第35話 デビュタントの夜会 夜食室での会話

文字数 1,468文字

 エド様とダンスを踊った後、二人で夜食室に入った。
 広さは、2~3人入れる程度、簡易個室といった造りになっている。
 夜会は、深夜まで行なわれるので、夕食代わりに夜食が用意されることが多い。
 これがまた、主催者側が工夫を凝らして用意する物で、その家の奥様のセンスが問われる代物なのだ。目の前に出された夜食は、色とりどりで綺麗だ。デビュタントの若い女性が好むような夜食になっていた。

 ジュースを飲みながら夜食を食べていると、私の横に座っているエド様が言ってきた。
「なぁ、マリー。今夜は俺の屋敷に戻るか? 部屋ならすぐに用意できるから」
「ダメですよ。まだ、婚約しているだけのわたくしが、王妃命令で行った領地ならまだしも、王都のお屋敷で泊ったら何と言われるか……」
「別に、噂など構わんよ。俺は王宮勤務じゃ無いからな」
 そう言って、エド様は私を抱き寄せた。私が王都の、自分の屋敷で無理しているのが分かってしまっているのだろう。
 こう言ったら失礼なのだろうけど、見た目と違ってエド様は人の感情に敏感だ。
「マリー、俺の屋敷においで」
 私はそう優しく言ってくれるエド様を両手で突っぱねた。エド様が、驚いている。
 私は顔を上げられない、まだちゃんと笑顔が作れていない。
 ケイシーから、抱きしめられてもすぐにシャンとした自分になれるのに、本当にこの腕の中はいけない。

「……今、エド様に甘えてしまったら、わたくし一生自分の足で立てなくなってしまいます」
「マリー?」
「嫌なんです。このまま、エド様の足手まといになってしまうのは……。今は無理でも、わたくしは胸を張ってエド様の横にいたい……対等になりたいのです。だから……」
 エド様は、背中をポンポンってしてくれた。まるで、子どもにするように。
「わかった」
 エド様は抱き寄せた手を離した。そして、私の耳元で言う。

「じゃ、頑張るといったマリーに、俺からの助言だ。クレイグのあれは、自業自得だ。『伯爵』の爵位を授けたいとのウィンゲート公爵の申請を、国王から退けられている。今日、ここに来たのは、確実に本人の意思だろうしな」
「でも、誰かに言われたから……とか」
 私の意見にエド様は少し呆れて見せた。
「だとしても、来ると判断したのは自分だろう? エイベルと同じ歳だとしたら、24歳だ。世間知らず、マナー知らずで許される年齢じゃ無い」
 まぁ……そうだけど。
「どちらにしろ、今頃会場でクレイグを見つけて慌ててるのでは無いか? ウィンゲート公爵は……」
「でしょうね」
 本当に、うんざりするわ。私は、知らぬ存ぜぬで通そうと、心に固く誓った。

「それはそうと、しばらく出なければいけない夜会はないから、一度領地に戻らないか?」
「あっ、はい。分かりました。でも……」
「マリーは、もう婚活する必要もないから、ウィンゲート公爵家がらみの夜会も無いだろう?」
 ああ、そうか、確かにそうだわ。
「もうそろそろ、婚礼の儀の準備もしないといけないし。一週間後くらいに領地へ戻ろうか」
 婚礼の儀……。そんな話、ずっとしていなかったから、まだ先の話だと思っていたわ。
 ……そ、そうよね。デビュタントも終ったのですもの、婚姻を結んでも何の問題も無かったのですわ。
「はい」 
 エド様は、そう返事をした私の額にキスをしてきた。
「そろそろ、会場にもどろうか」
 なんだか、久しぶりに会ったエド様は、いつもの優しさと、少しだけ違う雰囲気を混ぜた……知らない男性のような感じがした。
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