電気ブレーキ

文字数 934文字

 中学の頃、国語の教科書に、ある作品が掲載されていた。
 タイトルは「正義派」といい、作者は志賀直哉。
 いま手元に現物がないのでうろ覚えだが、あらすじはこんな感じ…

 路面電車が、線路上で人をひいてしまう。その人は電車に背中を向けて歩いていて、電車の接近に気づいていなかった。
 それで問題になるのが、
「運転手が、性能の悪い手ブレーキではなく、より早く停車できる電気ブレーキを最初からちゃんと使用していたのか」
 という点。

 警察の調べに対し、目撃者が名乗り出た。これが、事故現場の近くで作業をしていた保線係たち。
「運転手はあわてて手ブレーキのホイールを回すばかりで、電気ブレーキの使用は遅れていた。だからひいてしまったのだ」
 この証言が決め手になり、運転手に責任ありとされたが、当の保線係たちはすぐさまクビを言い渡され、飲み屋で憂さを晴らす…

 これを読んで、私は憤然と鼻息が荒くなったのである。
「電気ブレーキを使用するのが遅れたから事故を防げなかった」だって?
 そんなまさか。

 この小説が書かれた時代の路面電車には、恐らく空気ブレーキはまだ装備されていなかっただろう。あるのは手ブレーキと電気ブレーキだけ。

 だが当時の私の印象では、電気ブレーキとは、ダラダラ長い下り坂で抑速ブレーキとして使うか、新性能電車(死語だな)が停車駅に接近したとき、巡行速度から、せいぜい時速30キロまで減速するのに用い、後は空気ブレーキに引き継ぐものとしか思っていなかったのだ。

「おうおう作者さんよ、もうちょっと取材してから小説を書きねえ」
 という気分だった。

 ところがインターネットは恐ろしい。ユーチューブはもっと恐ろしい。
 私は見てしまったのだ。

 どこの町だったかは忘れた。ヨーロッパのどこかの町の路面電車を映したビデオだ。
 それもひどく古めかしく、
「これは戦前のやつやな」
 と思える車体。
 それが電停に近づくとブレーキ音がして、停車する。そして客扱い。
 ところが、ところが…。

 そのときの停車音、何回再生スイッチを押して耳を澄ませても、「電気ブレーキ」の音だけなんすよ。

 空気ブレーキのなかった時代、路面電車は電気ブレーキと手ブレーキだけで日常的に運転していた…。
 はい、アメミヤ君の負け。

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