煩悩退散の夜
文字数 4,372文字
【明けましておめでとう!】
年越しうどんを食べながら、中学時代の友だちや、高校で今年できた友だちに送るためのメッセージを作成し終わると、一遥は一息ついた。
「アン!」
飼い犬のアンスリウムが吠えた。とことこと一遥に身を寄せてくる。
もとは葵 お母さんが譲渡会でもらってきた捨て犬で、赤毛の斑があるのを、アンスリウムの葉に見立てて名付けられた。
「アンちゃん、どうした。よしよし。炬燵入るか?」
一遥は炬燵布団をめくってアンスリウムを中へと導いてやった。
さて、あとは時計の針がてっぺんを回ったらすかさずこのメッセージを一斉送信し、返ってくるメッセージに何かコメントが必要なものがないかをサラッとチェックするだけだ。
当たり障りのないコメントさえつけておけば最低限、気遣いのできないヤツだというレッテルを貼られることはない。処世術というものである。
紅白歌合戦が佳境に入った頃、百伊と千咲との仲良しメッセージルームに、ポコッと百伊から写真が送られてくる。祖父母の家に集まった親戚一同で、百人一首かるたをしている和気藹々とした雰囲気が伝わってきて思わずにっこりしてしまう。
【楽しそう!】
処世術ではないコメントを送ると、間を開けず千咲からも写真が送られてくる。
【こちらは外。寒い】
終業式で話していたとおり、テニス部の男女で年越しの初詣に行っているようだ。男子たちが肩を組んでピースサインをしている中に佐波っちの姿もある。千咲は厚手のコートを着込んだ地味目の格好だが、他のメンバーの中には和装の女子もいるようだった。
【ほーう。ちぃは着物じゃないんかあ】
【それ佐波くんにも言われた。けど寒いっしょ】
【なんかお願いしたん?】
【まだ並んでるとこ。ラヴヒスに登録したから、良い相手にマッチングするよう願っとくよ】
【マジか! ラヴヒス! 揺るがない女、それがちぃ】
【ラヴヒスにしたんだ。イケメンさんに会えるといいね】
テンポの良い百伊と千咲の応酬に、ようやく一遥もメッセージを挟んだ。
ビッグファミリーをダウンロードした後、パクヒス、プレヒス、ラヴヒス、トゥルヒスのどれを選ぶかはその人次第だが、いったんひとつのヒストリーを選んだ後に別のヒストリーに移るには課金が必要という料金体系になっている。だから無課金で使い倒したい高校生にとっては、最初にどれを選ぶかは悩みの種である。
その中で千咲は、ヒストリーオブラヴ、通称ラヴヒスを選択したということらしい。
【ってかそもそもちぃ、スコアいけたん?】
百伊が微妙に聞きづらいところをグイグイと尋ねる。
ラヴヒスの特色は、見た目 をAIがスコア化して、スコアの高いカードが優先的に配布されてくるところである。スコアが一定の水準に達していないカードは配布されないので、見た目を重視する者にとっては効率的である。また、事前にタイプの顔立ちを登録しておけば、スコアがそれほど高くなくてもマッチング率が上がるようになっている。
一方、ラヴヒスに登録する場合は、マイナンバーキーに登録した自分の写真をビッグファミリーに提供することに同意しなければならない。そして採点された自分のエレガンススコアも分かるので、もしもラヴヒスの求める水準に達していない場合、自分のカードがラヴヒスユーザーに決して配布されないことも分かってしまう。
【ギリギリね。こないだの撮影、化粧も盛ったし、QOF も最強のコンディションに整えていったから。けどちょっと油断したら落ちちゃうかも】
【ほーう、さっすが】
【百伊は? どうせもう登録したんでしょ】
【わたしはなんと・・・・・・パクヒスにしました!】
百伊は画面からこぼれ落ちそうなほどハートマークのスタンプを送ってきた。
【いやいや、それ予想通りの展開だから】
千咲のツッコミを読みながら、一遥も思わず頷いた。
みながパクヒスと呼ぶ、ヒストリーオブパックスの特色は、収入面の重視である。
マイナンバーキーに登録された所得情報、未成年の場合は保護者のそれであるが、言葉を選ばずに言ってしまえば、どれだけお金持ちかを指標として、マッチング率が決められる、最も生々しいコースである。
