第6話 金曜日/夜、木曜日/早朝 2

文字数 1,057文字

 金曜日、夜。

「一等を取ったジョバンニの絵は、市民ホールに飾られました。
 それは白と黒だけで描かれた絵は、畑で働くお母さんの絵でした。
 お父さんが買ってくれた外国製の絵の具で描いたカムパネルラの絵は、佳作にも入りませんでした。
 ジョバンニがどれほどみなから誉められたことか、お祝いをされたことか。
 そのうえ、ジョバンニのお父さんが北の海から珍しい毛皮をたくさん持って帰ってきました。ジョバンニの家は瞬く間にお金持ちになり、川べりに建つ大きく広い家を買いました。床に伏していたお母さんも元気を取り戻しました。
 今、ジョバンニは授業で手をあげます。はっきりと自分の意見を発言します。人気者になったジョバンニをカムパネルラは離れて見ていました。
 カムパネルラは、ジョバンニを疑い始めていました。
 もしかしたら、ジョバンニはあのとき白いカタクリの花をみつけていたのではないでしょうか。そしてみんなの幸せではなく、自分の幸せを願ったのではないでしょうか」
 女の子は、毛布をぎゅっと抱きしめた。


 木曜日。 

 冷凍庫からアワビを出して自然解凍する。いまから解かせば昼には調理できるだろう。暗い中で、滝は手探りで作業をした。 
 いつもの癖で蛇口をひねると、水が一呼吸分出て止まった。
「これもか」
 裏口でサンダルをつっかけ、小川からやかんで水を汲んでいると、雨粒が落ちてきた。
「世界の終わりに雨が降る」
 やかんを火にかけて沸かした。湯が冷めたら炊けるように、米を研いで笊にあげて水を切っておこう。米は二合か三合か。滝は神前の食の細さが気になった。
 残り三日だ。滝はカイトがドライフードをかじる音と瓦屋根を叩く雨の音を聞きながら、台所の丸椅子に座っていた。
 残りの時間を人はどんなふうに過ごすのだろう。打越のように、家族と先に世界から去るものたちも多いのかもしれない。集落は高齢者が大半だから状況を飲み込めず、日常を繰り返しているようだ。
 たとえば、そんな暮らしはどうだろう? 突然、都会から息子が帰ってくる。ただ、それは土曜日にようやく帰りつく、ぼろぼろの姿で。年老いた親は、どうした? と聞くだろう。息子は真実を伝えるだろうか。
 あるいは、ミニFMを放送している男の話はどうだろう。発電機で電気を確保して、さいごのさいごまで放送する。流す曲はなんだろう、たぶん……。
 滝はうつむけた顔をあげ、空想を止めた。
「書かないけどな」
 滝は立ち上がり、残り少ないインスタントコーヒーを沸き上がった湯で淹れた。
 神前は昼まで起きてこなかった。
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