第三章の二 牛鬼猛攻②
文字数 2,150文字
「これでも私が誰かと、問いますかね?」
それは紛れもない、あずさが持っていたあの天狗の団扇 だった。
「あなたが、牛鬼 ね?」
奏の鋭い声に、牛鬼 は、いかにも、と答えた。
「そちらの少年は……、あぁ、野狐 ですね」
しゃがれた声で紫の毒を吐きながら、牛鬼 は結人を指差しながら言う。結人は、だから何だ、と言わんばかりに、牛鬼 を睨みつけている。一食触発の様相を呈しているが、牛鬼 は、はぁと深いため息をついた。
「嘆かわしい。野狐 が人間の配下に下るとは……」
「は?」
「その娘を守った、と言う事実は、野狐 が人間に下ったと言うことだろう?」
牛鬼 は嘲 りの混ざった声で言う。結人はただただ牛鬼 を睨みつけている。
「やれやれ。神に守られし人間を見に来たら、なるほど。ただの小娘ではないですか」
今度は牛鬼 の視線があずさへと向けられた。奏と結人はその視線からあずさを庇 うように前にはだかった。
それでも牛鬼 は、ふむふむとあずさを舐めるように見、値踏みしていた。
「なるほど、なるほど。ただの小娘だが、うまそうだ」
舌なめずりをする牛鬼 に、あずさは震えが止まらない。自分が餌として見られていることが耐えられなかったが、何かを言う隙を与えない、牛鬼 の圧力がそこにはあった。
「今日はご挨拶に参っただけ。以後、お見知りおきを」
そう言うと、牛鬼 は天狗の団扇 を手に、空高く舞い上がったのだった。
残された三人は、寒さを忘れたかのように牛鬼 が今までいた場所をただただ睨みつけるしか出来なかった。
三人は無言のまま、目的地としていた喫茶店へと入っていた。中は暖かく、外の寒風が嘘のようであった。
三人はそれぞれ飲み物を注文する。そしてそれらが揃ったところで、奏が口を開いたのだった。
「あれが、牛鬼 、なのね……」
あまりの威圧感に声を失ってしまった。
「今まで出会ってきたどの妖怪とも違う感じがした」
これはあずさの弁だ。今まで出会ってきた妖怪たちに、危険な雰囲気はあまり感じられなかった。結人も、結局はこちら側の協力者となってくれている。本格的に敵対してくる妖怪は誰もいなかったのだ。
「山姥 が従う程の妖力はある、と言ったところでしょうか」
結人が言う。
あの山姥 が、『様』を付けて呼ぶような相手なのだ。それだけ力は持っているのだと、結人が説明をした。
「でも、あの紫色の息はなんだったのかしら?」
奏の素朴な疑問にも、結人は難なく答えた。
「あれは、牛鬼 の持つ毒素です」
あの紫の息に触れると、たちまち毒にその身をおかされてしまうのだと、結人は説明した。
つまり、接近戦ではこちらが不利になる、と言うことだ。
何とかして牛鬼 を倒し、あの団扇 を取り返さなければ、取り返しのつかないことになり兼ねない。
「ところで、どうして私が天狗の団扇 を持っているって知っていたのかな?」
あずさはホットのミルクティーをすすりながら言う。それに答えたのは結人だった。
「妖 の世界では、あずさはちょっとした有名人になりつつあるんですよ」
神に愛された人間として、あずさは妖 の世界では噂になっていると言う。その神に愛された人間の手に、天狗の団扇 が渡ったことまで、もう情報は流れていると言うのだ。結人の言葉に、あずさは呆然としている。
「知らなかった……」
「そりゃそうですよ。向こうの世界の出来事ですから」
結人はにっこり笑って答えた。
しかしそうなってくると、牛鬼 を仕留めたとしてもまた新たな手が伸びてくるのではないか、奏は心配そうにそう言った。
「心配はいらないですよ。そう易々と神に庇護された者に手を出す程、妖怪も愚かではないので」
だから結人も、あずさが死んだ時に団扇 を手にする、と悠長に構えていられたのだと言う。しかし予定は狂ってしまった。神に庇護されているあずさに手を出す妖怪が現れてしまったのだ。
「とにかく、今やただの人間となってしまったあずさは、単独行動を避けてください」
結人の言葉にあずさはややあって頷いた。
団扇 を手にしていないあずさには、あの牛鬼 に対抗する術を持っていなかった。神々を召喚するためにも、あの団扇 は必須だったのだ。
