五、早奈美ちゃんのお願い・3
文字数 3,702文字
都築君の話を聞いた早奈美ちゃんが、ちょうど昨日の自分や都築君のような反応をする様子を、わたしは少し居心地悪く眺めていた。
「……嘘、そんなことあるんですか。恋人がオバケだと気づかないまま、ずっと付き合い続けるなんて」
「分かりません。俺達よりは早奈美さんのほうが想像しやすいんじゃないですか?」
「それはそうですけど、でも」
早奈美ちゃんはおでこに浅い皺を刻んで、考え込む仕草をする。
「ううん、分かりません。私もたまに、生きてる人と見分けがつかないオバケを見かけることはあるし……ジュン君はきっと私よりも霊感みたいなのが強いんだと思うから、あり得なくはないのかも」
目の前で決定的な場面を見せられなければ、みきさんがオバケだなんて到底信じられなかったであろうわたしとは違って、早奈美ちゃんの理解は早い。
流石、普段から見える子だ。生きている世界が違うという感覚を、ひしひしと感じさせられた。
「納得してもらえました?」
こくりと頷いた早奈美ちゃんを見て、都築君は話を続ける。
「それは何より。どうします、それでもみきさんを探しますか? 二人の破局が早奈美さんのせいじゃないってことも、二人がまた会って話せたところで、何事もなくよりを戻せてそのままハッピーエンド……とはいかないってことも、分かったと思いますけど」
ゆっくりと噛み締めるように、というよりは噛み締めさせるように発せられた言葉。
だけどそんな再度の問い掛けにも、早奈美ちゃんの答えは変わらなかった。
「はい。だって今会わなくちゃ、二人はもう二度と会えなくなっちゃうかもしれないんでしょう? それに、みきさんだってまだ、ジュン君のことが好きなんですよね。嫌いになって、顔も見たくなくなって、それで別れたってわけじゃない。だったら、二人を引き合わせることに遠慮なんてしないで済みます」
彼女はそうほとんど一息で言い切って、照れ隠しのように笑う。
「そうですか」
都築君は、まいったなあという風に少し眉尻を下げた。
「じゃあ、俺も……俺達も、覚悟を決めます。一緒に探しましょう。みきさんのこと」
彼の目がこちらに向く。わたしも迷わず頷いた。
「ありがとうございます!」
調理場から店長が覗き込んできそうなくらいの大声とともに、早奈美ちゃんが頭を下げる。
「あ、でも……どうやって探せばいいんでしょう? お二人にみきさんのフルネームを聞いて、SNSのアカウントでも検索してみようかと思ってたんですけど、今の話を聞く限り、それじゃたぶん見つからないですよね」
「そうですね。彼女の名前は『小野塚みき』だそうですが、それで調べても、SNSも事件の記事も出てきませんでした」
即答する都築君。どうやら彼は、既にみきさんのことを調べようとしていたらしい。いつの間に。
「もしかしたら、本名じゃないのかも……死者が出た火災なんて報道もそれなりにあったでしょうし、同じ名前を名乗っては暮らしづらい気がします」
「そんな……それじゃ、ますます探しようがないじゃん」
都築君の推測とわたしの反応を、早奈美ちゃんが不安そうに聞いている。
人を探すって、どうしたらいいんだろう。特に、みきさんは普通の人じゃない上、元々この辺りに住んでいた人ですらないのだ。
いっそ、探偵に頼んでみるとか? 依頼料って高いのかな。わたしのバイト代で払えるのだろうか。
わたしが実りのない思考をめぐらせている間に、都築君が一瞬口を開きかけてはまた閉じ、うーん、と一声唸ってはまた黙った。
「どうしたの。何か考えが浮かんだ?」
「いや……全然、スマートでもない回りくどい手なんですけど、ちょっと考えてたことがあって」
「本当ですか」
都築君は言いづらそうにしているが、その言葉で早奈美ちゃんの表情は一気に明るくなった。まん丸に開かれた目から、期待が溢れるのが見てとれる。
