第4話

文字数 9,535文字

 水曜日の夕暮れ時、俺の店ベルべレソンに予約なしの飛び込みで、1人の男子高校生が来店した。
高校の制服を着崩した、いかにもな若者風情のやんちゃそうな客だった。
カットとカラーを依頼された俺は、店内の椅子へと案内していくのだが、何ともこの男子高校生に胡散臭いものを感じていた。
その感覚はチャラチャラした外見や生意気な言葉遣いから受けるものとは異なり、理容師として長年数々の修羅場を潜り抜けてきたプロとしての本能が察知した警鐘とでも言うのだろうか、いずれにせよ油断するわけにはいかないようだぜ。
 椅子に腰かけた男子高校生は、クチャクチャとガムを噛みながら軽口を叩くように要望を告げて来る。
「えっと~、前髪がだいぶ伸びてるじゃあないすか~!!何ていうか~目にかからないくらいに自然な感じで切ってほしいっていうか~!!」
「それだと、随分と印象が変わってしまうが、いいのかい?」
例え相手が自分の年齢の半分くらいの生意気なガキであろうと、プロとして俺はダンディーに接することは決してやめない。
「ていうか~、俺って元々髪短めだったじゃないっすか~!!だからむしろそっち寄り~みたいな!!」
知らんがな、初対面のお前の歴代のヘアスタイルの変遷など、俺の知るところであるはずがない。
「あっ、ついでに~むしろ~全体的に、短くショートな感じで揃えちゃうみたいな方が~もしかしてありなんじゃね!?」
だからそんなこと、俺の知ったことじゃないんじゃね!?
「なら、バリカンで刈り上げてみるが、それでも?」
「あーいっちゃってくださいよーー!!やっべ、想像したら超やべぇ!!俺またモテちゃうじゃん、ねえ!?」
「・・・そうかもな・・・。」
ハイハイ、きっとモテるんだろうよ。
お前みたいな頭の中がめでてえバカな女共にはな。
興奮している男子高校生とは対極に、どんどんテンションが下がっていく俺の心中などいざ知らず、おつむの青い夢物語は終わりを見ない。
「カラーも希望すると?」
「そうなんすよ!!やっぱ髪切るんなら~ついでに染めなきゃ決まらねえっしょ!!」
だからそんなこと、俺の知ったこっちゃねえっしょ!!
単なる世代間のギャップでは片付けられない温度差はさておいて、俺はヘアカラーの見本が載っている冊子を広げて見せた。
「具体的にどんなイメージ?」
「うおっ!!うおっ!!うおっ!!!こんなにあるんすかーー!?」
喉に何か詰まってるの?いっそ噛んでるガムを詰まらせたっていいんだぜ。
バリエーションに富んだヘアカラーの見本を見せられたことで、テンションアゲアゲ俺のテンションは下げ下げみたいな!!
「どうしよっかなーー!?なあ、何色が似合うと思う!?」
急にタメ口を利きやがった男子高校生に、俺はことさらダンディーに一言。
「緑。」
「で、何色が似合うと思う!?」
何さりげなく流してんだよ、業界的に言う編集点作ってんだよ!!
生意気な世間知らずのガキの頭をエコに緑化計画をという俺の提案を退けてなおも聞いてくるこのガキ、多分人の意見を聞きはしないに違いねぇと、今さらながらに理解した。
「自分の人生だ。自分で決めな。」
「そうっすよねぇ~!!やっぱそうっすよねぇ~!!」
ウソこけ!端からお前の中では結論が出ているくせしやがって!!
「じゃあ、この金髪でいきます!!うわ~やべぇわ~!!」
なるほど確かにやばいチョイスだ。
男子高校生が選択した金髪は、金髪の中でもかなり派手めで異彩を放っている色合いだった。
成金主義の趣味の悪い親父や奥方が、何かと身に着けたがるド派手な金の指輪やネックレスといった装飾品のような、お世辞にも趣味が良いとは思えない、品の無さだぜ。
こんな色に高校生が頭を染め上げてみろ、まっとうな高校ならすぐさま生徒指導の教師に目を付けられて、説教食らって下手をすれば何かしらの処分が科されるだろうに。
しかしながら、この男子高校生の立ち居振る舞いや会話の噛み合わなさを身をもって知った俺としては、お望みどおりに仕上げてやるしか手段はなさそうだ。
「ではまず、カットしていくから。」
そう告げた俺は、未だ持って「ヤバいわ~」だの「超モテる~」とか夢見がちな頭の悪い幻想を抱いて興奮し続けている男子高校生の反応を何ら気にすることもなく、準備を整えて左手に愛用のハサミを構えた。
 男子高校生の髪を切り始めて少々、いい加減もう何の味も感じないだろうにずっとガムを噛み続けているさまが、何とも気になって仕方がなかった。
クッチャクッチャと音を立てるだけならともかく、髪にハサミを潜り込ませる度に顎を上下させている咀嚼の動きが、俺の癇に障るったらないぜ。
俺はいったん手を止めてハサミを置くと、男子高校生の背後から渾身の手刀を繰り出してやった。
完璧に秘孔を突いた俺の一撃によって、背部を打たれた男子高校生はかっくんとなり、その拍子に噛んでいたガムを飲み込んでしまった。
してやったりな俺は脳内でガッツポーズを決めて、飲み込んでしまったガムが食道を通って胃に滑り落ちていく感覚が気持ち悪くてしょうがない様子の男子高校生に、ニヒルにほくそ笑んでやり少し留飲を下げることに成功した。
人生には耐え難い苦痛ってもんがあるんだぜ。

