#2

エピソード文字数 1,946文字

 垂れ込める闇は、墓廟の外に広がるものよりもなお黒い。
 懐中電灯の光さえも、ブラックホールのように吸い込んでしまう。
 未踏の場所らしく、どこから入ったかもわからない塵以外、もの一つ動かされた形跡はなかった。
 先に入ったヴィーの靴のかかとの音が、カツーンと明瞭に響く。
 ブラックの靴裏がざりざりと床の砂を踏む。
 砂塵に塗れた床に枯れた花が散らばっているのが、足下に向けた懐中電灯の光に照らし出された。
 墓廟の真ん中にある石棺の周囲を花が取り巻いている。
「ん?」
 ヴィーは懐中電灯を近づけて花を照らす。
 ありふれた花だ。
「アザミ? なんで?」
「死者に手向けたんじゃないか」
 ブラックが石棺に手を置き、口に懐中電灯の尻を咥える。
 十字を刻みつけた石棺の蓋を探り、ヴィーの方へ顔を向けた。
「ヴィー」
「なに」
 花から目をそらして彼女は振り向き、ブラックが照らす石棺を見た。
「この紋様は……。オベロンの本で見たな……」
「また、オベロン=サークレットの話? こんなところまで、彼の魔術が施してあるわけないじゃないか。ここは百年以上前の墓廟なんだよ」
 石棺の表面には、不思議な魔法円が描かれてある。ケルト文字の刻まれたそれは、ブラックが信奉する魔術師、オベロンサークレットの魔術書にも書かれてあるものらしい。
 ブラックがもっと石棺を調べようとするのを、苛立った口ぶりでヴィーが静止した。
「石棺を調べるなら画像にとっておいたらどう? 夜が明けるまで間もないよ」
 ブラックはジーンズの尻ポケットからデジカメを取り出し、何枚か石棺の表面の写真を撮った。
「そうだな。急ぐか」
 石棺に手を掛けるのを見て、ヴィーが唇を舐める。
「一人じゃ無理そうだね」
 彼女は黒いTシャツの袖をまくり、キュッと両手を組んで揉んだ。
 二人は持っていた懐中電灯を床に置き、並んで石棺に手を掛けた。
 石棺の蓋は分厚く、開けるにしてもずらすしか手立てはなさそうだ。
 二人は重たい石棺を片側から押してずらした。
 ゴリゴリと石と石がこすれる音がして、少しずつ蓋の隙間ができる。
 少しずつ開き、石棺から新たな闇が溢れる。
 ヴィーはもう少し隙間を広げようと細い指先を隙間に差し込んだ。
 もろくなっているのか、石棺の角が次々に欠けていく。
「石が削げて鋭くなってるから気をつけろ」
 ブラックが、ヴィーに忠告した。
「っつう」
 遅すぎる忠告に、彼女が憤ったような声を上げた。
 彼女の指から血が溢れて流れ、石棺の隙間に落ちていく。
「いわんこっちゃない」
「うるさいな」
 文句を言いながら指を舐めると、もう一度石棺の蓋を開ける作業に戻った。
「後で手当てしてやる」
 ブラックの優しい言葉に、ヴィーは投げやりに答える。
「ありがとよ」
 ズリズリと音を立てて蓋が大きく開いた。
「さてと、ごめんなさいよ」
 床に置いていた懐中電灯を拾って、彼女は棺の中を照らした。
 思わず息を飲み、まじまじと棺の中の骸を眺める。
「屍蝋……?」
 湿度が高く低温の場所では死体の脂肪が蝋化することがある、これを屍蝋という。そうしたとき、死体は腐ることなく、まるで生きているような姿を保つことがあるのだ。
「いや……、これは違う……」
 唖然とした表情のまま、ブラックがつぶやく。
 棺の中には、まるで眠っているような若い男の骸があった。その姿は死んでいてなお美麗で、黒々とした巻き毛は艶やかに石の枕に広がっている。
 閉じた瞼を縁取る長いまつげが今にも震えて開きそうだ。
 けれど死んでいるとわかるのは、その顔色が生きているにはほど遠く、青白く染まり、血の気が全くない。
 棺に欠けたヴィーの指から止めどなく血が滴り、骸の口元を染めていった。
 その赤と白の対比が美しくて、見とれてしまうほどだ。
 しばらく二人は美しい骸を眺めていたが、本来の目的を思い出して、骸の周囲を光で照らした。
「ここにも花がある」
 枯れて茶色くなったアザミの花が、骸の周りに敷き詰められている。
 骸が身につけている服は、ビロード生地だったようで、糸の毛羽立ちが所々剥げている。
「装飾品はかなり上等だな……」
 ブラックが意外そうにため息をついた。
 光を徐々に胸元に持って行くと、胸の上に重ねられた組んだ指に、アザミとイチイの枝の束が差し込まれていた。
 その組んだ指に、くすんだ色の指輪がはめられている。
「これ……?」
 ヴィーがその指輪に触れようと手を伸ばしたとき、いきなり、骸の手が彼女の手を掴んだ。
「うわっ!」
 彼女が叫び、ブラックが骸の顔に光を浴びせる。
 煌々と赤く輝く双眸が、二人を見つめていた。
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登場人物紹介