「あ、いや、本当に全然いい手じゃないんですよ」
「それでもいいから、教えて」
躊躇する都築君に、わたしも頼み込む。彼はもう一度だけ唸ってから、やっと語り始めた。
「さっきも言いましたけど、みきさんが亡くなった事件の記事はきっとどこかに残っていると思うんです。仮に『小野塚みき』が本名じゃなかったとしても、七年くらい前、場所はこの辺りから『少し遠く』、屋根裏部屋のある一戸建て、四人家族で長女が亡くなった……と、事件を特定するための材料は、結構あります。それでもし、みきさんとその家族の素性が分かれば、そこから彼女の居場所にたどり着くことも可能かもしれません」
「そっか、家族」
わたしはみきさんの話を思い返す。
「みきさんの話からすると、今も家族と一緒にいる可能性が高そうだもんね」
彼女は既にこの世にいない人間だ。正当な手続きを踏んでひとり暮らしの部屋を借りるのは難しいだろうし、家賃の払いようもない。
かといって、たとえ食事や休息の必要がない体だとしても、夜な夜な若い女性がふらふら出歩いていては目立ってしまうから、身を落ち着ける場所は必要なはずだ。
そう考えると……みきさんにはきっと、同居の家族がいる。
「俺もそう思います。なんとかしてそのご家族の方と連絡が取れれば……それこそ、SNSのアカウントでも見つけられれば」
「そうだね。片付けの後、わたしも記事を探してみる」
本当に事件記事から家族に辿り着けるのか、という点は正直怪しいが、今のところ他の手は思いつかなかった。
「じゃあ私、今から探しますね」
と、早奈美ちゃんがショルダーバッグからスマートフォンを取り出すのを見た都築君が、制止するように「あ」と声を上げた。
「たぶん、ネットで探しても見つからないと思いますよ。結構前のことですし、俺も見つけられませんでしたし……アナログですけど、図書館かどこかで探したほうがいいんじゃないかと」
「って、都築君、もう探してたんだ」
昨夜みきさんを見失ってから、わたしが何もせずただ事実を受け入れられずにいる間、都築君はみきさんの探し方を考えて、実際やってみてもいたわけだ。
わたしよりも都築君の方が当事者に近いというのもあるかもしれないけれど、にしてもわたし、何もしていない。
早奈美ちゃんだってしっかりと決断して、ひとりでここまで来るという行動を起こしているのに。
「図書館ですか。高校も春休みに入ったところですし、私、明日行ってみます。急がなきゃ、みきさんが消えちゃうかもしれませんもんね」
わたしが焦燥感に駆られている間に、その早奈美ちゃんが声を上げた。
「できたら、都築さんと杜羽子さんも一緒に……私ひとりじゃ、自信がないので」
「もちろん。ただ、明日のシフトからすると俺は午前中、杜羽子さんは図書館閉館前の二時間くらいしか行けないんですけど」
都築君は心苦しそうに眉を寄せながら、小さく唸った。
「いや、やっぱり無理言って休ませてもらおうかな……早奈美さんの言う通り、一刻を争うかもしれませんし。明日で図書館は探し尽くして、それで駄目ならぱっと次の手を考えるくらいじゃないと。店には迷惑掛けちゃうけど、オーナーが手伝ってくれたら二人とも抜けたってなんとか」
「都築君、それは」
オーナーに悪いよと言い掛けて、やめた。
……何もしないくせに優等生ぶって文句ばかり言うなんて、ただの嫌な奴だ。
都築君が、途中で言葉を止めたわたしを訝しげな目で見る。
急いで、続く言葉を考えなければならない。何がいいだろう。同意の言葉? 仕方ないよ、わたしも一緒に頭を下げるよって。
でも、それでわたし、本当に役に立てる?
都築君みたいな行動力や思い切りの良さもなければ機転も利かなくて、きっと早奈美ちゃんほど強い気持ちを持っている訳でもないわたしが。
いつもみたいに流されて都築君についていったところで、ちょっと手伝ってさほど成果も挙げられずに帰ってくるだけなんじゃない……?