 男子高校生の両サイドの髪を刈り上げるためにバリカンを手にした俺が、一応男子高校生にお伺いを立ててみる。
「で、バリカンは何ミリで?」
「おうそれな~それな~!!」
いつの間にか完全にタメ口で俺に話すことが定着してやがる。
「ここは~やっぱり~男を見せてからの~、1ミリで!!」
「あいよ。」
「あれ、あれあれ~聞いてなかった~?1ミリでおねしゃす!!」
「あいよ。」
俺の端的かつ最短の返答が大いに不満だったのか、俺がバリカンの刃の長さを調節している間中、ずっと「あのリアクションはないわ~!!」「人の道ってものがあるじゃーん~!!」などとぶつくさほざいてはいるが、お前が人の道を語るんじゃねぇ!!
タンメンはないと言わんばかりに、俺の心が叫んでいた。
「覚悟はいいかい?もう後戻りはできないぜ?」
と俺は社交辞令のように確認をしてはやったが、男子高校生が答えるより早く、すでに手にしたバリカンがうなりを立てて髪を刈っていた。
ものの数分で両サイドの髪を刈り上げた俺の後ろで、男子高校生はじょりじょりとした手触りを感じながら、鏡を見ながら興奮していた。
「おいーー!!本当に剃っちゃった~やべぇわ~!!でも超イケメンじゃね!?これもう女よりどりムラムラじゃね!?」
訳の分からない造語を操り、自分の姿に見惚れてやがるな。
まあこれでもし文句言うようだったら、そのまま丸刈りの刑に処していただろう。
そんな俺はというと、すでにヘアカラーの準備に余念がなかった。
たかだか男子高校生の髪を染めるのなら、専用のカラー剤を使わずとも、ペンキでも塗ってやりゃあ十分なものを。
「じゃあ今からカラー剤を塗っていくから。塗り終わったら、待ってる間に顔を剃るから。」
「あいよー!!」
俺が直々に懇切丁寧にこれからの作業工程のプランを説明してやっているというのに、スマホに届いたラインの返信に忙しい男子高校生は、心ここにあらずで適当に相槌を打ってきやがる。
俺の心に芽生えてくる殺意にも似た怒りを鎮めるように、男子高校生の手からスマホをひったくると、有無を言わせず強引にカラー剤を塗り始めた。
「痛かったら言いな。」
と言いつつカラー剤を塗ってはいるが、仮に本当に痛いと男子高校生が言ったところで、やめることなく塗り続けるだけだがな。
どうだ気持ち悪いだろう!!頭にセメント塗られている錯覚に陥って、耐え難い苦痛を味わうがいいわ!!
公園のベンチにペンキを塗りたくるイメージで、男子高校生の髪にまんべんなくカラー剤の塗り込みが完了すると、間髪入れずに俺はシェービング用のシャボンを泡立てて、男子高校生の顔を温めたタオルで覆っていった。
「っつーー!!思ってたより熱いわ~!!せっかくのイケメンが火傷するっしょー!!」
まったく大して熱くもないくせに、ピーピーわめくんじゃねぇ、こらえ性のないガキだぜ。
男子高校生の顔面を経験値の積み重ねからくる感覚のみを研ぎ澄ませ、蒸らし終わったと判断した俺はタオルを取って、シャボンを刷毛で塗っていく。
通常の俺の流儀としては、額から順に下へ下へと剃っていくのだが、ポリシーを覆して口の周りから剃っていくことにした。
小生意気なガキの口を、一刻も早く塞いで黙らせたかったのもあるし、何なら剃り終わってもエンドレスに口にシャボンを塗り続けても良いとさえ思えた。
だが俺もプロである以上、自分の仕事に私情を挟むわけにもいかず、口の周りと首から顎の間を剃った後は、頬から上へとカミソリをあてがっていくしかないのが、口惜しい。
そうして眉毛に差し掛かったところで、男子高校生が口を開いた。
