第91談 陰謀論 ムー民とQアノン

文字数 3,062文字

(かなり遅めの)おはようございます。

1日置いての今回は「アイディア・ノート」の続きを書こうと思っていましたが、前回読者が激減しているので、それはまたの機会に。
と言うわけで、今回はなんやら怪しそうなタイトルになりましたが、かなり長くなると思いますので覚悟のほどを。

オカルト系雑誌『ムー』の熱心な読者のことを、私は「ムー一族」(笑)と呼んでいましたが、多くの方は可愛らしく「ムー民」と呼ぶようですね。

今年の4月、その月刊『ムー』がTwitterに「反ワクチン活動」を否定するコメントを寄せたことが話題になりました。

一方で、アメリカのみならず世界に広がる陰謀論集団「Qアノン」は、アメリカで『ディープステート』(影の政府)を倒して国民を正しい方向に導く救世主としてトランプを支持し、フェイクニュースを捏造するに収まらず、米議会を襲撃するような過激な行動に出たことは、全米のみならず世界に大きな衝撃を与えました。

反ワクチンを掲げる人は「Qアノン」とイコールではないようですが、そうした陰謀論を信じてワクチン接種会場に押し入るなどの過激な行動に出る人々もいたために、『ムー』の出版社である学研も「想像力を膨らませて『陰謀論』を語ることは個人の『楽しみ』の範疇であって、それが思想となって政治や医療といった社会に影響を及ぼすようになると有害になる」と、一言釘を刺しておく必要を感じたのでしょう。

妄想は自由です。
例えば、今の日本は経済も情報も不動産やインフラもすでに中国の支配下にあって、万が一中国と戦争することにでもなればたった一日で日本は制圧される……と私は妄想しますが(あながち妄想とも言えない?)、それで反中の政治運動を始めたり、中国製品の不買運動に走ったりすれば、妄想を通り越して暴走になりかねません。

妄想は楽しい。
以前からとんでもない妄想や誤解を恰も真実のように語る「とんでも本」は沢山ありました。
そうした「とんでも本」にはオカルトや宇宙人や陰謀論に関する書籍が多く、それらを愉しみながら反証する「と学会」のフォロワーだった私は、長年「ムー民」とは相対する位置にいました。
「と学会」のような存在はメディア・リテラシーの意味で一定の役割を果たすと思いますが、書籍よりインターネットが「とんでも理論」の表舞台になった頃からその活動は縮小しているようです。

ネット上では、「アポロ計画の月旅行の写真や映像はねつ造」とか、「地球温暖化は嘘」といった「真実」を語る人は後を絶たず、時折そうした説を真面目に反証する学者や研究者の記事も現れますが、読む側からすると面白くないのでしょう。
「嘘でも言い続ければ真実になる」とは良く言われることです。

そして、長い間語られ続けているのが「ユダヤ人の選民思想に基づく世界征服の陰謀」です。
最近、この話を信じる人、語る人が増えてきていると感じているのは私だけでしょうか?

コロナ禍で「コロナウィルスのワクチンはユダヤ人が世界征服するための人類抹殺計画である」という説を何度か目や耳にしました。
そこで語られるのは、「ヒトラーは救世主」だったり、「トランプは救世主」だったり、最近は「プーチンは救世主」??

実は、イスラエルのワクチン接種率は世界一です。
日本で漸く二回目の接種が始まり、ワクチンが足りないという国も多かった中で、イスラエルでは世界に先がけて三回目の接種を実施したことは、一部の国だけが優遇されているとWHOから批判されました。
アメリカの製薬会社には開発する学者や研究者にユダヤ系の人が多いので、ユダヤ人国家のイスラエルが優遇されるのは当然かもしれません。
「ワクチンはユダヤ人の陰謀」を説く人々によると、「コロナのワクチンはユダヤ人に対しては害がなく、ユダヤ人以外に対してだけ害をもたらす」そうです。特定の人種(そもそもユダヤ人は人種ではない)にだけプラスに働き、そうでない人種を滅ぼす働きを持つワクチンなど、あまりにも非科学的な荒唐無稽さで、私は笑ってしまいましたが、信じている人たちは真顔でそう言うので「へぇ? それはまたすごい科学技術ですね」と感心するしかありません。

実は、この「ユダヤ人の世界征服」は最近語られるようになった訳ではなく、ずっと以前からヨーロッパでは語られていました。
ニューヨーク留学中に親しくなったユダヤ人の友人のお兄さんは、大学でそのことを研究していました。

ヨーロッパには長い歴史の中で培われたユダヤ人差別がありました。
『ヴェニスの商人』のシャイロックの描き方のように、キリストを信じないユダヤ人は冷酷である——と考える人々がヨーロッパでは大半でした。
金利を取って人に金を貸す金融業はイエスに禁じられた卑しい職業である——と多くの人が信じていたから、キリスト教の家庭で育った子供達はそう教えられていたわけです。

ところが銀行が誕生し、卑しいと考えられていた金融業は世界経済の中心に躍り出ます。当然、以前からその道に精通していた多くのユダヤ人は富を得ました。
第一次大戦に敗戦して、天文学的な賠償金を課せられたことで経済的に行き詰まったドイツの周辺でも、ユダヤ人は富を得ていました。
ドイツやその周辺国では「憎きユダヤ人を一掃するヒトラーは救世主」と考える人々が少なくなかったそうです。
当時のドイツ人達がヒトラーの野望を支持し、ナチスの暴走を止められなかったのは、多くのドイツ国民の根底にキリストを信じないユダヤ人への畏れや恐怖心があったからと言えるかもしれません。

しかし、第二次大戦でドイツは敗れ、ナチスによるユダヤ人迫害は歴史上最も罪深い「悪」として世界に報じられるようになりました。
一方で戦勝国のアメリカは元々多民族国家。
大戦前のヨーロッパから自由を求めて渡米したキリストを信じないユダヤ人たちは、科学、技術、芸術のみならず、経済や情報も支配していました。
そしてシオニズムは国連まで動かし、イスラエルというユダヤ人国家を誕生させてしまった。

映画産業や新聞や三大ネットワークといったメディア、またそのスポンサーになる企業にはユダヤ系の人々が多く、ナチスによるユダヤ人迫害は幾分誇張されて伝達された面もあったようです。
こういう話をすると「アウシュビッツはなかった」とか極端な話をする人がいますが、情報を支配する人々が自分たちに有利な情報を流すのは歴史の常。
少なくとも、ユダヤ人は長い間迫害されてきた人々であり、その一方で科学技術や医学や薬学の世界で大きな実績を作ってきた。
でも、ユダヤ人を怖れる人々は世界中にまだ沢山いるはずです。
戦前ナチスドイツを生み出した反ユダヤの人々の不信感や畏れは、ヨーロッパからアメリカに飛び火しているのかもしれません。

アメリカでは情報産業(IT/ICT)が経済を大きく前進させた一方で貧富の差が広がり、貧困層は不満と畏れから救い出してくれる救世主と信じてトランプを支持し、Qアノンは畏れを抱く人々が信じやすい陰謀論を展開しました。

日本では「ウクライナはユダヤ人の世界征服の重要拠点であり、それを攻撃するプーチンは救世主」と陰謀論を展開する人もいるようです。

日本も経済格差や情報格差が貧困や差別を生み出し始めていますが、アメリカと違って私の周囲でそうした陰謀論を語る人は比較的裕福で教育レベルの高い人ばかり。

彼らが「Qアノン」ではなく「ムー民」であることを願うばかりです。


老人は死なず、いくつになっても妄想は楽しいが暴走は怖ろしい
(2022.7.22)
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