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文字数 1,034文字
どうせ契約で逆らえないうえに
今回は自ら名乗り出たのだ。
カノンは半ばヤケになりながら、
上着を肩まで下ろし、
首筋を露わにした。
イーリアスは短く返事をすると、
カノンの背後へ回った。
悪寒。
身体を蝕む感覚を覚えるほどの
どす黒い悪寒が、
カノンの背中から走った。
暗さを纏う悪寒は、
カノンの視界をも覆い始める。
己を失わないよう、必死で思考を巡らせた。
どうして忘れていたのだろう――――
呼びかけによって我に返ると、
視界は暗闇ではなく、
夕焼けの色に溶ける
元居た中庭を映していた。
既に魔力供給を
終えたであろうイーリアスが、
カノンの眼前にかざしていた
手を下ろす。
言葉に促され、
カノンは自身の頬に触れる。
いつの間にか冷や汗が
多量に浮かび、そのせいか、
ひどく冷たくなっていた。
カノンが立ち上がったのを皮切りに、
二人は言葉を発することなく、
自然とリーン邸へ戻っていった。
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個室に戻り、カノンは
汗で湿った上着を
無造作に放リ投げる。
部屋に置かれた姿見は、
カノンの背中に残された、
縦長の刀傷を映していた。