第1話
文字数 1,158文字
気が狂っている、と思うだろうか。
チリルは窓から見える景色を眺めながら、小さくため息をつく。
五十階建て高層ビルの四十階フロア、その全てがチリルの会社のものだ。
忙しなく人々が動き回っている。他のビルのてっぺんまでもそこから見ることができた。
【株式会社chril】は五年前にチリルが立ち上げた化粧品会社だ。
化粧水からスタートしたが、シンプルで洗練されたパッケージとこだわりの成分が人気となり、たちまち有名メーカーとなった。
また、チリル自らモデルとなりSNSで宣伝したことも話題を呼んだ。
涼しげな目もとに三十五歳とは思えぬ肌つや、優しげな口調。スーツの似合う端正な顔立ち。「イケメン社長」と言われ一時期はテレビに雑誌に引っ張りだこだった。
「社長、失礼します」
ふと後ろから声を掛けられ、チリルははっとした。
振り向くと秘書の花田が驚いた表情をしている。
「すみません、何か考え中でしたか。出直しましょうか?」
「いや、すまない。問題ないよ」
チリルはにこりと笑う。
花田は会社を設立した当初に雇った創始者メンバーの一人だった。
相手の表情を伺いながら、さらりとした気遣いが出来る賢い彼女をチリルは高く評価していた。
「本日の会食、先方から体調不良でキャンセルの連絡が入りました。どういたしましょうか」
「ああ、そうか……少し待ってくれ」
チリルはそう言いながら、ポケットからスケジュール帳を開く。
字で書いた方が忘れにくいという理由で、チリルはいまだにアナログ派だった。花田からはたびたび、「社用のスマートフォンで管理をしたらよいのでは?」と呆れられている。
「仕方ない、店には悪いがキャンセルを……ああ、花田さん、まりちゃんと二人で行ってきたら?」
名案だと思い、チリルはスケジュール帳を閉じる。
「まりとですか?でも確か今日のお店ってフレンチ料理ですし、お行儀良くできるか……」
「まりちゃんなら大丈夫だよ。花田さん、最近忙しくてまりちゃんと遊べなかったでしょう。たまには美味しいご飯を二人で食べるのもいいんじゃない?」
チリルは軽くウインクをした。
まりちゃんは花田が女手一つで育てている十歳の娘だ。まだ会社があまり大きくない頃、チリルの提案でよく事務所へ遊びに来ていた。
花田に似て賢く大人びた少女だったが、それでもまだ十歳だ。きっと、忙しく家を空けがちな母親のことが恋しいだろう。
「……では、遠慮なく。まりも喜びます」
「ああ、当然だけど支払いは気にしないでいいからね」
「いえ、そういうわけには……」
「まりちゃんへのプレゼントだと思ってよ」
チリルの困ったような表情を見て、花田は「それではありがたく」と小さく頭を下げた。
後で店に電話して、シャンパンはジュースへ、メインは少なめでデザート多めに変更してもらおう。
チリルは窓から見える景色を眺めながら、小さくため息をつく。
五十階建て高層ビルの四十階フロア、その全てがチリルの会社のものだ。
忙しなく人々が動き回っている。他のビルのてっぺんまでもそこから見ることができた。
【株式会社chril】は五年前にチリルが立ち上げた化粧品会社だ。
化粧水からスタートしたが、シンプルで洗練されたパッケージとこだわりの成分が人気となり、たちまち有名メーカーとなった。
また、チリル自らモデルとなりSNSで宣伝したことも話題を呼んだ。
涼しげな目もとに三十五歳とは思えぬ肌つや、優しげな口調。スーツの似合う端正な顔立ち。「イケメン社長」と言われ一時期はテレビに雑誌に引っ張りだこだった。
「社長、失礼します」
ふと後ろから声を掛けられ、チリルははっとした。
振り向くと秘書の花田が驚いた表情をしている。
「すみません、何か考え中でしたか。出直しましょうか?」
「いや、すまない。問題ないよ」
チリルはにこりと笑う。
花田は会社を設立した当初に雇った創始者メンバーの一人だった。
相手の表情を伺いながら、さらりとした気遣いが出来る賢い彼女をチリルは高く評価していた。
「本日の会食、先方から体調不良でキャンセルの連絡が入りました。どういたしましょうか」
「ああ、そうか……少し待ってくれ」
チリルはそう言いながら、ポケットからスケジュール帳を開く。
字で書いた方が忘れにくいという理由で、チリルはいまだにアナログ派だった。花田からはたびたび、「社用のスマートフォンで管理をしたらよいのでは?」と呆れられている。
「仕方ない、店には悪いがキャンセルを……ああ、花田さん、まりちゃんと二人で行ってきたら?」
名案だと思い、チリルはスケジュール帳を閉じる。
「まりとですか?でも確か今日のお店ってフレンチ料理ですし、お行儀良くできるか……」
「まりちゃんなら大丈夫だよ。花田さん、最近忙しくてまりちゃんと遊べなかったでしょう。たまには美味しいご飯を二人で食べるのもいいんじゃない?」
チリルは軽くウインクをした。
まりちゃんは花田が女手一つで育てている十歳の娘だ。まだ会社があまり大きくない頃、チリルの提案でよく事務所へ遊びに来ていた。
花田に似て賢く大人びた少女だったが、それでもまだ十歳だ。きっと、忙しく家を空けがちな母親のことが恋しいだろう。
「……では、遠慮なく。まりも喜びます」
「ああ、当然だけど支払いは気にしないでいいからね」
「いえ、そういうわけには……」
「まりちゃんへのプレゼントだと思ってよ」
チリルの困ったような表情を見て、花田は「それではありがたく」と小さく頭を下げた。
後で店に電話して、シャンパンはジュースへ、メインは少なめでデザート多めに変更してもらおう。