第148話 自覚

文字数 2,147文字

 ユウトはヨーレンとノノと別れ一人、自身に割り当てられたテントへ入る。そのテントはゴブリン討伐遠征野営地のヨーレンのいた救護所を小さくしたような作りだった。明かりのないテントの中でもユウトは手間取ることなく進む。そして抱えっぱなしだった未だに眠るセブルと新たなクロネコテンを担架に足が着いたような簡素な寝床へと優しく下ろした。

 それからテントの天幕を支える柱に吊るされた魔術灯を点灯させる。あたりは暖かな光でたらされ寝床の上で小さくゆっくりと呼吸を行うセブルともう一匹の黒い塊の輪郭がはっきりと見て取れた。

 ユウトはテントの隅に置いてあった大きな桶を持ち出し、ひっくり返して寝床の横に設置すると腰を下ろす。そうしてユウトは一人考えを巡らせた。

 これまでセブルに対して深くその心情を尋ねることをしなかった自身をユウトは不思議に思う。初めて魔女の家でジヴァと対峙し、ジヴァがセブルに対して言及しようとしたのを咄嗟に止めた。それはセブルに対して不要な事実をさらけ出されるようなことを避けようとした咄嗟の行動だったと思い起こす。セブルに対して気を使ったからなのだと考えた。

 しかし、それと同時に果たしてセブルのためだったのだろうかと疑問が沸き上がってきてしまう。他人の事情に踏み込むことへの恐怖心から見て見ぬふりをしたのではないかという疑念が思考の隅でちらつき始めた。

 その小さな疑念の雑音は次第に反響し増幅され前の世界の出来事を否応なく引き起こしてくる。良かれと思い気を使ってしたことがほんの少し、ほんの少しだけ歯車がかみ合わなかったばかりに関係が崩れてしまう記憶。胸の奥を突き刺すような記憶だった。

 ユウトは一人うなだれる。断ち切ろうとした前の世界への未練でも思いがけない方向から呪いのように追いかけてきた。

 嫌な記憶、哀しい記憶は連鎖を起こしユウトの思考一杯に広がろうとしている。その中でふと、似た景色、雰囲気をついさっき体験したことに重なる感覚を得た。それはヨーレンとカーレンの兄妹。あの二人は歪に絡まった関係を修復しようとしてそれを叶えたようにユウトには見えた。

 あの時、ヨーレンとカーレンの二人の言葉にユウトは恥も外聞もない本心を感じ取っていたことを思い出す。だからこそあの場でカーレンに何か言葉をかけてあげたくなった自身の気持ちを自覚した。

「誰かの幸運になれる、か・・・」

 ぽつりとユウトはつぶやく。あの時にカーレンに掛けた言葉に嘘はなかった。

 そしてその間隔は暗く落ち込んで気持ちを裏返らせるようなきっかけとなる。これまではただがむしゃらに足掻いてきただけだと思っていた。目の前に伸ばされた手をただ掴んできただけだと。ただそれだけでは現状を説明できなかった。種としての存続を賭けた決戦の中心にいる現状。それは確かに自身の選択の結果だった。

 絶望していた自分自身をもう一度、信じてみていいのかもしれないとユウトは考えならもう一度、セブルを見る。この世界で最も傍に寄り添ってくれた存在だった。そのセブルのことをちゃんと知っておきたいとユウトは思う。セブルは嫌がり、拒絶されることも考えられた。しかしそれでも、一歩踏み出そうとユウトは心に決めてセブルが目ゼめるのを待った。



 それからあまり時間をおかず黒い塊からにゅっと同じ大きさの三角が二つ塊から伸びる。そして青い二つの瞳が眠そうにしばたいた。それに呼応するようにして三角が飛び出し黄色い瞳が開く。塊はうごめき二つに分かれると身体をググっと伸ばした。

「体調はどうだ、セブル?」

 ユウトに声を掛けられ身体をビクッとさせたセブルは周りをきょろきょろと見回し慌ててユウトへと向き直る。背筋をピンと伸ばして緊張感を持って姿勢を整えた。

「は、はひっ!大丈夫です!えっと、運んでもらったみたいでありがとうございます」

 あたふたと答えるセブルにもう一匹のクロネコテンが身体を寄せる。

「あっ、こら。キミは隣で大人しくしてて」

 そう指示されたクロネコテンは「なぅ」と短く鳴いてセブルから少し離れてうつぶせになった。

「えっと、そのですね・・・」

 もう一匹のクロネコテン大人しくなったところでセブルはばつが悪そうに何か言おうとして言葉が出てこないというのを繰り返す。

「なぁセブル」
「はい!」

 ユウトの声にセブルの身体は一度波打った。

 ユウトは努めてゆっくりと落ち着いた声で語り掛ける。

「落ち着てくれ。そしてゆっくりでいい。これまでセブルに何があったかを教えて欲しいんだ。
 どうしてセブルは会話できてその子にはできないのか。これから戦おうとしている魔獣、大魔獣は一体何なのか。

 それはもしかするとセブルにとって話したくないこともあるかもしれない。それでもお願いしたい。オレはちゃんとセブルのことを知っておきたいんだ」

 セブルは青い目を細くしてうつむきながらユウトの言葉を黙って聞いていた。

 そして覚悟を決めたように大きく息を吸ってユウトを真っすぐ見つめて答える。

「わかりました。ボクがユウトさんと出会うまで何があったのか、魔獣について知っていること、そして隠していたボクの能力についてお話しします」
「うん。頼む」

 ユウトはセブルの青い瞳の視線を受け止め、深く頷いた。
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