「奏は、どうするの?」
あずさの疑問に、奏はん~、と唸って答えた。
「アタシは大丈夫よ。結人くんを退けられるくらいに強い守護霊様がついているんだもの」
にっこりと微笑んで言われて、あずさはそれ以上何も言えなくなってしまった。
その後、三人は牛鬼 への対応策を考えていた。しかし、同じ妖怪と言えど、結人にも牛鬼 の今後の動きや思考が全く読めなかった。そのため三人は冬休みの間はとにかく一緒にいることに決めたのだった。
長い一日が終わるとき、あずさが言った。
「明日、橋姫にも相談したいと思うの」
「橋姫ですか」
結人の問いかけにあずさはうん、と答えた。
三人で考えていても正直、八方塞りなのは否めない。橋姫なら何かを知っているかもしれないし、打開策を提示してくれるかもしれない。そのため、橋姫にも相談したいと言うのがあずさの考えだった。
「いいんじゃないかしら? 第三者の意見も必要にはなってくると思うわ」
奏のその言葉で、明日、橋姫のいる橋のたもとに集まることが決まった。奏と結人はあずさを家まで送り届けると、それぞれの家路へとついたのだった。
それは紛れもない、あずさが持っていたあの天狗の
「あなたが、
奏の鋭い声に、
「そちらの少年は……、あぁ、
しゃがれた声で紫の毒を吐きながら、
「嘆かわしい。
「は?」
「その娘を守った、と言う事実は、
「やれやれ。神に守られし人間を見に来たら、なるほど。ただの小娘ではないですか」
今度は
それでも
「なるほど、なるほど。ただの小娘だが、うまそうだ」
舌なめずりをする
「今日はご挨拶に参っただけ。以後、お見知りおきを」
そう言うと、
残された三人は、寒さを忘れたかのように
三人は無言のまま、目的地としていた喫茶店へと入っていた。中は暖かく、外の寒風が嘘のようであった。
三人はそれぞれ飲み物を注文する。そしてそれらが揃ったところで、奏が口を開いたのだった。
「あれが、
あまりの威圧感に声を失ってしまった。
「今まで出会ってきたどの妖怪とも違う感じがした」
これはあずさの弁だ。今まで出会ってきた妖怪たちに、危険な雰囲気はあまり感じられなかった。結人も、結局はこちら側の協力者となってくれている。本格的に敵対してくる妖怪は誰もいなかったのだ。
「
結人が言う。
あの
「でも、あの紫色の息はなんだったのかしら?」
奏の素朴な疑問にも、結人は難なく答えた。
「あれは、
あの紫の息に触れると、たちまち毒にその身をおかされてしまうのだと、結人は説明した。
つまり、接近戦ではこちらが不利になる、と言うことだ。
何とかして
「ところで、どうして私が天狗の
あずさはホットのミルクティーをすすりながら言う。それに答えたのは結人だった。
「
神に愛された人間として、あずさは
「知らなかった……」
「そりゃそうですよ。向こうの世界の出来事ですから」
結人はにっこり笑って答えた。
しかしそうなってくると、
「心配はいらないですよ。そう易々と神に庇護された者に手を出す程、妖怪も愚かではないので」
だから結人も、あずさが死んだ時に
「とにかく、今やただの人間となってしまったあずさは、単独行動を避けてください」
結人の言葉にあずさはややあって頷いた。
「奏は、どうするの?」
あずさの疑問に、奏はん~、と唸って答えた。
「アタシは大丈夫よ。結人くんを退けられるくらいに強い守護霊様がついているんだもの」
にっこりと微笑んで言われて、あずさはそれ以上何も言えなくなってしまった。
その後、三人は
長い一日が終わるとき、あずさが言った。
「明日、橋姫にも相談したいと思うの」
「橋姫ですか」
結人の問いかけにあずさはうん、と答えた。
三人で考えていても正直、八方塞りなのは否めない。橋姫なら何かを知っているかもしれないし、打開策を提示してくれるかもしれない。そのため、橋姫にも相談したいと言うのがあずさの考えだった。
「いいんじゃないかしら? 第三者の意見も必要にはなってくると思うわ」
奏のその言葉で、明日、橋姫のいる橋のたもとに集まることが決まった。奏と結人はあずさを家まで送り届けると、それぞれの家路へとついたのだった。