「えっと~、眉毛は俺のこだわりなんで~、ハサミでしっかり整えて!!」
一丁前に眉毛を手入れすることを申し入れてきた色気づいたガキに対して、そうかそうかそんなにハサミで整えてほしいのならやってやろうじゃあないか、この高枝切りバサミでな!!
俺の足は本気で物置に向かおうと動き出しそうだったが、何とか理性を働かせた俺はすんでのところで思いとどまった。
お前、時代が時代なら、今日1日で軽く10回はもう切り捨てられて死んでいるぞ。
 てなわけで、紆余曲折を経つつも何とか顔剃りを終えた俺は、先ほど塗り込んだカラー剤による髪の変色具合をチェックして問題がないことを確認した。
「頭洗うから。」
「えっと~、使うシャンプーって~、椿エキス配合のやつ~!?俺の髪はデリケートなんで~!!」
何か聞こえてきたが、俺は適当に受け流して髪を洗うことにする。
「ハイハイ、入ってる入ってる(ウソ)。」
シャンプーを手に取り丹念に泡立てた俺が、男子高校生の頭皮に触れてゴシゴシと洗っている。
「うわ~やっぱ椿エキス入ってるやつはちがうな~!!っぱねぇわ~!!」
「・・・そうですね・・・!!」
アルタの客よろしくの棒読みで答えた俺の読み通り、物の良し悪しなどまったくわからないバカなガキで、もう大助かり。
ウソを突いちゃあいけねえって?
ちっちっち、ウソも方便、バカとハサミは使いようなのさ。
「あの~ちょっと頭の左側が痒い~みたいな~!!」
「ハイハイ、じゃあ漆を塗り込もうね。」
いっそ痒いを通り越してかぶれさせてやろうかと、俺の足は石川県辺りに旅立とうとしたが、またしても理性を総動員して何とか堪えて手を動かし続けた。
シャンプーをシャワーで洗い流すと、俺はドライヤーを手に髪を乾かしていく。
ドライヤーから発せられる温風によって、前髪がそよいでいるのを鏡越しに目にした男子高校生は、「やっべ~なびく前髪もありだわ~!!全然アリだわ~!!スマホで撮影してくんない!?」などと俺の仕事を邪魔してきやがった。
なので俺は男子高校生に向けてスマホのカメラを構え、動画を撮影してやりながら、そよぐどころか前髪を荒れ狂う日本海の波みたいにぐっしゃぐしゃに暴れさせて、その無様さを撮ってやった。
撮り終えた動画に映る自分の姿が、髪を振り乱している怨霊チックになっていることにしばし驚嘆していた男子高校生だったが、俺の仕事を妨げようとする奴はそうなるのさ。
「いや~逆にありだな!!2周周ってありっしょ~何て言うかワイルドな男って感じで!!」
たくましいのか無神経なのか、俺には理解できない美的感覚を持ったバカはへこたれはしなかった。
これもゆとり世代の弊害ってやつなのか・・・・。
気を取り直した俺は、仕上げに髪をセットしてやるところだ。
「ジェル?ワックス?グリース?何もなし?どうする?」
「えっと~ほんじゃあ~全部乗せでーー!!」
ねぇよそんな選択肢はよ!!
ラーメン屋やカレー屋で、トッピング全部乗せするみたく注文するんじゃあねぇ!!
煮卵に茹で卵、チーズに山盛りのネギにチャーシューからソーセージにフライドチキンまでトッピングするってか、何だちょっと美味そうじゃねぇか、涎が出ちまうぜ。
「自然に仕上げるなら、無難にワックスだな。」
「でもでもでも~ここまで来たら最後まで冒険するのが男っしょ!!」
いやいや、お前最初に前髪は自然な感じでって、言うたやん!!
冒険がしたいんなら、半そで短パンにビーサンで冬の南極にでも行けば!?
「何て言うか~いまいちパンチが足りないって言うか~」