そして、相手が住む地域の希望を選ぶことが出来る唯一のヒストリーでもある。高校生向けと言うより、すぐに結婚したい人向けで、少し年齢層は高めのように思えるが、
【ゆんは、地主と結婚して、子どもいっぱい欲しいって言ってたもんね】
一遥にはパクヒスが百伊の選択として、すごくしっくり来るように見えた。
確かに、千咲や百伊のように自分の希望がハッキリしている人たちにとっては、こうした細分化されたコース分けはとても良質なサービスとして受け止められるのだろう。
しかし、一遥に、そうした将来への明確なビジョンがある訳ではない。
【一遥は、まだ決めてないの?】
【うーん。ゆんもちぃちゃんもやるって言うから、一応ダウンロードはしたけど・・・】
周りに流されて、自分の行動を決める。そうやってこれまで生きてきたし、これからもそうやって生きていくのだろう。別にそれで何か問題があるとも思えないし、それで良いじゃないかと思う。
とはいえ、ビッグファミリーについて色々と検索して、情報収集は怠らなかった。
石橋を叩いて渡る。行動に移る前に慎重に熟慮するのが、わたしの性格だ。
特にこだわりがなければプレヒス、つまりヒストリーオブプレンティにしておけ、と検索上位にヒットした体験ブログには書いてあった。
一日に配布されるマッチングカードの枚数が、他のコースの五倍――無課金でも一日五枚ということだ――になるという、潤沢 の名にふさわしい、物量作戦を取る人たち向けのコースである。
五枚もあれば、それなりに気に入る相手も見つかるのではないかと思える。
一方で、別の体験ブログには、プレヒスで配布される男性は、見た目も属性も他のコースに配布できないようなスコアの低い人たちだとの報告もあった。
確かにそれは直感的に頷ける。ラヴヒスやパクヒスが求める水準に達していない者は、こうした「その他大勢」の枠の中で相手を求めることになる。寂しいことではあるが、現実的な判断とも言える。
こうしたマッチングシステムを取る以上、格差が拡大することは避けられない。スコアが高い者のカードばかりが、多くの異性の目に入るようになるからである。
その救済措置として、配布されたカードに対してこちらが好感度を示したならば、そのことが相手に伝わるようになっている。スペックの高い相手に、自分という存在をアピールする方法はちゃんと確保されていて、チャレンジすれば誰にでもチャンスは巡ってくるようになっているのだ。
そして実は、「持たざる者たち」への救済措置はそれだけではない。
というか、それこそがビッグファミリーというアプリがこれだけの人気を博すに至った基幹システムとも言える仕組みが存在する。
トゥルヒスこと、ヒストリーオブトゥルースである。
このコースを選んだユーザーは、マイナンバーキーに登録された情報のうち、遺伝子情報を開示することになる。
遺伝子情報は、もともとは政府が国民の健康を管理するために、病歴や健診データなどを記録することからスタートした制度だが、今では国民ひとりひとりが頬の裏からサンプルを採取され、遺伝子情報を登録されている。
上の世代にはこの登録制度を頑なに拒否する人たちもいるが、一遥たちは中学校の健康診断のメニューで既に採取されてしまっているし、もっと下の世代であれば乳幼児検診の段階でサンプル採取されることになっている。――もちろん保護者が子どもの遺伝子採取に反対する場合は、学校側も柔軟にメニューを変えるなどの配慮を行っている。
顔写真や、所得情報と違って、遺伝子情報は本人の目にも見えない。努力でどうこう出来るものでもない。
しかし、ビッグファミリーは胸を張って触れ込む。
遺伝子レベルでマッチングする相手がいるのだ、と。
それは「運命の相手」を科学によって見つけ出すものなのだ、と。
トゥルヒスは、遺伝子のマッチング率をパーセンテージで割り出して、配布するカードに表示する。