なら、今のわたしに取れるベストな行動っていったい、何なんだろう。
それはきっと、都築君や早奈美ちゃんとは違うことだ。
よし、決めた。わたしは恐る恐る、口を開く。
「都築君、それは……心配しないで。わたしが都築君の分までしっかり働くからさ」
「え。杜羽子さんが、って」
都築君はとても、意外そうな顔をした。
「杜羽子さんは、俺達と一緒には来ないってことですか?」
「うん。その代わり、お店のことはわたしに任せてよ。ばっちり守るからさ。それならそこまでお店に迷惑もかからないし、オーナーにも伝えやすいでしょ?」
「守るったって、いちアルバイトでしょ、杜羽子さん」
胸を張るわたしを見て、都築君がふっと笑う。
「いいんですか? ピークの時間は杜羽子さんひとりじゃきつい気がするんですけど」
「大丈夫。どうしても厳しかったら、結局オーナーに助けを求めちゃうかもしれないけど……でも、とにかく大丈夫だよ。心配しないで」
早奈美ちゃんの目が、心配そうにわたしと都築君を交互に見ている。都築君はそんな彼女を一瞥してから、
「分かりました。そうしましょう。……ありがとうございます」
と、意を決したように言って、わたしに小さく頭を下げた。
「……嘘、そんなことあるんですか。恋人がオバケだと気づかないまま、ずっと付き合い続けるなんて」
「分かりません。俺達よりは早奈美さんのほうが想像しやすいんじゃないですか?」
「それはそうですけど、でも」
早奈美ちゃんはおでこに浅い皺を刻んで、考え込む仕草をする。
「ううん、分かりません。私もたまに、生きてる人と見分けがつかないオバケを見かけることはあるし……ジュン君はきっと私よりも霊感みたいなのが強いんだと思うから、あり得なくはないのかも」
目の前で決定的な場面を見せられなければ、みきさんがオバケだなんて到底信じられなかったであろうわたしとは違って、早奈美ちゃんの理解は早い。
流石、普段から見える子だ。生きている世界が違うという感覚を、ひしひしと感じさせられた。
「納得してもらえました?」
こくりと頷いた早奈美ちゃんを見て、都築君は話を続ける。
「それは何より。どうします、それでもみきさんを探しますか? 二人の破局が早奈美さんのせいじゃないってことも、二人がまた会って話せたところで、何事もなくよりを戻せてそのままハッピーエンド……とはいかないってことも、分かったと思いますけど」
ゆっくりと噛み締めるように、というよりは噛み締めさせるように発せられた言葉。
だけどそんな再度の問い掛けにも、早奈美ちゃんの答えは変わらなかった。
「はい。だって今会わなくちゃ、二人はもう二度と会えなくなっちゃうかもしれないんでしょう? それに、みきさんだってまだ、ジュン君のことが好きなんですよね。嫌いになって、顔も見たくなくなって、それで別れたってわけじゃない。だったら、二人を引き合わせることに遠慮なんてしないで済みます」
彼女はそうほとんど一息で言い切って、照れ隠しのように笑う。
「そうですか」
都築君は、まいったなあという風に少し眉尻を下げた。
「じゃあ、俺も……俺達も、覚悟を決めます。一緒に探しましょう。みきさんのこと」
彼の目がこちらに向く。わたしも迷わず頷いた。
「ありがとうございます!」
調理場から店長が覗き込んできそうなくらいの大声とともに、早奈美ちゃんが頭を下げる。
「あ、でも……どうやって探せばいいんでしょう? お二人にみきさんのフルネームを聞いて、SNSのアカウントでも検索してみようかと思ってたんですけど、今の話を聞く限り、それじゃたぶん見つからないですよね」
「そうですね。彼女の名前は『小野塚みき』だそうですが、それで調べても、SNSも事件の記事も出てきませんでした」
即答する都築君。どうやら彼は、既にみきさんのことを調べようとしていたらしい。いつの間に。
「もしかしたら、本名じゃないのかも……死者が出た火災なんて報道もそれなりにあったでしょうし、同じ名前を名乗っては暮らしづらい気がします」
「そんな……それじゃ、ますます探しようがないじゃん」
都築君の推測とわたしの反応を、早奈美ちゃんが不安そうに聞いている。
人を探すって、どうしたらいいんだろう。特に、みきさんは普通の人じゃない上、元々この辺りに住んでいた人ですらないのだ。
いっそ、探偵に頼んでみるとか? 依頼料って高いのかな。わたしのバイト代で払えるのだろうか。
わたしが実りのない思考をめぐらせている間に、都築君が一瞬口を開きかけてはまた閉じ、うーん、と一声唸ってはまた黙った。
「どうしたの。何か考えが浮かんだ?」
「いや……全然、スマートでもない回りくどい手なんですけど、ちょっと考えてたことがあって」
「本当ですか」
都築君は言いづらそうにしているが、その言葉で早奈美ちゃんの表情は一気に明るくなった。まん丸に開かれた目から、期待が溢れるのが見てとれる。
「あ、いや、本当に全然いい手じゃないんですよ」
「それでもいいから、教えて」
