第17話 訓練

文字数 1,216文字

 はじかれた。
 乾いた音。

 ひゅっと、するどい音をたてて、右耳のわきを木剣がすりぬけてゆく。
 おかえしに、下からはねあげる。胴にあたったと思ったが、脇を抜けている。

 ミナの薬草店の裏の訓練場で、アーサーとルナは木剣を交わしていた。
 ルナの体は、白い光に包まれている。
 保護の魔法である。

 突き。
 当たらない。

 保護の魔法を使って訓練をするよう言ったのは、フォスターだ。
 しろうとの巫女と戦うならば、そのくらいのハンデがあれば丁度よかろうと。
 ばかにするなと思ったが、はじめての魔法あいてに、苦戦をしいられている。

 ルナは息を切らしている。
 基礎訓練をひととおりやった後だから、無理もない。

 はっ、と息をついて、白い光に覆われたルナの左胸にむかって、突きを放つ。
 はずしようがない距離と、タイミングである。

 すると、なぜか、狙いが微妙にずれている。

 正中線に近い、左胸のまんなかあたりを狙ったはずが、肩に近いところに剣が向いている。
 突きをはなってから、相手の体にとどくまでのわずかな時間に、そのことに気がつく。
 気がつくが、修正するいとまはない。

 ルナの肩口に、ぱしんと音をたてて、アーサーの木剣が当たった。
「……負けました」
 さして、くやしげな様子もなく、ルナは頭を下げた。
「さすが、この国の王となられる方ですね」
 息をきらしながら、にやりと笑って、そんなことを言う。
「それはもう言うなよ。」
「すみません。……どうかしました?」
 ふと、アーサーが目をそらしたのに気がついて、ルナは聞いた。
「いや。……すこし、休憩にしよう」
 ルナの脚はがくがくと震えて、ふらついていた。
 二人は、訓練場のはしに設けられたあずまやに腰をおろした。ルナははーっと大きく息をついた。
「さすが、どころじゃないよ」
 目をあわせぬまま、唐突にいわれて、ルナは首をかしげた。
「なんです?」
「魔法さ。保護の魔法」
「ああ、……実践したのは初めてです」
「ぼくも、戦ったのははじめてだ。自分で使ってみたことはあるけど。」
「……そういえば、今日は……」
 ルナがなにかいいかけたとき、格子窓からミナが顔をのぞかせた。
「お客様ですよーう」
 と、間のびした大声でいわれて、何ごとかと身構えると、
「誰かーッ!」
 つづけて、切羽詰まったような男の大声がきこえてきた。
 ルナはさっと立ち上がった。一瞬遅れて、アーサーも立った。
 敷地をまわりこむようにして駆け込んできたのは、40すぎくらいの痩せた男であった。全身汗だらけで、頬はきつく紅潮していた。
 右手の先に血がついているのが、ちらりと見えた。
「けが人です! どうか、──」
 いいおわらぬうちに、ルナは走りだしていた。
 アーサーも後に続いた。駆け出しぎわに、自分の胸もとに浮かぶ無色の魔法球をみて、かるく舌うちをした。
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