じゃあ俺の左ストレートをお前の脳天にお見舞いしてやろうか?
「いっそ逆立ててからの~デコ丸出しにする、みたいな~!!」
「・・・・後悔しても知らんぞ。」
俺は一言忠告してやると、この店で1番ハードなジェルを取って戻って来た。
ジェル容器の蓋を外した俺は、容赦ない量のジェルを両手に絞り出して、男子高校生の前髪を数本単位でハリネズミのように逆立てていった。
ジェルというよりも強固な接着剤を塗って逆立てた感じで前髪はおっ立ち、俺は鋭利さを失う前にドライヤーの熱風を再び当てていった。
前髪は瞬く間に固まっていき、ビンビンったらありゃしねぇ。
そうしてついに完成した男子高校生のヘアスタイル、両サイドは1ミリに刈り上げられ、襟足は首を十分に覆っていて、前髪はハリネズミでハリセンボン。
そのいずれもが、趣味の悪い真っ金金の金髪に光り輝いていた。
何ともパンクでロックでファンキーでおめでたい頭、とどのつまりいかついを凌駕して、将来の極悪人を俺は生み出してしまったのかもしれねぇな・・・・、まぁ、知ーったことじゃないけどね!!
ともあれ、頭のおかしいこの男子高校生の要望をすべて叶えてやって出来上がったヘアスタイルだ、さぞかし満足していることだろうし、文句があっても聞き入れてなんてやんない。
 ところがだ、てっきりまたバカっぽさ全開の口調で、あれやこれやと意味不明な造語を吐いてはウザいリアクションを取るとばかり思っていた男子高校生の様子が、急におかしくなっていった。
俺は一抹の不安を覚えながらも、服に着いた髪の毛を払ってやっていたのだが。
その間も、それが終わってからも、男子高校生のソワソワしまくりの挙動不審さは変わらず、激しさを増していった。
俺が会計を済ませるために男子高校生を誘って、レジカウンターのところまでやって来ると、店のドアが開き、次の時間帯に予約を入れていた予約客の吉田がちょうど入店してきた。
「すぐに支度するから、少し座って待っててもらえるかい?」
と、俺は吉田に声を掛けて待合スペースに誘導して座らせた。
そんな俺が戻ってくる様子をじっと見つめていた男子高校生は、明らかに慌て動揺した様子で、先ほどまでの無礼千万な態度とは一転して、か細い声を振り絞って何やら話し始めた。
「え・・・えっと~・・・・・、お金持ってくるの忘れちゃったみたいで~、」
「声小ちぇえなぁ!!」
「ちょっと・・・・そこのコンビニで~下ろしてくるから~待ってほしいなぁ~みたいな・・・・・。」
「何?」
俺は般若の如き形相で男子高校生を睨み、怒気を含んだ低い声で問いかけた。
「お・・お・・お金はあるから~、バイト代出たばっかだし~」
「・・・・・・・・。」
「だから・・・・ちょっと待っててください・・・・。おねしゃす!!」
「本当だな?」
「は・・・ほい!!」
「・・・・・・ならば、さっさと行ってこい。」
本来なら俺も同行して金を下ろさせてから、きっちり代金を徴収したいところなのだが、予約客を待たせるわけにもいかず、この後も立て続けに入っている予約もあるため、席を外して時間を後ろにずらすわけにもいかなかった。
なので、俺はひとまず男子高校生の口約束に乗ってやることとした。
約束を交わした男子高校生は、いかつすぎるヘアスタイルとは似ても似つかない動きで手早く荷物をまとめて、店を脱兎のごとく飛び出していった。
「・・・・・・・・・・・。」
おっといけねぇ、客を待たせるわけにはいかないぜ。
「では、どうぞこちらへ。」
俺は待たせてあった予約客吉田を店内に案内して、次の仕事へと取り掛かって戻ってくるのを待つこととした。

