春柳の月十三日 曇りのち雨

文字数 620文字

信じられないことを聞いてしまった。
自分でも、なんでこんな冷静に日記を書いていられるのかわからない。
不思議と死にたいという気持ちもわかない。
とにかく、今は書こう。
俺は王立魔法学院で行われた実験の結果生まれた子供だった。
その実験とは、幼くして死んでしまった――死ぬことになりそうな転生者の記憶を別の赤ん坊に移すという実験だ。
俺は錬金術によって作られ、精霊術によって生を受け、黒魔術によって記憶を移し替えられた人造人間だった。
実験の目的は二つ。
転生者の記憶を複写することができるのか。
特別な才能(スキル)を受け継ぐことができるのか。
結果は両方とも失敗と判断された。
記憶は三年たっても蘇らず、特別な才能(スキル)も芽生えなかった。
失敗作と判断された赤ん坊は、単なる孤児として市井の夫婦に――俺の両親に渡された。
それが俺だ。
なんてことだ。
俺は転生者どころか、人間でさえなかった。
王立魔法学院の連中は、記憶を取り戻しつつある俺を実験対象として迎え入れる用意があると言った。
表向きは日本語の教師として働き、裏では転生者の記憶を取り戻す過程を観察されるらしい。
ものすごい好待遇を提示された。
両親に言ったら大喜びするだろう。
……両親?
俺の親とは誰だ?
本当の子供のように愛情を注いでくれたシシルス王国人の夫婦か?
俺に偽りの生を授けてくれた王立魔法学院の連中か?
記憶に生々しく浮かぶ日本人の優しそうな夫婦か?
そもそも俺はどこの誰として生きていけばいいんだ?
なんで……涙が出ないんだ?
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