第1話

文字数 2,726文字

 ある初夏の金曜日の下校時のことだ、この日僕は軽音部の友人でボーカル兼ベースの達也(たつや)とドラムの智樹(ともき)と一緒に金曜日にはいつも寄るラーメン屋でラーメンをすすりながら話に花を咲かせていた。ちなみに僕の担当はギター。話と言っても男子高校生のする話なんて進路の話か話題の音楽の話か好きな女の子の話かぐらいな訳でして。
「んでさあ、今度京子が俺らのライブ見に来てくれるって約束してくれたんだ。」
「お、マジか?じゃあ俺は優香を誘ってみるわ。」
 達也と智樹は今度のライブの宣伝と勧誘の話をしている、なんて言えば聞こえは良いが要するにナンパだ。それに半強制的に付き合わされるこっちの身にもなってほしい。
「なあ聞いてんのか、千春(ちはる)?」
「俺らは今度のライブに誘う女子を決めたぜ。お前は誰を誘うよ?」
 さっきまで勝手に盛り上がっていた2人の矛先が急に僕に向いた。
「え?いいよ、俺、そういうのあんまり興味ないし。」
「興味ないってお前なあ…一人だけ誘わないっていうのはズルいぞ。」
「そうだぞ。それにライブが上手くいけば女子とお近づきになれるかもじゃん?」
 話をはぐらかそうとしたがこの恋愛脳どもはそれを許してくれなかった。大体お前らが勝手に始めたことだろ。
「この際誰でも良いからさあ、ちゃんと誘えよ?」
「じゃあ妹でもいいか?」
 達也が追従してきたので僕はそう切り返した。
「だからお前いい加減に…て、お前の妹っていくつだっけ?」
「今年で中3。」
 今度は智樹が仕掛けてきたのでそう応えた。一応断っておくが嘘はついてない。
「中3か…アリだな。」
 アリなのかよ…
「頼むから妹にだけは手を出すなよ?」
「じゃあ他の女の子呼べよ。先に断っとくけど”母ちゃん”とか言うなよ。」
「そうだそうだ、お前だけズルいぞ根性なし!」
「お前らさあ、俺らもう高3だぞ?他に考えることあるだろ?進路のこととか。」
 僕が話をずらすとこいつらは少し黙り込んでから口を開いた。まずは達也からだ。
「俺はもちろんバンドで食っていくつもりだぜ?自慢だが歌唱力と声量には自身がある。」
 いかにも自信家の達也らしい答えだ。実際こいつの歌唱力と声量には天賦のものがある。ライブでB'zの"衝動"を完璧に歌いきって見せたときは観客はもちろん近くで演奏していた僕らも鳥肌ものだった。これは余談だが、ボーカルが楽器を兼用する場合って普通ギターのイメージがあると思う。でもこいついわく「それだと普通で面白くない」とのことでベース担当になったんだ。実はギターも普通に(なんなら僕より)上手いんだよ。もちろんベースも上手いけど…これ以上こいつの話をすると僕が惨めになるからやめとく。
「俺もバンド続けたいけど、親がどういうかな…そもそも俺ドラムそんなに上手くないし。」
 一方の智樹は消極的な回答だった。まあ確かにこいつの親御さんは医者で、だからか厳しい教育を受けてきたみたいだ。軽音部もあくまで学校行事の範囲として文武両道ができるなら許すってスタンスだったらしいし。
「そういう千春こそ進路はどうするんだよ?」
 達也にそう聞かれて少し答えに迷った。
「俺は…たぶん今度の夏休み前のライブを最後にもうギターはやらないと思う。ウチも智樹のとこほどではないけど親が厳しくてさ…」
「そっか…んで、そのライブには誰を誘うんだ?」
「俺らの質問から逃げられるとでも思ったか?」
 本当にしつこいなこいつら…さて、どうはぐらかそうか…そうこう考えているとこの店の看板娘の弥生(やよい)さんが大皿を持ってやってきた。女性にしては背が高く(僕と同じか少し高いぐらい)手足も長い。何より均整の取れた綺麗な顔をしている。知らない人にモデルか女優だと紹介してもたぶん9割ぐらいは信じる。おまけに人当たりも良い。店のご主人には申し訳ないが、正直なところ料理よりも弥生さんに会うことの方が僕にとっては楽しみだ。
「はいお待ちどうさん!当店自慢の大盛りキムチチャーハンでーす!」
 テーブルの上に出来立てのチャーハンが湯気を立てながら存在感をこれでもかと表す。キムチの赤色だけでも十分食欲をそそるのに、さらにニンニクの強烈な匂いが胃を刺激する。
「みんなで分けて食べてね。ではごゆっくりどうぞ♪」
 そう言うと弥生さんは去ろうとするので、必死に止めた。
「あ、あの、僕ら誰もこんなの頼んでませんよ?」
「ああこれ、ウチのお父さんから君たちへのサービス。気にしないで。」
「で、でも、こんなに…」
 僕がそう言うや否や奥から親父さんが出てきた。
「良いってことよ、こんな寂れたラーメン屋に来てくれる若者なんてお前らぐらいだからよ。それに俺りゃあ夢を追う若者は応援したくなる質なんだ。」
「そういうこと。学生はお金の事なんか気にせず腹いっぱい食べな♪」
「親父さんあざーすっ!」
「おう、たらふく食えよ。」
 ここの親父さんは本当に懐の深い人だ。それはそうと、誰を誘うか、ねえ。僕は自然と弥生さんを目で追っていた。
「あ、あの、弥生さん…」
「ん?何?追加注文?」
「弥生さんはロックとか興味ありますか?」
「うーんそうねえ。男性歌手ならB'zとか氷室京介とかなら結構聴くかな。あぁあとGLAYとかラルクとかも好きだよ。でも、君らが好きなのとは少しずれてるよね。」
「いえ、そんなことありません!好きです!!
「えっ?」
 一瞬場が静まり返った。
「あ、弥生さんの好きなミュージシャンのことです。僕も好きです、ていう意味です…」
「あはは、なんか、ありがとね。」
「ちなみに俺もB'z好きですよ。」
 いきなり達也が割り込んできた。お願いだから少し黙っててくれ。
「それで、弥生さん、良ければ、その…今度のライブを見に来てくれませんか!?
「うーん、良いよ。」
「ほ、本当ですか?ありがとうございます!!
 なんだか勢いに任せてとんでもないことをしてしまった気がする。
「おいおいお前、弥生さんを誘うって…凄い勇気だな!」
「やるじゃん!見直したぜ!根性なしって罵ったこと詫びるわ。」
 などと友人たちからは祝福(というよりもからかい)を受けている中、親父さんだけは少し違った。
「なんだおめえ、弥生を狙ってやがったのか。じゃあキムチチャーハンただって言うのはナシだ!ついでに出禁な?」
「ええ…お前、すぐに親父さん謝れよ…」
 一気に場の空気が凍りつき、僕の顔からも血の気が引いた。親父さんへの弁解にしどろもどろしていると彼は僕らの反応が可笑しくなったかったのか突然吹き出すように笑った。
「なーんてな、冗談だよ。」
 このとき店にいた僕を除く全員が大笑いし始めたが僕は顔を引き吊らせながら間に合わせの苦笑いしかできなかった。
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