にごたん6

文字数 2,992文字

【パブリックエネミー】
【君の瞳にカンパイ】
【ステンドグラスの聖女】
【暴走車】

 街の外れの高台にある廃墟。西洋建築の屋敷。門はさび付き、庭一面には雑草が生い茂っている。
 今宵の月は紅く染まっている。おれは視線を紅い月から、屋敷に移す。屋敷の尖塔には風見鶏。三階建てのその部屋ひとつひとつは、ガラスが割れていたり窓枠が外れていたりする。
 そして玄関。その重々しさが、つい二ヶ月前、二月の寒い夜空の中、この屋敷の前で恋人であるもっちぃと待ち合わせをしたことと、それからの成り行きを思い起こさせるのだ。
 おれはあの時、タキシードにシルクハット、黒のマントという「どこから見てもインタビュー・ウィズ・ヴァンパイアの時のブラッド・ピットにしか見えない」格好をしていた。
 元ネタがわからないと言われる可能性もあるので、
「ほぉら、ぶらぴちゃんだお」
 と、ゴム製の尖った歯を剥き出しにしてもっちぃに微笑んでから、
「君の瞳にカンパイ!」
 と言い、サプライズで赤ワインをマントの奥から取り出した。
 手を大きくあげて赤ワインを掲げる。
 まじこれ完全に悩殺しちまったべ。……おれは内心ほくそ笑んだ。
 しかし、次の瞬間、もっちぃの平手打ちを食らい、
「な、何故だッ」
 と呟いたのと同時に黒塗りの暴走車が待ち合わせであるこの屋敷に突っ込んできて、おれをはね飛ばしていったのには参った。
 本当に参った。
 だっておれ、その暴走車にはね飛ばされて死んじゃったんだもん。
 ナムサンッ!
 ……それからのことはよくわからない。
 が、それから二ヶ月後の四月。
 四月の嘘として、おれは生き返って、再びこの屋敷の目の前にいる。
 どこが四月の嘘なのか。
 そう、復活していないのだ。
 おれはリビングデッド、即ちゾンビーとして、ここにいる。
 おれは屋敷の門を潜る。重々しい玄関の扉まで、雑草をかきわけ、進む。
 BGMとしておれはパブリックエネミーを選ぶ。
「マイク・オン・チェック!」
 ここにオーディオ機器はない。オーディオシステムはおれの頭の中にある。
「ゲッダン!ゲッダン!ベースオンベース!」
 おれはパブリックエネミーのライムを口ずさんだ。
 そう、今のおれは公共の敵だ。みんなの、人類の敵だ。ゾンビーだもん、仕方ねぇべや。
 もっちぃにあの時平手打ちを食らったのもショックではあったのだが、実はあの時、大きな謎が出来ていた。そう、おれをはね飛ばしていった暴走車だ。
 暴走車は減速することなく、この屋敷の門を突き破って館内に侵入、更に玄関の扉に盛大にぶつかったはずなのだ。
 なのに、玄関の扉が復活している。まるで、おれが復活したのと同じように。
 おれはパブリックエネミーの動きでまっすぐ進むと、玄関の扉、鉄扉を開ける。
 普通は鍵がかかっているのだろうが、その時何故かおれは、扉は開くんじゃないか、と思ったのだ。
 ただの思いつき。
 が、しかし、思いつきは当たっていた。
 扉が開いたのだ。ビギナーズ・ラック。否、ゾンビーズ・ラックだ。
 館の中。おれの革靴の音が屋敷内にこだまする。そこは大きな広間にばかでかい階段が伸びていて、見上げるとステンドグラスが月の光を浴びてキラキラ輝いている。
 おれは目を細め、ステンドグラスの光を見た。
「……ステンドグラスの聖女……だと?」
 そこには。
 確かに。
 聖女がいた。
 いや、おれにとっての、聖女か。
「もっちぃ……」
 ステンドグラスの光を身に纏い、もっちぃが、階段の手すりにつかまりながら、ゆっくりと一階の大広間、おれがいる場所へと降りてくる。
