第18話 見立て
文字数 1,974文字
「ほら見ろ。俺の言ったとおりだろう」
生検の際サンプルを採取しなかった、と医師が言うと、倅三がしたり顔になった。
「あら、やっぱりお父さんが合っていたのね。デタラメだと思ったけれど」
「どうかしましたか、観社さん」
「生検の日、母から連絡がありましてね。
父が病院からかけてきて、こう言ったらしいのです。
検査室に連れられ、渡された紙コップの中身を煽った。次に気がついたら病室のベッドで寝ていた。検査をやったのかあいつらは、やっていないだろう、って。
腑に落ちない様子だったそうです」
いつもは難しい顔つきの医師が、珍しく笑顔を見せた。
「すい臓の中にはすい液が通る道、つまりすい管があリます。針を刺さなかったのは、そこにブロッコリーというか、キノコ状のできものがあったからです。
ここですね、画像のこの部分。黒く抜けているところがそうです」
とコンピューターの画面をボールペンで指し示す。
「これは、元は膵管内乳頭粘液腫瘍、略すとIPMNです。良性腫瘍だった可能性が考えられます。
ただ観社さんの場合、悪性化してIPMC__このCは悪性つまりCarcinomaですね__になっている可能性が高い判断です。
悪性の根拠は、サイズが二㎝ぐらいになっていること、中に血流が見られることです」
先日倅三が持ち帰ったメモを初は見ていた。医師から渡された紙にはこうあった。
“IPMC悪いものの疑い、浸潤なし、転移なし、リンパ節転移なし。手術で取り切れる状態←病気が進む前に外科の先生から手術の話を聞いてほしいです。城市先生が話します”
「聞いてください」ではなく「聞いてほしいです」だった。押しつけがましくなくて、初は気に入っている。
「先生、針を刺さなかったのは、突くと散ってしまうからですか?」
「そうです。すでにCT、MRI、超音波と検査を行っていますからね。今回の内視鏡でも、針をできもののすぐそばまで入れています。情報としては十分でしょう。
がんは広がりを見るのが大事ですが、大動脈や神経、十二指腸、胆管といった周囲に広がっている様子はありません。肺や肝臓、リンパへの転移もなさそうです。
まあお腹を切って見ないとわかりませんが」
がんという言葉が初めて医師から出た。生検をしていないのに、今日はもうがんの前提で話が進んでいる。
「治療の選択肢は三つです。
一つ目は手術、二つ目は抗がん剤で、三つ目はなにもしない。
手術についてはこのあと、外科の先生からお話があります。
抗がん剤はがんと長くつき合うための治療なので、根治は困難です。
なにもしない場合は、症状が出たら和らげたり、痛みを取ったりします。いわゆる緩和療法です」
檀のメールにあった「最後は緩和療法になるから辛いかも」という状態だろう。
初は両親にちらりと目をやった。二人とも、身じろぎもせず黙り込んでいる。
「先生、がんだとステージいくつとかよく言いますよね。そういうのはわかっていますか」
「三か四かな」
「浸潤も転移もなさそうなのに?」
「そういう意味では三かな」
複数のネット情報によれば、浸潤や転移がないならステージゼロか一だ。手術で取ればおしまい、のような医師の話しぶりからしても、ステージ一かせいぜい二であるべきだ。
もしステージが三か四なら、手術で取り切れると断言できるのか? 病気が進んでいれば、手術のあとに抗がん剤治療が待っているのだろうか?
