笑う雑踏

文字数 622文字

創作物を鑑賞していると、屈折した私からすれば“そんなことあるものか“と立腹せざるを得ない。
善良であれば、陰で誰ぞが見ており、窮地に立てば、誰ぞが駆けつける。
それでいて、行動は必ず、何かしらの結果をもたらす。

現実は、とかく不条理であるから、善は知れられずに行えば評価など皆無であるし、知られれば“良い人ぶって“と眉の皺である。

悪い事をするなと、愛する親族一同から教えを賜り、幼い私は鵜呑みにした。
茶目っ気であると済まされる悪戯は、むしろ大人の目尻を下げる。学童たちは、一端の悪を気取ることで、結束を深める。
そんな事など理解が及ばない私は、頑なに善であろうとし、悉く孤立した。

何かに秀でた者であれば、いざ窮地という折には誰かしらが手を貸すだろう。
そんな光景を目にする内、自室の四隅、その一角で膝を抱える自分は、なんと無価値で、世と隔離された存在であろうかと嘆いたものである。
他人とつながる手立てがない時分は、まだ良かった。
己の不甲斐なさを棚に上げ、「手立てがないから仕方なかろう」と責任を逃れることが出来た。
文明は、あろうことか、部屋の隅からすら安息を取り上げた。
世界中の人間を、電波で繋げて応答可能にしてしまった。
いよいよ、である。
私が寂しさで震えるのは、紛うこと無き自己責任であり、私の携帯電話が鳴るのは、日に一度、起床時間を告げる、不規則な設定時刻に限る。
毎夜、寝苦しく、たまらず自室を飛び出そうものなら、雑踏がけらけらと、私を笑う声がする。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み