第二章 町井瑠璃子(四)

文字数 1,255文字

 そして訪れた山歩きの当日、瑠璃子は麻里に自慢気に報告した。
「しっかりトレーニングを積んできたから今日は大丈夫よ!」
 その言葉通り、瑠璃子は苦も無くみんなについて行った。休憩場所で休んでいると、佐原が声をかけてきた。
「町井さん、今日はまるで別人ですね」
「ええ、ご迷惑をお掛けしないように鍛えてきましたから」
「それは心強い、今度ぜひサポートの方をお願いします」
 そう言って去っていく後姿を見つめながら、麻里に尋ねた。
「どういう意味かしら?」
「ああ、佐原さんね、新規の人や体調を崩した人を良くお世話しているから、その時は手伝ってくれってことじゃないかしら」
「そうなんだ」
 瑠璃子はちょっとがっかりした。佐原は誰にでも親切にするのであって、この前もその一例に過ぎなかったとわかったからだ。
(私は何を期待していたのだろう……)
 この日の山歩きは何事もなく無事に解散に至った。
 家に帰り湯船に浸かりながら体は楽なのに心は前の時のように弾まないのは、前回の三人の道中が楽しすぎたからだと気づいた。
 翌朝、瑠璃子は筋肉痛に襲われることもなく普通に起きることができた。今までのような気負いはないが、習慣となったウォーキングは変わることなく続けた。
 
 そしてまた二か月が過ぎ、山歩きの会の日がやってきた。この日は前の二回と違い、集合した時から空模様が怪しかった。それでも途中の休憩場所までは天気はもち、広々とした大地で昼食の時間を過ごしていた。
「雨具の準備は大丈夫ですか?」
 佐原が声をかけてきた。
「ええ、やっぱり降られそうですね」
「今日はこのまま戻ることになると思いますよ」
 そう言って去って行った。
「そういうこともあるのね」
 麻里に言うと、
「そうね、自然が相手だからいろいろなことがあるわよ」
とさらりと答えた。
 出発する頃にはとうとう雨が降ってきた。すっぽりとカッパを被って濡れる心配はないが、舗装された道と違い、足元がぬかるんで歩きづらい。この様子では往きの倍はかかるのではないかと思われた。
 半分くらいまで来た頃だろうか、前を歩いていた中年の女性が足を滑らせて転んでしまった。瑠璃子と麻里がぬかるみに足をすべらせそうになりながら起こそうとしているところへ佐原がやってきた。男の力はすごい。女二人がかりで必死に起こそうとしてもできなかったのに、佐原はさっと女性を起こすと、支えながら歩き出した。
「荷物をお願いします」
 そう言われ、二人は佐原と女性の荷物を手分けして持ち、後に続いた。
 
 ようやく解散地点にたどり着いた時は、もうあたりは真っ暗になっていた。転んだ女性もたいした怪我はなかったようで、佐原や瑠璃子たちに何度も礼を言って帰って行った。そして、雨はもうやんでいた。
「すっかり遅くなってしまいましたね。本当なら夕食にでもお誘いするべきところでしょうが、ちょっと急ぐもので失礼します。
 今日はお二人のサポートで本当に助かりました。それでは気をつけてお帰り下さい」
 そう言うと、佐原は急ぎ足で駅の方向へと消えて行った。
 
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