第27話 ミルキーウエイ②

文字数 1,120文字

秀一(しゅういち)は、あいつと知り合いだったんだな」

 コートから出るとすぐ(りん)は、手を(つな)いだまま秀一を見上げてきた。

「あいつ組み分けン時、自分から初心者クラスに入ったんだ。アタシはマジでヘタクソだけど、あいつ違うじゃん。担当が秀一だから入ったんだな」

賢人(けんと)に教えてもらえた?」

「ぜんぜん。あいつ、アタシみたいなヘタっぴは相手したくないって感じだった」

 まあそういう時期もあるだろうと、秀一は思う。
 フォームがめちゃくちゃで、どこにボールが飛んでくるかわからない初心者との練習を嫌がる者は多い。
 だが試合で勝ち進むほど、自分の予想通りのボールなど来なくなる。
 賢人もそのうち、格下の相手ともいい練習になるとわかるだろう。

「秀一が担当だから、このクラス、もっといっぱいいたんだけど、あたしが入ったらみんな抜けた」

「どういうこと?」

「あたし、学校で浮いてる」

 秀一は驚いた。
 立ち止まって凛を見たが、凛は得意そうな顔で笑っている。

「学校の奴らが変なんだから気にするなって、父さんが言った。根性曲がりの奴らから仲間外れにされるのは、真っ直ぐ生きてる証拠だって!」

 それに、と凛は秀一に身を寄せた。

「あたしは将来、鷲宮家の女主人になって、一発逆転するんだ。この町の支配者になってやる!」

 秀一は吹き出した。

 (町の支配者かあ!)

 笑いながら凛の頭を撫でた。
 およそトリートメントやヘアローションとは無縁なのだろう。凛の髪はゴワゴワと硬かった。 



 二人は林を抜けて、クラブハウスまでやってきた。
 建物前のテニスコートからは、球出しをしている武尊(たける)の大声が聞こえてくる。

 クラブハウスの中に入った途端、女子更衣室から出てきた夏穂(かほ)と鉢合わせた。
 夏穂の後ろには涼音(すずね)もいる。
 二人ともテニスウエアから私服に着替えていた。

「秀ちゃん、もう帰るの? うちのお祖父(じい)ちゃん、今こっちに向かってるよ」と夏穂。

「……午後もいることになった」答えながら秀一は涼音に気を取られていた。

「よかった」と夏穂は満面の笑顔を見せる。「私たちレクリエーションの係りだから、今から集会室に行くの。涼しいから秀ちゃんも行く?」

 陽気な声を上げる夏穂とは対照的に、涼音の目は(うつろ)だった。
 何か恐ろしいものでも見たかのように青ざめている。
 

 秀一の脳裏にある言葉が浮かんだ。

 ——我が命運は尽きたり。

 昔、光子から聞いたテニスンの詩一節だ。

 ある日、光子はボロボロになるまで読み込んだ本を秀一に手渡した。

 『私が中学の時に夢中になった推理小説よ。その中に出てくるテニスンの詩がとても素敵なの』

 光子はうっとりした顔で言った。

 “鏡は横にひび割れて、我が命運は尽きたり”

 『ねっ、ロマンチックだと思わない?』


 

 






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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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