AIによるそのマッチング率の算定方法 は明らかにされていないが、最先端の知見がふんだんに盛り込まれていると言われている。
AIはある意味で平等に、ある意味で容赦なくマッチング率を示す。イケメンではなかろうと、かわいい顔でなかろうと、貧乏だろうと、仕事がなかろうと、成績が悪かろうと、トゥルヒスに登録しさえすれば、AIが太鼓判を押す最も適したパートナーを得るチャンスが生まれる。
これが「持たざる者たち」にとって福音でなくて何であろうか。
千咲の言う「利便性」に膝を屈する人々とは、なにも積極的にそれを選び取った人ばかりではない。
恋愛市場において弱者たる地位に甘んじてきた者たちにも、遺伝子情報というイケニエさえ捧げれば、希望に満ちた沃野に躍り出て、パートナー探しに参加する資格が与えられるのだ。
ビッグファミリーの運営は、本当はできるだけ多くのユーザーにトゥルヒスを選んで貰いたがっており、そのためにラヴヒスやパクヒスの条件を厳しくし、プレヒスの質をわざと落としている、という分析もある。
経済産業省がビッグファミリーの開発を支援し、マッチングシステムのノウハウを洗練させているという話もまことしやかに囁かれている。ゆくゆくは高齢者向けに、より相性の良いケアラーによる介護サービスを提供したり、終末期医療をともに受けるサークルを結成したりという展開も目論まれて、厚生労働省から警戒されているとか。
こうした政府による国民の管理を――それは多分に陰謀論を含むものではあるが――監視と捉えるか、利便性の向上と捉えるか、という違いが、千咲の指摘したように議論の真っ最中となっており、単なるマッチングアプリは、それ以上の期待を込めて報じられるに至っている。
テレビや新聞といったオールドメディアのエンタメ特集は、トゥルヒスこそオシャレなこれからの恋愛をサポートするアプリだと無責任に煽り、一遥がネットで読んでいる高校生当人たちの体験ブログの方が却って、地に足の付いた分析をしているくらいである。
いずれにしても自然、トゥルヒスの知名度はぐんぐんと向上し、多くの高校生たちにも様々なチャネルで訴求している。
(運命の相手が、わたしにもいるのかな)
一遥はトゥルヒスのアイコンをタップしようと指を伸ばす。
いやいや、あり得ない。
遺伝子情報でしょ? 怖いよやっぱり。
ぶるぶると首を振り、スマホの電源を切って膝元に投げ捨てた。
ごーん、と除夜の鐘が鳴り、高校一年の大晦日が、まもなく終わろうとしていた。
年越しうどんを食べながら、中学時代の友だちや、高校で今年できた友だちに送るためのメッセージを作成し終わると、一遥は一息ついた。
「アン!」
飼い犬のアンスリウムが吠えた。とことこと一遥に身を寄せてくる。
もとは
「アンちゃん、どうした。よしよし。炬燵入るか?」
一遥は炬燵布団をめくってアンスリウムを中へと導いてやった。
さて、あとは時計の針がてっぺんを回ったらすかさずこのメッセージを一斉送信し、返ってくるメッセージに何かコメントが必要なものがないかをサラッとチェックするだけだ。
当たり障りのないコメントさえつけておけば最低限、気遣いのできないヤツだというレッテルを貼られることはない。処世術というものである。
紅白歌合戦が佳境に入った頃、百伊と千咲との仲良しメッセージルームに、ポコッと百伊から写真が送られてくる。祖父母の家に集まった親戚一同で、百人一首かるたをしている和気藹々とした雰囲気が伝わってきて思わずにっこりしてしまう。
【楽しそう!】
処世術ではないコメントを送ると、間を開けず千咲からも写真が送られてくる。
【こちらは外。寒い】
終業式で話していたとおり、テニス部の男女で年越しの初詣に行っているようだ。男子たちが肩を組んでピースサインをしている中に佐波っちの姿もある。千咲は厚手のコートを着込んだ地味目の格好だが、他のメンバーの中には和装の女子もいるようだった。
【ほーう。ちぃは着物じゃないんかあ】
【それ佐波くんにも言われた。けど寒いっしょ】
【なんかお願いしたん?】
【まだ並んでるとこ。ラヴヒスに登録したから、良い相手にマッチングするよう願っとくよ】
