信長のお茶会

文字数 2,389文字

「ほう、これは(カラ)の国のお茶かのう」

 本能寺の炎で焼かれたせいか、へなへなのどじょうヒゲ姿の信長は意外と普通のおじさんに見えた。
 だが、その服装は白地に(だいだい)色の花模様を散らした小袖に名護屋帯(なごやおび)という簡略なもので、明から伝わったという唐輪髷(からわまげ)という奇怪な髪型であった。
 当時の遊女の出で立ちであるが、まげの先端が扇のように開いてる唐輪髷(からわまげ)のせいでバカ殿のようにも見えた。

 月読波奈が必死で笑いをこらえているが、紅色のサイバーグラスで神沢優の表情は読み取れない。
 メガネ君に至っては非常に興味深げに信長を見つめていた。


(カラ)は唐でも台湾という島のお茶です。確か、この時代では『高砂国』と言ったはずです」

 安東要が信長に勧めたのは中国茶、正確には台湾茶であった。

「『高砂国』はポルトガル語で『Formosa(フォルモサ)』、麗しの島という意味じゃったかな」
 
 信長は円筒形の聞香杯(もうこうはい)に残った香りを楽しんだ後で、そのお茶を移した小さな茶杯(ちゃはい)をゆっくりと味わうように飲み干した。
 お茶請(ちゃう)けのマンゴーのドライフルーツを珍しそうにつまんで口に入れた。

「ほう、なかなか美味じゃのう」

 織田信長はなかなかの教養人であり、風流を楽しむ茶人であると聞く。
 これは話がわかる人物かもしれないと安東要は思った。

「それで、おぬしらは、わしをどうするつもりじゃ?」

 にこやかに笑っていたかと思ったら、切れ長の眉の下の双眸が急に鋭い眼光を帯びて、要は一瞬でその考えが甘かったことを悟った。

「それは――――」

 あまりの迫力と威圧感に言葉がつまる。

(信長公、若い者では役不足のようなので、わたくし、安倍清明がお話を致します)

「安倍晴明? 平安時代の伝説の陰陽師か? そういえば利休が晴明神社の井戸の水で茶を立てたことがあると申していたな」

 信長は少し興味深げに表情を和らげた。
 しかも、清明の姿も見えないのに、心話であるのに、そのことをあまり疑問に思っていないようだった。

 利休は信長に茶人として登用された頃、晴明神社のそばに聚楽屋敷を建てて、晴明神社の「晴明井」の水でお茶を立てていたようです。利休が秀吉に切腹を申し付けられた際、切腹した場所も「晴明井」のそばだったと伝えられています。

(そうです。利休殿はわしの良き話し相手じゃったが、秀吉公に切腹されられてしもうて残念じゃったな)

「何! はげ(ねずみ)が利休に切腹を命じたじゃと! それは本当か!」

 豊臣秀吉の仇名は当初は「(さる)」だったようだが、信長が天正4年頃、秀吉の正室のねねに宛てた手紙には「はげ(ねずみ)」という仇名が書かれている。

(いや、それは後の世のことで、本能寺の変で信長公は自刃して亡くなられ、秀吉公が明智光秀を討って、太閤秀吉と呼ばれる天下人になりまする)

「はげ(ねずみ)が天下人とは! だが、わしはまだ生きておるし、晴明殿もわしを殺すつもりはないのじゃろう? ということは、わしはどこかに連れ去られる運命か」

 小さくため息をつく信長であった。
 いつも強気の信長というイメージだが、意外と繊細な部分もあるらしい。
 勘も非常にいい。

(未来の世でイスパニア帝国との大いくさがありまする。それに信長公の力をお貸して頂きたい)

「イスパニア帝国? ルイス・フロイスの母国ポルトガルの隣国か?」

(未来の世界ではイスパニアが世界の覇権国家になっておりまする)

「なんと! 覇権国家とは! 日本はどうなっておる?」

(残念ながら、イスパニア帝国とのいくさに負けて属国になっておりまする) 

「ということは下剋上か! わしにイスパニア帝国を攻め滅ぼしてほしい、そういうことか?」

 晴明はあわてた。

(いえ、そこまでして頂けなくても結構です。信長公に『天女の舞』を踊って頂きたいのです)

「『天女の舞』? あれは、しかし、古今伝授、和歌の解釈書がなければ天女の召喚はできぬぞ」

(わかっております。それができる者もすでに目をつけておりまする)

「なるほど。面白そうなので行ってやってもよいぞ。だが、ひとつだけ条件がある」

 信長はにやりと笑った。

「ひとり、供を連れていきたい」

(ひょっとして? あの男ですかのう?)

