第三話 私は我慢した。そして今も……

文字数 821文字

「なんでこれを間違えるっ!」

勉強、頑張っているんだなあ。

二階から聞こえてくる夫の怒鳴り声。
時々手を挙げていることも、分かっている。
でも、今の辛抱が、あなたの幸せを呼ぶ。
それは、お母さんの幸せでもあるのよ。
だから、もう少し――。

前の夫は、酒癖が悪かった。
日付が変わってからの帰宅がほとんど。
それから罵倒され、殴られる。
そりゃあ、私の言い方もきつかったのかもしれないけど、
力に差があり過ぎるじゃない。

そんな男に騙される女が、私以外にいると知った。
しかも、あの子の妹がいるらしい。
ショックを通り越し、呆れてしまった。
もうこれで、踏ん切りがついた。
あんな低学歴で安月給のDV男とは別れよう。
息子は懐いていたけれど、あの子が真似をしだしても困る。
実家の両親は最初から反対していた相手だ。
やはり見る目があるのかもしれない。

一人で育てる、と決めた私。
でも、それは簡単じゃない。
そんな時、彼が誘ってきた。私でも知っている有名企業。
そんなエリートがなんで私に? と思ったけど、
彼もバツイチで通じるものがあったのは間違いない。

以前より暮らしが楽になった。
そう、前の夫の給料なんて比じゃない。
さすがだわ。
そしてすごく優しい。
ブランド物のバッグなんて、出会ってからもう何個目?
酔っぱらって帰ることは滅多にないし。

もちろん頭もいい。
ニュースの解説をしてくれるけど、半分くらいは分かる。
だから私も賢くなった気分。

そして、息子の勉強をしっかりみてくれる。
もう私には分からないところまで進んでいるので、本当に有り難い。
仕事で疲れているのに、こんな時間まで熱心に教えている。
塾にも行かせてあげられたから、将来が楽しみね。


体罰と夜更かしは、もちろん嬉しい話じゃない。
でも、きっと私や前の夫がしてこなかったような苦労を、彼はしてきた。
エリートってそうやって始めてなれるものだ、きっと。



だから、もう少し頑張ろう。我慢しよう。
もし本当に逃げたくなったら、お母さんが守るから……。

[了]
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