【マジか! ラヴヒス! 揺るがない女、それがちぃ】
【ラヴヒスにしたんだ。イケメンさんに会えるといいね】
テンポの良い百伊と千咲の応酬に、ようやく一遥もメッセージを挟んだ。
ビッグファミリーをダウンロードした後、パクヒス、プレヒス、ラヴヒス、トゥルヒスのどれを選ぶかはその人次第だが、いったんひとつのヒストリーを選んだ後に別のヒストリーに移るには課金が必要という料金体系になっている。だから無課金で使い倒したい高校生にとっては、最初にどれを選ぶかは悩みの種である。
その中で千咲は、ヒストリーオブラヴ、通称ラヴヒスを選択したということらしい。
【ってかそもそもちぃ、スコアいけたん?】
百伊が微妙に聞きづらいところをグイグイと尋ねる。
ラヴヒスの特色は、
一方、ラヴヒスに登録する場合は、マイナンバーキーに登録した自分の写真をビッグファミリーに提供することに同意しなければならない。そして採点された自分のエレガンススコアも分かるので、もしもラヴヒスの求める水準に達していない場合、自分のカードがラヴヒスユーザーに決して配布されないことも分かってしまう。
【ギリギリね。こないだの撮影、化粧も盛ったし、
【ほーう、さっすが】
【百伊は? どうせもう登録したんでしょ】
【わたしはなんと・・・・・・パクヒスにしました!】
百伊は画面からこぼれ落ちそうなほどハートマークのスタンプを送ってきた。
【いやいや、それ予想通りの展開だから】
千咲のツッコミを読みながら、一遥も思わず頷いた。
みながパクヒスと呼ぶ、ヒストリーオブパックスの特色は、収入面の重視である。
マイナンバーキーに登録された所得情報、未成年の場合は保護者のそれであるが、言葉を選ばずに言ってしまえば、どれだけお金持ちかを指標として、マッチング率が決められる、最も生々しいコースである。
そして、相手が住む地域の希望を選ぶことが出来る唯一のヒストリーでもある。高校生向けと言うより、すぐに結婚したい人向けで、少し年齢層は高めのように思えるが、
【ゆんは、地主と結婚して、子どもいっぱい欲しいって言ってたもんね】
一遥にはパクヒスが百伊の選択として、すごくしっくり来るように見えた。
確かに、千咲や百伊のように自分の希望がハッキリしている人たちにとっては、こうした細分化されたコース分けはとても良質なサービスとして受け止められるのだろう。
しかし、一遥に、そうした将来への明確なビジョンがある訳ではない。
【一遥は、まだ決めてないの?】
【うーん。ゆんもちぃちゃんもやるって言うから、一応ダウンロードはしたけど・・・】
周りに流されて、自分の行動を決める。そうやってこれまで生きてきたし、これからもそうやって生きていくのだろう。別にそれで何か問題があるとも思えないし、それで良いじゃないかと思う。
とはいえ、ビッグファミリーについて色々と検索して、情報収集は怠らなかった。
石橋を叩いて渡る。行動に移る前に慎重に熟慮するのが、わたしの性格だ。
特にこだわりがなければプレヒス、つまりヒストリーオブプレンティにしておけ、と検索上位にヒットした体験ブログには書いてあった。
一日に配布されるマッチングカードの枚数が、他のコースの五倍――無課金でも一日五枚ということだ――になるという、
五枚もあれば、それなりに気に入る相手も見つかるのではないかと思える。
一方で、別の体験ブログには、プレヒスで配布される男性は、見た目も属性も他のコースに配布できないようなスコアの低い人たちだとの報告もあった。
確かにそれは直感的に頷ける。ラヴヒスやパクヒスが求める水準に達していない者は、こうした「その他大勢」の枠の中で相手を求めることになる。寂しいことではあるが、現実的な判断とも言える。
こうしたマッチングシステムを取る以上、格差が拡大することは避けられない。スコアが高い者のカードばかりが、多くの異性の目に入るようになるからである。
