第8話

文字数 615文字

車に荷物を積んだリョウと奈津は、見送りに来た母子に再びあいさつした。シュウが奈津の元に駆け寄った。
「忘れてました」
「なに?」
「なんでメイク教えてくれたんですか」
奈津は少し考えて、「自信をもってくれるかな、と思って」と返した。少年の瞳孔が開く。
「私も昔、辛い時期があってね。『ブスども、絶対に見返してやる』って化粧したの。学年で最初だったのよ」
目の前の少年に、上手く伝わるだろうか。
「そのうち、どうでもよくなっちゃったの」
「どうでも?」
「人は、外見だって簡単に変えられる。でもそれはね、自分の意志がないとできないことなんだよ」
「……」
「結局、自分を作るのは自分だけだって分かったの。そしたら、他人を恐れる必要なんて、もうないでしょ?」
少年の表情がパッと輝いた。今度は、煌々と光るLEDライトの明るさだ。奈津はうん、と心で頷いた。

「おうい、出るぞ」
リョウが呼びかける。奈津の話が聞こえていたのか、いないのか、「そういうことだ。いじめってのは、人の一部しか見られないヤツがすることだよ」と言って、ドアを閉めた。昨日から考えていたキメ台詞らしい。
「なに今の。だっさーい」
「うるせぇ」
久しぶりに茶々を入れ合いながら、シートベルトを締める。後ろの窓から少年の姿が見えた。深々と頭を下げている。
また、安っぽいエンジンの音がした。車が山道のカーブを曲がる。湯煙に包まれた温泉街も少年も、すぐに見えなくなった。
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