4-4

文字数 1,005文字

 帰りにポストへ投函した手紙は明後日か明々後日に新嶋の元に届くはずだ。そのまま家に着いて玄関のドアを開けると、家では見慣れない靴が揃えて置かれていた。
「碌ー。汰瀬君来てるわよ」
「んー、何時くらいに来た?」
「十分前くらいかしら。このお菓子持って行きなさい」
 手を洗って、言われた通りお菓子を持って自室に向かう。汰瀬と会うのは厭ではないが気が引ける。
「よお。おかえり」
「はいはい、ただいま」
 汰瀬はフローリングの床に寝転がりながら、本棚に収納されていた文庫本を読んでいた。俺は持ってきたお菓子を机に置いて汰瀬の近くに座った。
「なにしに来たの」
「課題しにきた」
「あっそ……」
 じゃあその本を返せと言えば、汰瀬は不満そうな顔をして文庫本を俺に手渡した。表紙には『走れメロス』と表記されていた。
「明日提出のやつなの?」
「そうなんだよね。数学の問題。お前のクラスの方が進むの早いでしょ?」
「まあ、そうだね。何ページ?」
「五十四ページ」
「はい」
 対象のノートを開いて手渡すと、「どうもー」と軽い調子で受け答えて解答を移し始めた。
 フローリングにノートを置いて這いつくばるようにしている汰瀬の旋毛を注視する。
「まじで何しに来たの?」
「なんだと思う?」
 顔を上げた汰瀬と目が合った。
 彼は目の奥で笑っていた。表情に変化は見えないが、抑えられないとでも言わんばかりの感情を奥で燦々とさせている。
「……俺、このあいだ新嶋に会ったよ」
「へぇー、土曜日?」
「そうだよ。新嶋ってあんなやつだったっけ、とは思った」
「水泳のとき会うけど、ああいうやつだよ」
「……お前、俺が新嶋と会うことになってたの知ってただろ」
 汰瀬は含んだような笑いを浮かべて、俺から目を離さない。
「そうだよ。だってお前の家の電話番号教えたの俺だし」
 露骨に得意気な表情になった。こいつは、昔からこういう風に人を扱うのだ。汰瀬が俺と新嶋とをどこまで把握しているのだろう。
「そんなだろうとは思った。……じゃあ、俺が新嶋と付き合ってんのも知ってんだろ」
「……は」
 汰瀬の目が揺れた。自分でも驚いた。まさかそんな反応をされるとは、と。
 殺気と騒然さを泥水のように攪拌させたような顔をしている。力を入れすぎているのか目を剥き出してこちらを注視している。
 その意味を正しく理解する間もなく、俺の視界が反転した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み