躊躇する都築君に、わたしも頼み込む。彼はもう一度だけ唸ってから、やっと語り始めた。
「さっきも言いましたけど、みきさんが亡くなった事件の記事はきっとどこかに残っていると思うんです。仮に『小野塚みき』が本名じゃなかったとしても、七年くらい前、場所はこの辺りから『少し遠く』、屋根裏部屋のある一戸建て、四人家族で長女が亡くなった……と、事件を特定するための材料は、結構あります。それでもし、みきさんとその家族の素性が分かれば、そこから彼女の居場所にたどり着くことも可能かもしれません」
「そっか、家族」
わたしはみきさんの話を思い返す。
「みきさんの話からすると、今も家族と一緒にいる可能性が高そうだもんね」
彼女は既にこの世にいない人間だ。正当な手続きを踏んでひとり暮らしの部屋を借りるのは難しいだろうし、家賃の払いようもない。
かといって、たとえ食事や休息の必要がない体だとしても、夜な夜な若い女性がふらふら出歩いていては目立ってしまうから、身を落ち着ける場所は必要なはずだ。
そう考えると……みきさんにはきっと、同居の家族がいる。
「俺もそう思います。なんとかしてそのご家族の方と連絡が取れれば……それこそ、SNSのアカウントでも見つけられれば」
「そうだね。片付けの後、わたしも記事を探してみる」
本当に事件記事から家族に辿り着けるのか、という点は正直怪しいが、今のところ他の手は思いつかなかった。
「じゃあ私、今から探しますね」
と、早奈美ちゃんがショルダーバッグからスマートフォンを取り出すのを見た都築君が、制止するように「あ」と声を上げた。
「たぶん、ネットで探しても見つからないと思いますよ。結構前のことですし、俺も見つけられませんでしたし……アナログですけど、図書館かどこかで探したほうがいいんじゃないかと」
「って、都築君、もう探してたんだ」
昨夜みきさんを見失ってから、わたしが何もせずただ事実を受け入れられずにいる間、都築君はみきさんの探し方を考えて、実際やってみてもいたわけだ。
わたしよりも都築君の方が当事者に近いというのもあるかもしれないけれど、にしてもわたし、何もしていない。
早奈美ちゃんだってしっかりと決断して、ひとりでここまで来るという行動を起こしているのに。
「図書館ですか。高校も春休みに入ったところですし、私、明日行ってみます。急がなきゃ、みきさんが消えちゃうかもしれませんもんね」
わたしが焦燥感に駆られている間に、その早奈美ちゃんが声を上げた。
「できたら、都築さんと杜羽子さんも一緒に……私ひとりじゃ、自信がないので」
「もちろん。ただ、明日のシフトからすると俺は午前中、杜羽子さんは図書館閉館前の二時間くらいしか行けないんですけど」
都築君は心苦しそうに眉を寄せながら、小さく唸った。
「いや、やっぱり無理言って休ませてもらおうかな……早奈美さんの言う通り、一刻を争うかもしれませんし。明日で図書館は探し尽くして、それで駄目ならぱっと次の手を考えるくらいじゃないと。店には迷惑掛けちゃうけど、オーナーが手伝ってくれたら二人とも抜けたってなんとか」
「都築君、それは」
オーナーに悪いよと言い掛けて、やめた。
……何もしないくせに優等生ぶって文句ばかり言うなんて、ただの嫌な奴だ。
都築君が、途中で言葉を止めたわたしを訝しげな目で見る。
急いで、続く言葉を考えなければならない。何がいいだろう。同意の言葉? 仕方ないよ、わたしも一緒に頭を下げるよって。
でも、それでわたし、本当に役に立てる?
都築君みたいな行動力や思い切りの良さもなければ機転も利かなくて、きっと早奈美ちゃんほど強い気持ちを持っている訳でもないわたしが。
いつもみたいに流されて都築君についていったところで、ちょっと手伝ってさほど成果も挙げられずに帰ってくるだけなんじゃない……?
なら、今のわたしに取れるベストな行動っていったい、何なんだろう。
それはきっと、都築君や早奈美ちゃんとは違うことだ。
よし、決めた。わたしは恐る恐る、口を開く。
「都築君、それは……心配しないで。わたしが都築君の分までしっかり働くからさ」
「え。杜羽子さんが、って」
都築君はとても、意外そうな顔をした。
「杜羽子さんは、俺達と一緒には来ないってことですか?」
「うん。その代わり、お店のことはわたしに任せてよ。ばっちり守るからさ。それならそこまでお店に迷惑もかからないし、オーナーにも伝えやすいでしょ?」
「守るったって、いちアルバイトでしょ、杜羽子さん」
胸を張るわたしを見て、都築君がふっと笑う。
「いいんですか? ピークの時間は杜羽子さんひとりじゃきつい気がするんですけど」
「大丈夫。どうしても厳しかったら、結局オーナーに助けを求めちゃうかもしれないけど……でも、とにかく大丈夫だよ。心配しないで」
早奈美ちゃんの目が、心配そうにわたしと都築君を交互に見ている。都築君はそんな彼女を一瞥してから、
「分かりました。そうしましょう。……ありがとうございます」
と、意を決したように言って、わたしに小さく頭を下げた。