ヴィヴィアン・ブーリン(通称、ヴィー)


スコットランド・エディンバラに住む、オカルト何でも屋。安いからと言って地下室を借りて住んでいる。ケイシーは居候。

背中に掛かるくらいの長さのまっすぐな苺色の赤毛にヘーゼルの瞳。背は170センチくらい、やせ型。二十一歳。職業無職。高校中退した後、悪友と今の仕事を始めた。友人のブラックはエンバーマーで家業を継ぎ、日頃は葬儀屋をしている。夜はオカルト何でも屋として、ヴィーと依頼された墓荒らしや幽霊屋敷などの調査をしている。とにかく気味の悪いことが大好き。暑がりなので、冷たいもの大好き。死体愛好者かもしれない。(何度も死体と寝たいとブラックに頼んでいる。そのたびにブラックは敬虔に断っている)

メサイア・ブラックモア(通称、死体屋ブラック)


ブラックと呼ばれたがる。信心深い両親に変な名前を付けられたと思っている。自分の名前が大嫌い。小柄168センチで痩せの筋肉質。やや暗い色の金髪。長髪。瞳の色は薄いブルー、興奮すると濃くなる。二十五歳。秀才肌で、エディンバラ大学卒。人文科学専攻。ヴィーの兄と親友だった。ヴィーとは幼なじみ。実家が葬儀屋のため、エンバーマーの資格を持っている。

イアン・ケイス・フィッツロイ(ノーサンバーランド卿)(通称、ケイシー。ケイスは洗礼名)


ノーサンバランド伯爵の最後の一人だが、訳あって毒殺される。庶子。スコットランド貴族。アニックにうち捨てられた墓廟があり、そこに眠っていた。不本意な死によって、無念の死を遂げたためヴァンプ(魔物)として蘇る。

アニックの寂れた納骨堂に安置されていた棺桶から、ヴィーによって蘇らされてしまう。たまたま石棺で怪我した指から流れた一滴の血によって。ヴィーからケイシーと呼ばれる羽目に。眠りについたときケイスは二十六歳。しかし、力をなくしたケイスの姿は十六歳程度。ヴィーにからかわれ、なめられている。

十六歳のケイシーは華奢で背も160センチほど。力を得たケイシーは185センチ、肩幅も広く非常に優美な男に変身。肩までの巻き毛の黒髪に赤い瞳。

ブラッディ・ホットスパー


史実では戦死したとされる。スコットランド王リチャード二世に反旗を翻したせいで、ノーサンバーランドにおける爵位を失うことになる。向こう見ず(ホットスパー)と呼ばれるほどの戦争好き。何度も重傷を負うが、奇跡的にいつも蘇っていた。しかし、それはホットスパー自身が悪魔と契約し、不死身の体を手に入れていたためだった。

オベロン・サークレット


1700年代にエディンバラを中心に暗躍した魔術師。とある魔術書を残して、歴史から消えたが、オベロンの残した秘宝を探すものが後を絶たない。

写本だがその魔術書を持っているブラックも、オベロンの秘術を研究する一人。

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