「どうやら失敗してしまったようね……」
 館の中にもっちぃの声が反響する。それはまるで教会の鐘のようで。
「あなたはすでに死んでいた。私と契りを結んだその日に、ね。あなたをはね飛ばした暴走車も、私が手配したの」
「黒塗りの、暴走車を、か?」
「ふっ……あなたはほんとばかね。黄泉へ運ぶ車よ、あれは」
「黄泉の車。そうだったか、実体がない、車なんだな。だから、館にぶつかっても大丈夫だった、と」
「違うわ。暴走車は『火の車』だったのよ。だから、焦っている。あなたも焦っていたのでしょう。借金を返済したくて、私に近づいて。あんな小芝居まで用意して」
「いや、おれのブラピは最高だったべ」
「黙れ!」
「え? あ、……はい」
「あなたが小芝居を打つのはわかっていたわ。だってゾンビーになった時に私の支配下に置かれたんですもの。あなたが小芝居を打つから、私は大芝居を打った。そして、撃った。あなたを撃ち殺したの。暴走車、火の車で一撃の元に」
 おれは段々寒気がしてきた。怖気、と言った方がいいだろうか。歯がかちかち言ってかみ合わない。
「おれはどうして四月の嘘として復活したんだ」
 はぁ、というもっちぃのため息。もっちぃは階段を降りきって、こちらに近づいて来る。
「なんでも私に説明させるのね」
「言ってごらんなさい……」
 目前まで来たもっちぃは、おれを促す。
「あの時に、はね飛ばされる前に言った言葉を」
 目と目が合う。まるで吸い込まれるかのごとく、視線をそらせない。
「き、君の……」
「君の?」
「き、君の瞳に、……カンパイ」
 一瞬だが、もっちぃの口元が緩んだ、ような気がした。
 が、本当にもっちぃの口元が緩んだかどうかはわからなかった。
 なぜなら、おれの身体が刀で袈裟斬りにされたみたいに、肩から斜めにぱっくり割れて、大量の血が噴き出したからだ。
「ワインより、本当の血液の方が喜ぶに決まってるじゃない。だって私がヴァンパイアだもの」
 哄笑。
「ぜーんぶ化け物。幻影。殺人事件と言えば、夜の洋館よねー」
 ……まじか。
 く。
 く、く。
 く、く、く。
 くだらねえええええぇぇぇぇ。
「あなたは復活しない。お金も復活しない。返済は復活じゃない。返済はお金を新たにつくることなのよ。そして、あなたはやっぱり復活しない。私が殺すから」
 斬られたおれの身体が真っ二つになる。
 そこに火が付けられた。燃えるおれの身体。激痛。
 自分の身体のタンパク質が焦げる嫌な匂いを嗅ぎながら、思い出してみる。
 思い出せない。
 おれは目の前のこのオンナ、もっちぃと『いつ』出会ったんだ?
 恋人なのに、出会った時の記憶がない。
 なんで記憶がないんだ。
 燃えてなくなっていく身体で。
 混濁していく意識の中で。合点がいく。合点がいった。
 これが、嘘なんだ。四月の嘘は、もっちぃと出会ったことなんだ。
 ゾンビーだったおれは、嘘のように、冗談に殺される。
 冗談に殺す。
 そんなタイトルの探偵小説もあったな。
 パブリックな、みんなの敵を殺すなら、冗談で殺すだろう。だって、シリアスだったら、余韻が残る。余韻は残さず、ゾンビーは再び殺される。ゲームみたく。それこそ、洋館で。
 洋館自体が見立てで、見立て殺人のパロディになってどうするんだってんだ。
 暴走してたのは、一体どっちなんだか。
「君の瞳にカンパイ……」
 紅い月。
 ステンドグラス。
 彼女は言う。
「ご苦労様」
 そしておれは消滅した。借金は消滅しないが。
 冗談じゃないぜ。

〈完〉
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