51. 終幕

文字数 1,099文字


 ミースの郊外、城門を出てはるか先の街道を、旅人らしい外套を羽織った、背の低い少女が一人進んでいる。しかし彼女の隣を、彼女よりも大きな狼が歩いていた。灰金色の獣の背中や腹には、大きな傷がいくつも残っており、ところどころ毛皮は醜く縮れて途切れていた。
 少女は背後に遠くなった王都の影を見遣ると、ふと思い出したような仕草で、言った。
「ねえ、何も言わないでいるのって、時には嘘と同じじゃない?」
 狼は小さく唸っただけだが、魔法使いには彼の思考が通じる。
『いいんだよ。今更出てっても、説明がめんどくせえだろ。それに、俺は結局あの殺し屋を止められなかった。そのまま死んでることにしといてもらった方が、ほら何だ、英雄的だろ?』
 ふんと魔法使いは笑った。
「英雄的ねえ。……説明が面倒って言っても、単純にしぶとく生き延びてました、なんでかって、あたしがあげてた薬を使ったからです、それで終わりでしょ?」
『そうしたらお前の親父の墓掘ってもらった薬だってとこまで今更言うはめになるかもしんねえじゃねえか。別に大した問題じゃねえかもしれねえが、いいんだよ、面倒だから』
 少女は少し黙ったが、やがて再び口を開いた。
「…あたしが言うことじゃないかもしんないけど、あんたが生きてるって知ったら、お姉ちゃんもレヴィも王様も、喜んでくれたかもよ」
 今度は、狼が黙る番だった。しかし狼もしばらく沈黙した後、言葉を返した。薄い色の瞳は、どこか遠くを見た。
『……出張らねえほうが、最後にはいいってこともあんだろ』
 そして狼は首を曲げて魔法使いを見遣ると、『お前はどうなんだよ』と問うた。『お前の親父は、アスカについて社会勉強でもしとけって言ってなかったか』
 魔法使いは肩を竦める。
「さあね。もう充分ご厄介になってたし、少なくとも、新婚さんの邪魔はしばらくしたくないもん。それにあたし、自分が一緒にお茶しながらお喋りしたいタイプの女じゃないってことくらいわかってるからね。破綻者は破綻者同士、仲良くしようじゃないの」
『俺と仲良くしたかったら、四つ足で走れるようにならなきゃ無理だぜ』
 狼がそう言うと、魔法使いは楽しそうに笑った。
「楽しそう。いい加減、変身の魔法覚えないとなぁ」
『無理すんなよ。坊ちゃんにもらった金で、一人で優雅に避暑でもしてこいよ』
「邪険にしないでよ、あたしたち同類でしょ」
 少女は喋り続け、狼は言葉を返した。彼らの会話は広い空へ上ってゆき、空気に溶けてゆく。彼らは延々と街道を進み、やがて平原の先を覆っている林の中へ入ると、そのまま木々の陰に溶け、見えなくなった。



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