文字数 838文字

 ああ。
 素直にごめん、って言える相手と、結婚するんだ。
 わかる。
 わかるよ。
 きっと、幸せになるよ。

 あたしはあのとき、それができなかった。
 相手も、自分も、信じることができなくて、謝ったら負けだと思ってた。
 たぶん、あの頃のタケルも。
 そんな2人が、ずっと一緒になんか、いれるわけなかった。
 今ならわかる。

 だから、今話してる彼女とのこと、祝福できる。
 夢もかなったみたいだし、多分、それを支えてくれた彼女なんだろう。

 …いや、まあ、なんかちょっとヤキモチに近いような感情も、正直、あるけど。
 でもそれは、もう取り返したりできるものじゃない。
 ただまあ、勝手に、居心地が悪くなってきたので、冷め始めたコーヒーを思い切って飲み干し、立ち上がった。

 別に、タケルに未練があるとか、そういうわけじゃないよ。
 でもちょっとだけ、心の中がモヤモヤするだけ。
 だから、もう店を出ることにした。

 レジまで行くと、スマホが鳴った。
 お金を払いながら出ると、ダンナだった。

『ごめん。もう家に帰ってきてるんだけど、頼まれてた白菜、買ってくるの忘れた』

 ああ。

「わかった。大丈夫、あたしが買って帰るよ」

『うん。頼むわ』

「はいはい」


 …そう。
 あたしも、今では、ちゃんと謝り合ったり、フォローしたりできる相手ができた。
 とても大事な、愛おしい人。

 意地ばかり張って、大切な人を失くすことがどんなにバカバカしいか、教えてくれたのは、タケルだった。

 あたしも、タケルにとって、そんな存在だったらいいな。

 通話を終えて、ちょうどレジの店員さんの背後にあった鏡に目をやると、タケルがこっちを一瞬、見つめていたように思えた。

 さよなら、昔、好きだった人。
 ありがとう。
 幸せな姿を見ることができて、よかった。

 あたしは心のなかでそう思いながら、店を出た。

 もうこの店のコーヒーを飲みたくなることは、ないだろうな。
 それでいい。
 違う味のコーヒーを、あたしはもう知ってしまった。

 さあ、家に帰ろう。



 <完結>
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