Xmasはパリで!〈4〉

文字数 2,421文字

 腰を動かして、畝った彫刻も荘厳な後期ゴシック時代の肘掛け椅子に座りなおすとティメオ・ノワイユは詳細を語り始めた。

「今更、隠し立てして体裁を取り繕っても仕方がありません。お察しの通り、私は新興の成金――今風にいうところの泥棒貴族(ロバー・バロン)です。そういうわけですから、富と名声を得た今、古くて由緒ある邸に住むのは私の夢でした。だから、この邸が売りに出されると聞いて名乗りを上げたのに……
 だが、ロザンタールの残された家族はとんでもない値段を吹っかけて来た。
 そりゃ、新大陸への移住をよほど急いでいるようで、家具も、装飾品も、一切合切〝込み〟の値段とはいえ、破格の金額だったんですよ」
 ここでノワイユの耳がピクピクッと動く。
「私は有能な実業家――商売人なので、言い値に飛びつく愚は犯しませんでしたがね。すると、向こうもさるもの。さすが古狐だけあって私が降りようとした途端、最後のカードを切って来た。
 遂に旧家の隠し技を持ち出したんです」

  ―― 古文書もお付けします。

「聞けば、その古文書こそ、ロザンタール家に代々伝わる〈財宝の隠し場所〉を記した謎の手紙だと言うじゃありませんか!
 ロザンタールの遺族が誓って言うには、『歴史的にも価値があり金額的には値段のつけようもない、これぞ正真正銘の〈財宝〉なのだ』と。但し、いつの頃からか文面の意味が忘れ去られ、古文書は謎のまま、代々総領息子に受け継がれて来た。悲しきかな! 今日に至るまでそこに記された文章の真実を解き明かした者はいない……」
「そりゃそうだろうね!」
 少年助手がズバッと指摘した。
「だって、もし解いていたら、破産などしなかったはずだもの。その、《金額的に値段もつけられない》《先祖伝来の財宝》で借金を穴埋めすれば良かったんだから!」
「君は黙っていたまえ、フシギ君」
「うむむ……とにかく」
 ノワイユ新興成金は話を本筋へ戻した。
「ロザンタール家の者が言うには、こんな状況でなければ、一族伝来のこの秘密は明かさなかった。だが、破産し零落した今となっては致し方ない、命と同じくらい大切な〈謎の古文書〉も、邸とともにお譲りしましょう――」
 冷めたコーヒーで喉を潤してから、ノワイユ泥棒貴族は続けた。
「それで、私は決めました。どうも私は商人としては心が優しすぎるようです。根っからのお人好しでしてね、ハハハハ」
「あ、そんな風には全然見えないから安心していいよ、ノワイユさん。ちゃんと業腹な悪徳商人に見えるもん」
「いいから、フシギ君、君は黙っていたまえ」
「オホン、つまり、このようにして、私は謎の古文書ごと――繰り返しますが――ロザンタールの遺族の〝希望通りの値段〟で、この家屋敷を買い取ったと言うわけです。
 私が承諾した数日間の引っ越し期間の後、前当主一家はここを明け渡して去りました。現在、邸内に居住する執事以下、召使たちは全員私が連れて来ました。旧当主・ロザンタール家に関わりのある人間は一人も残っていません」
 さながら、屋敷中、全てを見渡すかの如く首を左右に振って探偵助手は訊いた。
「貴方の家族は? 貴方は家族はいないの、ノワイユさん?」
「家族? 私の稼いだ財産を食い散らかす存在のことですか? フフン、そんなモノ私は金輪際(こんりんざい)欲しいとは思わない」
「あ、聞くんじゃなかった」
「だから――君は黙っていたまえ、フシギ君」
「さて。どうでしょう、ムシュウ・コオロギ? 私の依頼を引き受けていただけませんか? 私は、ぜひ貴方に古文書の謎を解き明かしてもらいたいのです!」
  興梠響(こおろぎひびき)は片手を挙げた。
「私はétranger《エトランゼ》……異国の旅の者です。10日後にはこのパリを離れなければなりません。それはご存知でしょうか?」
「だからこそいい!」
 叫んだ後で、幾分決まり悪げにノワイユは補足する。
「いえ、つまり、こういうことです。滞在中に解読が無理であれば仕方がない。貴方たちはこの件から手を引いてください。探偵には万国共通の……守秘義務とかいうものがあるのでしょう? その上に、この国からいなくなる。結構ですとも! 願ったり叶ったりだ!」
 要するに、ノワイユは古文書の件が外に広く漏れ伝わるのを何よりも警戒しているのだ。伝統あるロザンタール家の〈財宝〉を何としても独り占めしたい! それには後腐(あとくさ)れのない異国の探偵がまさに打って付けだった。
「なるほど、こりゃ、日本人で、探偵の、興梠(こおろぎ)さんが天の使いに見えるわけだ」
「フッ、まあ、喜んだのはそのことだけじゃないんですがね」
 ノワイユは唇の片側を釣り上げて意味深な微笑を零した。
「兎に角――いかがでしょう? 引き受けていただけますか? 承諾してくださるなら、今、この場で古文書をお目に掛けます」
「暫しお待ちを」
 興梠は身を翻して志儀(しぎ)の瞳を覗き込んだ。
「どうする、フシギ君?」 ――この部分は日本語である――
「モチロン、聞くまでもないよ、興梠さん! 助手(ぼく)の思いは探偵(あなた)と一緒だ」
 興梠はノワイユに向き直って力強く頷いた。
「ご依頼、お引き受けします」
「おお、ありがとうございます! では、早速――」
 ノワイユは机の引き出しから二枚の紙片を取り出した。
 羊皮紙のようだ。厳粛な手つきでテーブルに広げる。
「これが、その古文書です。一枚はラテン語。もう一枚は、やや時代が下って――ロザンタールの遺族曰く、このフランスに定住後、何代目かの当主が子孫のためにフランス語に翻訳したものだそうです」
 覗き込んだ二人は一斉に驚愕の叫び声を上げた。

「ウッ? これは!」
「嘘だ! こんなの……有り得ないっ!」

そう、有り得なかった!
何故なら、そこに記されていたのは――

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