 晴明の言葉を聞いて、安東要は自分の想像に戦慄を覚えた。
 しかし、東日本を救うためにはこれぐらいのことはしないといけないかなとも思った。
 本人には非常に気の毒だが、話がまとまってしまったので、漂流する迷宮は次の時空を目指した。

 安倍清明の陰陽術で時空を移動する迷宮であるが、時に迷宮時間では3月3日の早朝の話である。
 東日本大震災が起こるという晴明の予言の日まで、残りあと7日ぐらいである。
 一応、信長とのお茶会してるうちに、長い一日が終って夜が明けたようである。

 ちなみに、現地時間で本能寺の変が起こったのは、天正10年(1582年)の6月2日明方(4時頃とする説もある)から午前8時ぐらいと言われている。
 現地でも朝が来て、信長の遺体がなくて明智光秀があわてる訳だが、その後、光秀がどんな運命をたどるかは読者もご存じだろう。

 ただ、この物語は次回、さらなる過酷な運命が光秀に襲いかかるという『安倍晴明の予言書』に基づいて語られることになります。
 ああ、あわれなり、光秀。




(あとがき)


 次回、たぶん、「光秀、折檻」という酷いタイトルになる予定。

 わくわくする展開に、作者は非常に楽しみです。
 本人は気の毒ですがね。
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登場人物紹介

 安東要(あんどうかなめ)


 東日本大震災後、名古屋に新政府を移し復興に務める若き民政党の総理。
 陰陽師、安倍清明の転生術で35歳→24歳に転生し過去に戻り、東日本大震災を防ごうと悪戦苦闘する。

 月読波奈(つくよみはな)

 通称≪ブスメガネ≫。今時、珍しい牛乳瓶の底のような丸いメガネをかけている。
 安東要が通う名門大学のラノベサークルの後輩で大学二年生の20歳である。

 安部清明(あべのせいめい)

 名護屋の清明神社で安東要の前に現れ、東日本大震災を防ぐという願いを叶えると約束する。

 神沢優(かみさわゆう)


 公安警察、秘密結社<天鴉(アマガラス)>のリーダー。

 メガネ君


 巨大小説投稿サイトのバイトリーダーメガネ君。
 秋葉原で安東要たちの戦いに巻き込まれ、行動を共にする。
 ネットゲーム<刀剣ロボットバトルパラダイス>の人型機動兵器<ボトムストライカー>の操縦に長けていたため、オタクたちと大活躍することになる。

 織田信長(おだのぶなが)

 某戦国武将だが、秘密結社<天鴉(アマガラス)>の剣の民でもある。

明智光秀(あけちみつひで)

本能寺変後に死ぬはずが命拾いし、僧となり<天海>と名を改める。

ザクロ

メガネ隊の副隊長で<刀剣ロボットバトルパラダイス>の廃課金プレーヤー。
メガネ君と共に人型機動兵器<ボトムストライカー>を駆って活躍する。

ハネケ

メガネ隊の新人。<刀剣ロボットバトルパラダイス>のプレーヤー。
金髪碧眼のオランダ人ハーフ。 

夜桜(よざくら)

メガネ隊の新人。<刀剣ロボットバトルパラダイス>のプレーヤー。
黒髪に黒いくさび帷子を愛用。 

カトウ

神沢隊の副隊長で<刀剣ロボットバトルパラダイス>の微課金プレーヤー。
たまに出てくるがさほど活躍しない。

雛御前(ひなごぜん)

安部清明の式神衆筆頭、ミニスカ十二単衣の美少女。

猫鬼(びょうき)

雛御前の使い魔で猫娘姿のコスプレをしている。

犬神(いぬがみ)


雛御前の使い魔で狼男のコスプレをしている。

魔女ベアトリス

見かけとは違う、この世界をも滅ぼすほどの強大な魔力を持つ。
媚術を使って人を虜にし操る。

リカウド・バウワー

魔女ベアトリスの親衛隊である<薔薇十字騎士団>の団長である。
めんどくさい性格でどこかユーモラスな所があるが侮れない力をもつ。

マリア・アドレラ

魔女ベアトリスの親衛隊である<薔薇十字騎士団>の副団長である。
秘剣<十字剣>の使い手。

魔導師アリス・テスラ

時空間魔法を使うチート魔導師。

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