その救済措置として、配布されたカードに対してこちらが好感度を示したならば、そのことが相手に伝わるようになっている。スペックの高い相手に、自分という存在をアピールする方法はちゃんと確保されていて、チャレンジすれば誰にでもチャンスは巡ってくるようになっているのだ。
そして実は、「持たざる者たち」への救済措置はそれだけではない。
というか、それこそがビッグファミリーというアプリがこれだけの人気を博すに至った基幹システムとも言える仕組みが存在する。
トゥルヒスこと、ヒストリーオブトゥルースである。
このコースを選んだユーザーは、マイナンバーキーに登録された情報のうち、遺伝子情報を開示することになる。
遺伝子情報は、もともとは政府が国民の健康を管理するために、病歴や健診データなどを記録することからスタートした制度だが、今では国民ひとりひとりが頬の裏からサンプルを採取され、遺伝子情報を登録されている。
上の世代にはこの登録制度を頑なに拒否する人たちもいるが、一遥たちは中学校の健康診断のメニューで既に採取されてしまっているし、もっと下の世代であれば乳幼児検診の段階でサンプル採取されることになっている。――もちろん保護者が子どもの遺伝子採取に反対する場合は、学校側も柔軟にメニューを変えるなどの配慮を行っている。
顔写真や、所得情報と違って、遺伝子情報は本人の目にも見えない。努力でどうこう出来るものでもない。
しかし、ビッグファミリーは胸を張って触れ込む。
遺伝子レベルでマッチングする相手がいるのだ、と。
それは「運命の相手」を科学によって見つけ出すものなのだ、と。
トゥルヒスは、遺伝子のマッチング率をパーセンテージで割り出して、配布するカードに表示する。
AIによるそのマッチング率の
AIはある意味で平等に、ある意味で容赦なくマッチング率を示す。イケメンではなかろうと、かわいい顔でなかろうと、貧乏だろうと、仕事がなかろうと、成績が悪かろうと、トゥルヒスに登録しさえすれば、AIが太鼓判を押す最も適したパートナーを得るチャンスが生まれる。
これが「持たざる者たち」にとって福音でなくて何であろうか。
千咲の言う「利便性」に膝を屈する人々とは、なにも積極的にそれを選び取った人ばかりではない。
恋愛市場において弱者たる地位に甘んじてきた者たちにも、遺伝子情報というイケニエさえ捧げれば、希望に満ちた沃野に躍り出て、パートナー探しに参加する資格が与えられるのだ。
ビッグファミリーの運営は、本当はできるだけ多くのユーザーにトゥルヒスを選んで貰いたがっており、そのためにラヴヒスやパクヒスの条件を厳しくし、プレヒスの質をわざと落としている、という分析もある。
経済産業省がビッグファミリーの開発を支援し、マッチングシステムのノウハウを洗練させているという話もまことしやかに囁かれている。ゆくゆくは高齢者向けに、より相性の良いケアラーによる介護サービスを提供したり、終末期医療をともに受けるサークルを結成したりという展開も目論まれて、厚生労働省から警戒されているとか。
こうした政府による国民の管理を――それは多分に陰謀論を含むものではあるが――監視と捉えるか、利便性の向上と捉えるか、という違いが、千咲の指摘したように議論の真っ最中となっており、単なるマッチングアプリは、それ以上の期待を込めて報じられるに至っている。
テレビや新聞といったオールドメディアのエンタメ特集は、トゥルヒスこそオシャレなこれからの恋愛をサポートするアプリだと無責任に煽り、一遥がネットで読んでいる高校生当人たちの体験ブログの方が却って、地に足の付いた分析をしているくらいである。
いずれにしても自然、トゥルヒスの知名度はぐんぐんと向上し、多くの高校生たちにも様々なチャネルで訴求している。
(運命の相手が、わたしにもいるのかな)
一遥はトゥルヒスのアイコンをタップしようと指を伸ばす。
いやいや、あり得ない。
遺伝子情報でしょ? 怖いよやっぱり。
ぶるぶると首を振り、スマホの電源を切って膝元に投げ捨てた。
ごーん、と除夜の鐘が鳴り、高校一年の大晦日が、まもなく終わろうとしていた。