倅三も乃津麻も表情ひとつ変わらなかった。このやり取りの意味をふたりがどれだけ理解したかはわからない。シビアな内容を理解しなかったことを願いつつ、初は話の方向を変えた。
「手術を受けなかったらどうなりますか」
「できものがさらに大きくなって、いずれ完全に膵管を塞ぎます。そうなると閉塞性膵炎になります」
つまり、がんが暴れ出さなくてもすい臓が正常に機能しなくなるのだ。
「すい臓はどれくらい切るんですか」
倅三がやっと口を開いた。いい質問だ。
「半分ぐらいですね。開けて見た感じで全部かもしれないです。
腫瘍が膵管をかなり塞いじゃっています。いまでもすい臓のうしろのほうは、ほとんど機能していませんが」
「でも全部取っちゃうと糖尿病になりますよね? 調べたらそんな情報があったのですが」
「そうです」
「それはまずいな」
倅三が即座に反応した。
「糖尿病になんかなっちゃったら大変だよ」
「そうよ、糖尿病だなんて」
沈黙をとおしていた乃津麻も加わった。
二人してがんより糖尿病を恐れる口ぶりに、初は挽回しようと身を乗り出す。
「でもインシュリンを打てばいいんですよね、先生?」
「そうですね、一日四回打って……」
「冗談じゃない」
倅三が思わず声を荒らげた。
生検の際サンプルを採取しなかった、と医師が言うと、倅三がしたり顔になった。
「あら、やっぱりお父さんが合っていたのね。デタラメだと思ったけれど」
「どうかしましたか、観社さん」
「生検の日、母から連絡がありましてね。
父が病院からかけてきて、こう言ったらしいのです。
検査室に連れられ、渡された紙コップの中身を煽った。次に気がついたら病室のベッドで寝ていた。検査をやったのかあいつらは、やっていないだろう、って。
腑に落ちない様子だったそうです」
いつもは難しい顔つきの医師が、珍しく笑顔を見せた。
「すい臓の中にはすい液が通る道、つまりすい管があリます。針を刺さなかったのは、そこにブロッコリーというか、キノコ状のできものがあったからです。
ここですね、画像のこの部分。黒く抜けているところがそうです」
とコンピューターの画面をボールペンで指し示す。
「これは、元は膵管内乳頭粘液腫瘍、略すとIPMNです。良性腫瘍だった可能性が考えられます。
ただ観社さんの場合、悪性化してIPMC__このCは悪性つまりCarcinomaですね__になっている可能性が高い判断です。
悪性の根拠は、サイズが二㎝ぐらいになっていること、中に血流が見られることです」
先日倅三が持ち帰ったメモを初は見ていた。医師から渡された紙にはこうあった。
“IPMC悪いものの疑い、浸潤なし、転移なし、リンパ節転移なし。手術で取り切れる状態←病気が進む前に外科の先生から手術の話を聞いてほしいです。城市先生が話します”
「聞いてください」ではなく「聞いてほしいです」だった。押しつけがましくなくて、初は気に入っている。
「先生、針を刺さなかったのは、突くと散ってしまうからですか?」
「そうです。すでにCT、MRI、超音波と検査を行っていますからね。今回の内視鏡でも、針をできもののすぐそばまで入れています。情報としては十分でしょう。
がんは広がりを見るのが大事ですが、大動脈や神経、十二指腸、胆管といった周囲に広がっている様子はありません。肺や肝臓、リンパへの転移もなさそうです。
まあお腹を切って見ないとわかりませんが」
がんという言葉が初めて医師から出た。生検をしていないのに、今日はもうがんの前提で話が進んでいる。
「治療の選択肢は三つです。
一つ目は手術、二つ目は抗がん剤で、三つ目はなにもしない。
手術についてはこのあと、外科の先生からお話があります。
抗がん剤はがんと長くつき合うための治療なので、根治は困難です。
なにもしない場合は、症状が出たら和らげたり、痛みを取ったりします。いわゆる緩和療法です」
檀のメールにあった「最後は緩和療法になるから辛いかも」という状態だろう。
初は両親にちらりと目をやった。二人とも、身じろぎもせず黙り込んでいる。
「先生、がんだとステージいくつとかよく言いますよね。そういうのはわかっていますか」
「三か四かな」
「浸潤も転移もなさそうなのに?」
「そういう意味では三かな」
複数のネット情報によれば、浸潤や転移がないならステージゼロか一だ。手術で取ればおしまい、のような医師の話しぶりからしても、ステージ一かせいぜい二であるべきだ。
もしステージが三か四なら、手術で取り切れると断言できるのか? 病気が進んでいれば、手術のあとに抗がん剤治療が待っているのだろうか?
倅三も乃津麻も表情ひとつ変わらなかった。このやり取りの意味をふたりがどれだけ理解したかはわからない。シビアな内容を理解しなかったことを願いつつ、初は話の方向を変えた。
「手術を受けなかったらどうなりますか」
「できものがさらに大きくなって、いずれ完全に膵管を塞ぎます。そうなると閉塞性膵炎になります」
つまり、がんが暴れ出さなくてもすい臓が正常に機能しなくなるのだ。
「すい臓はどれくらい切るんですか」
倅三がやっと口を開いた。いい質問だ。
「半分ぐらいですね。開けて見た感じで全部かもしれないです。
腫瘍が膵管をかなり塞いじゃっています。いまでもすい臓のうしろのほうは、ほとんど機能していませんが」
「でも全部取っちゃうと糖尿病になりますよね? 調べたらそんな情報があったのですが」
「そうです」
「それはまずいな」
倅三が即座に反応した。
「糖尿病になんかなっちゃったら大変だよ」
「そうよ、糖尿病だなんて」
沈黙をとおしていた乃津麻も加わった。
二人してがんより糖尿病を恐れる口ぶりに、初は挽回しようと身を乗り出す。
「でもインシュリンを打てばいいんですよね、先生?」
「そうですね、一日四回打って……」
「冗談じゃない」
倅三が思わず声を荒らげた。