 そしてそのまま、あの男子高校生が再び店に戻ってくることはなかった。



 翌日。
店の定休日を利用して、俺はとある場所を訪ねていた。
何てことない住宅街の、これまた何てことない一軒家の前に佇む俺は、いつものようにスーツ姿だ。
駐車スペースには車は止められておらず、この家の主は不在のようだが、そのことは今日の訪問には何の問題もなかった。
俺はインターホンを押して、住人との接触を試みた。
間もなくドタドタというフローリングの床を裸足で叩き付ける足音が近付いて来て、家のドアが開けられた。
「はい~、今~超取り込んでて~セールスとかならお断り~」
とバカ満載の声を発してくる人物が、俺の姿を確認して凍り付いていく。
「な・・・・なんで~・・・・ホワイーー!?」
「よう、昨日はどうも。」
そう語りかける俺にびっくりして、今にも腰を抜かしそうになっているのは、昨日来店して代金を払わずにトンズラしやがった、あの男子高校生だった。
嫌味に豪奢な金髪の下、みるみる顔面が蒼白になっていく男子高校生は、驚きを隠せず同時に恐怖を覚え始めていた。
「代金をいただきにまいりました・・・・・俺から逃げられると思うなよ!!」
「ひっーー!!」
俺の凄みにその場で立っていられなくなり、とうとうその場にへたり込んだ男子高校生が、わなわなと身を震わせて問うてくる。
「な・・・な・・何でや!?何で・・・・俺の家がわかったんや・・・・!?」
「そんなことはどうでもいい。さあ、金を払え!!」
「い・・・・今、持ち合わせがないんや!!」
「嘘吐くな!!バイト代が入ったばかりだと言っていただろうが!!」
「あ・・・・あ・・・あ・・、そうや女や、俺の女に指輪買うたってん!!だから、もう金残ってないねん・・・・!!」
「そうか・・・ならば仕方ないな。」
「んだんだ!!」
「そんなわけあるかーーー!!!」
「ひいいいいいいぃぃぃぃぃぃーーーーー!!」
「こちとらガキの使いじゃあねぇんだよ!!代金を受け取るまで、何時間でも居座り続けるからなーー!!」
「せ・・せやかて・・・・ないもんは払いようがないし~・・・・・・」
「じゃあ、お前の親に払ってもらうか?それとも、お前が通う高校まで乗り込んでいって、洗いざらい全部しゃべってやろうかーーー!!!」
「そ・・・それは・・・あかんわ~!!そんなんされたら困るわ~!!」
「困ってるのはこっちじゃ、バカやろーーーー!!!」
「あっ・・・ちょっと小便出ちゃった・・・・。」
失禁して恥じらう男子高校生など可愛くもなければ、何ら慈悲を与える価値などない。
「そうか・・・、じゃあとりあえず上がらせてもらって、お前の親が帰って来るまで待たせてもらうとしよう。ちょうど、パンツも履き替えないといけねぇんだろ?」
「や・・やめてくれ!!親には話さんといてくれ・・・・いや、話さないでください!!」
「それじゃあ、どうやって払うっていうんだ?あぁん?」
「そ・・そうだ、そうですわ!!ちょっと待っててください!!」
そう俺に告げると、男子高校生は急いでスマホをいじって電話をかけ出した。
「あっ、もしもし栄子?・・・ちょっと・・・頼みがあるねんけど・・・・、お前に買ってやった指輪あるやろ、あれな~ちょっと返してくれへんか?えっ、何でって、・・・・大至急金が必要なんや!!だからあの指輪を売って、金を作るんや!!」
男子高校生の嘆願直後、スマホ越しにものすごい怒鳴り声を上げて女がわめき続けていた。
俺はタバコに火を着け、しばらく顛末を横目にして煙を吐いていた。
15分ほど経って通話を終えた男子高校生が、怯えながら俺に話しかけてきた。
「お・・お待たせしました。」
「それで、話は付いたのか?」
「は・・はい、一応!!・・・・彼女がお金を・・・・立て替えてくれるそうで・・・・。今から受け取りに行ってきます。」
「ならば、俺も同行しよう。」
「つ、付いてくるんですかーー!?」
「当たり前だ、このボケが!!代金を受け取るまでは、1秒たりともお前を逃がさないからな!!」
「ひーーーーーひいぃぃぃーーーー!!」
 こうして俺は、彼女の元へ向かう男子高校生に同行していった。
駅前のファミレスで待ち合わせた彼女がやって来るなり、彼氏と同じテーブルに座る俺という存在に驚きと戸惑いを浮かべてはいたが、男子高校生の言葉通り代金の7500円(カット3500円、ヘアカラー4000円)を無事に立て替えてもらえたようで。
俺はこの手に確かに代金を頂戴したのだった。
その去り際、俺は男子高校生に対して抱いていたもう1つの疑念を確かめてみた。
「お前が昨日、俺の店に来たのは何故だ?」
「!?」
予想外のその問いかけに、男子高校生は素のまま過剰な反応を見せた。
俺はその動揺を決して見逃すことなく、なおも畳み掛ける。
「何故だ?」
「た・・・たまたまっすよ・・そんなの!!ぐ・・・ぐ・・・偶然に決まってるじゃないっすか!!」
「嘘を吐くとためにならんぞ!!」
言うなり俺は男子高校生の首を掴み、テーブルの上に頭を激しく押し付けて圧迫していく。
「ま・・・・マジっすよ!!」
「吐け!!本当のことを言え!!」
ボリューム自体はさほど大きくはないが、ドスの効いた低く腸をえぐるような迫力で威圧してやると、しばらくして観念したように男子高校生は話し出した。
「い・・言う、言いますよ!!」
「・・・・・・。」
「頼まれたから・・っすよ。」
「誰にだ?」
「いつも通ってる・・・ヘアサロンのオーナーにっす。」
「それはどこの店だ?」
「ジャロブスっていう・・・店っす。」
「ジャロブス・・・ジャロブスだと?」
「は・・はい・・・、そこの未来久留巣(みらくるす)っていう、オーナーにっす・・・・。」
「そうか・・・、あいつか・・・。」
男子高校生が白状したその名前には、俺にとってひどく聞き覚えと深い因縁があった。
「未来久留巣さんに、ベルべレソンっていう店があるから行って、俺の言う通りに行動しろって。言う通りにしたら、1年間タダで髪を切ってやるからって・・・・!!も・・・もう、いいっすか!?」
「ああ、さっさと散れ!!」
と俺は伝票を押し付けて、逃げるように出て行く男子高校生とその彼女を見送っていた。
「未来久留巣・・・・・・。」

