第3話(椎名さんの魅力)

文字数 1,265文字

 ちょっと休憩します。

 もしかしたら、僕の生涯(!)で最初に好きになった作家が椎名麟三なのではないか、と思い立った。
 父は「健康的」な本を読むように、と山本有三の「路傍の石」をわざわざ買ってきて、すすめてきたけれど、全く面白くなかった。父に対する反感のようなものも僕にはあった。父はとにかく真面目で、こどもだった僕には、言ってしまえばどこか本当には親しめない、親に親しめないというのもおかしな話だが、常に何か「本当に一緒には笑えない」絶対的な距離感のようなものを感じていた。
 それが決定的になったのは、僕が三十歳の頃、父の簡単な自分史を手紙で読んだ時だ。
「お父さんがどんなふうに生きてきたのか、子どもの頃のこととか知らないし、知りたいです」みたいなことを実家に行った際、僕は言った。父は手紙でそれを書き、送ってくれたのだ。

 便箋に七枚ほどだったと思う。父五十の齢の時、生まれた僕に、父は、ああまた人生やり直しか、と、重い、絶望的な気持ちになった、ということを書いていた。
 この一行は、読んでいた僕に相当のショックだった。かめ家では、長男を十七で亡くしている。その翌年僕が生まれたので、「生まれ代わり」といわれ、それなりに「歓迎」された出生だったのではないか、とずっと思っていた。実際、赤ん坊や幼児期の頃の写真を見れば、祖母や母が実に嬉しそうに僕を抱っこしたりしているのだ。

 そうか、父にとって僕の誕生は、望まれないことだったんだと思った。それから、実家に行っても(あまり実家に行くこともなかったが)、父に対しては何か申し訳ないような、自分の中にわだかまる塊があって、こどもの頃より一層、けっして打ち解けられない存在として接していたと思う。
 だが、だがである。僕はもう五十をすぎた。そしてよく思うのだ、今もし子どもができたら、僕は絶望的な気分になるだろうことを。とてもじゃないが、育てることなんかできない。自分の身体のことで精一杯だし、そんな稼ぎなんかできない。
 ああ、父はすごいな、と身をもって実感した。している。
 ── ということを、先週ツレアイの実家に行った時、義父に話した。すると、「いやあ、今はそう思っていても、いざそうなったら、人間、しっかりやるようになるもんです」。
 そうかなあ、と思うけれど、やはり自信がない。ムリだと思う。たしかに、そうなってみないと分からないが…。

 その先週、家に来てくれた友達も、お子さんのことではきっと苦労されている。だが本人は、それをまるで苦労と思っていない。むしろ、フツウの子だったらつまらないんじゃないか、みたいなことも言っていた。
 うん、Iさんは生活力あるから。カミサマも、こいつなら大丈夫だ、って。オレにはそんな力、ないから。とか言って笑ったりした。
 さて、椎名麟三の魅力について書こうとしていたが、全然違う方向へ進んだ。
 子は天からの授かりもの、というが、椎名さんの本との出会いも、僕にとっては授かりもののようだった、と、強引にまとめてこの第3話を終わってみよう。すみませんです。
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