やばい。ドキドキする。こんな時なのに。

 とりあえず集中するんだ。今は、俺の事なんかどうでもいい。アリス様を少しでも元気づけてあげられるなら……。



 むかしむかし、あるところに一人のお姫様がいました。

 お姫様はとても綺麗で、誰にでも優しい人でした。

 そして、そんなお姫様に憧れる一人の魔法使いの男の子がいました。

 魔法使いの男の子はお姫様の力になろうと、魔法使いであることを隠してお城で一生懸命働きはじめました。

 少年が魔法使いであることを隠していたのは理由がありました。

 その頃の国では、魔法使いは嫌われ者だったからです。

 そんなある日、お姫様の母親が病に倒れました。

 それは一生治ることのない呪いでした。

 お姫様は悲しみのあまり涙を流し、男の子はそんなお姫様に声をかけました。

 ぼくならおかあさんの呪いを治してあげられるよ。だから泣かないで。

 そういうと、男の子はお姫様の前で魔法を使い、母親の呪いをあっという間に治してしまいました。

 男の子は王様に魔法使いであることがばれてしまったので、国を追い出されてしまいました。

 そんな男の子に、お姫様は駆け寄ります。

 お姫様は笑顔で言いました。

 おかあさまの呪いを解いてくれてありがとう。

 男の子は喜びました。



 男の子は、例え国を追い出されようとも、ただお姫様の顔に笑顔が戻っただけで幸せだったからです。

 お姫様は王様に男の子を国から追放するのをやめてと懇願しましたが、聞きいれてもらえませんでした。

 それでも男の子は幸せでした。

 むしろ、お姫様が自分のためにそこまでしてくれたことの方が嬉しかったのです。

 おひめさま。ぼくはまたこの国に戻ってきます。だからそれまで、待っていてください。

 男の子は旅に出かけました。

 世界中を旅して、人々を魔法を使って元気にしてあげました。

 そして、十年後。

 王様に認められた男の子はお姫様と結婚し、幸せに暮らしました。

 おしまい。



(な、なんとか読めた……)



 ふう、と思わず安堵のため息が漏れる。間違っていなかっただろうか。最初の出だしはアリス様の反応を見る限りは間違いじゃなかったのだろうけども。

 それにしても、生まれて初めてこのしょーもない魔法が人の役に立ったような気がする。

 おそるおそる隣を見てみると、アリス様は俯いていた。その表情はよく見えない。

 あー……こりゃ俺、やらかしちゃったなー。

 アリス様はただただ俯いて、小さく「おかあさま……」とだけ呟いた。俺はどうすればいいのか分からず、ただオロオロとしながら隣に座っていた。こういう時、どんな顔をすればいいのか分からない

 ああ、俺いがいと余裕だな。変に緊張しちゃうと……というより緊張が限界突破しているから一周まわって逆に冷静になれるわ。

「あの……」

 しばらくしてから、隣にいるアリス様が声をかけてきた。俺は思わず緊張のあまりガチガチになってしまう。

「……ありがとう、ございました」

 その顔は、泣きはらした後だったけども。それでもアリス様は、笑顔になってくれた。

 この時。

 俺は、この絵本の中に出てくる男の子の気持ちが分かったような気がした。確かに嬉しい。文字読みの魔法なんてやたらとしょぼいなぁと思っていたけど、でもこの魔法でよかったと心の底からそう思えた。

「お願いがあるのですけど……また、私の為にこの本を読んでくれますか?」

「は、はいっ。自分でよければ、喜んで」

 この日。

 俺にとっては一生といってもいいほどの思い出が出来た。それは悲しい思い出の中に潜む、ささやかな思い出だけど。それでも、俺にとっては大切な思い出になった。

 そして、時は流れ。



 ――――二年後。

 俺たち三人は、十二歳になってその付き合いを学園に通い続けてからも続けていた。

 そしてその学園には、あのアリス様も通っていた。

 ちなみに、俺はあれからアリス様と殆ど関わることが出来なかった。

 俺と彼女との距離は、いまだ遠い。

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