 ちなみに、何故俺が男子高校生の自宅を割り出せたのか、解説しておこう。
男子高校生とのファーストコンタクトの時にすでに、俺には嫌な直観が働いていた。
すべての行程を終えて会計を済ませる時に、急にあたふたしだした男子高校生の姿を目にしてそれは確信へと変わった俺は、髪を払うふりをしてガキの制服に密かに発信機を仕掛けておいた。
あとはその電波をたどって、家を見つけ出して代金をいただいたってわけさ。
俺の仕事に対しての代金を踏み倒そうなんて奴は、決して許さないし逃がしもしない。
何故なら俺は、プロの理容師だからだ。

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登場人物紹介

斗毛元 40代の中年理容師

大阪府内某所にベルべレソンという理容室を営んでいる。

ハードボイルドに生きることを生業として、様々な客や困難に立ち向かっていく。

妻・・・30代後半、斗毛元の意向によりバーを経営しているが文句タラタラの恐妻。

シュウさん・・・武器や様々な器材を調達してくれる斗毛元の強い味方。

服部・・・斗毛元馴染の蕎麦屋の店主。

上松瀬警部・・・斗毛元とは旧知の間柄であり相棒の敏腕警部。極度の熟女好き。

米谷・・・ベルべレソンの常連客。常にしゃべり続けて絡んでくるウザい芸人顔負けの一般人。

未来久留巣・・・かつての斗毛元の上司であり、理容師業界に一大勢力を築いている。斗毛元抹殺を誓い、手段を選ばずに襲いかかってくる。

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