【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第13話「仲間たち」

エピソードの総文字数=5,533文字

 たっぷりとしたドレープカーテンと組み合わされた美しいレースが飾る窓から、おとぎ話に出てくるお姫様の部屋のような室内にやわらかな光が差し込んでいた。

 純白の猫脚ソファに座っているのは、ピンク色の髪の可愛らしい少女と忍者のような黒装束の少年。

 二人は緊張した面持ちながらも、興味津々と言った様子でキョロキョロと部屋を眺め回していた。

俺もえちゃんの課金ルームに入るの初めてだ。いや、たぶん男でもえちゃんの部屋に入ったのは俺が初めてだぞ
シェルニーさん女キャラでしょ。俺がもえちゃんの部屋入り第一号の男だよ

 ピンク色の髪の少女が、その愛らしい容姿とは相容れないいかつい男の声でささやく。

 同じくささやき声で応える少年に「んだとコラ、カグツチてめぇ調子のんなよ」と反撃し、ささやき声の言い争いが始まった。

ふふっ、そうして二人で座ってると、まるでお似合いのカップルですね

 シェルニーとカグツチは視線を合わせ、苦い薬でも口に入れてしまったかのような顔をする。

 白磁のティーセットをもえが二人の前に並べ終えるまで、部屋には静かな時間が流れた。

 もえの笑顔に勧められ、シェルニーは黙って紅茶を一口すする。

 普段は缶コーヒーくらいしか飲まない彼は、初めて紅茶から感じたすずらんの花のような香りに驚き、小さく笑うとソファに深く背中を(うず)めた。

……で? 悪い話なの? もえちゃん
……いえ、かなり良い話だとは思うんですけど、まだ情報が少なくて確信がもてません……

 一度閉じてしまうとメニューが使えないため、現在メールを再表示する手立てはない。

 カグツチともえは、記憶の及ぶ限り送受信両方のメールの内容をシェルニーに話して聞かせた。

うん、最初の連絡としては上出来じゃねぇかな

 眉間に深いしわを刻んで、ぬるくなった紅茶をまた一口すする。

 胡座をかいてまたソファに身を沈めると、両腕を高く上げてのびをした。

とにかく、全ては次のメールだろ。サンプル数は少ねぇが、現実世界とGFO世界の生死のつながりが分かるんだ。そうすりゃあまた何か出来る事も有るだろ
実はもう……ある程度予想はできてるんです。……現状を見る限りこれが一番整合性のとれた考え方になると思います。……残酷な答えですけど……

 もえは目を伏せる。

 カグツチとシェルニーは座りなおし、話を聴く姿勢を作りなおした。

まず、GFOを介して、肉体と精神が分離しています。精神はGFO内のアバターを身体(からだ)として何不自由なく行動できますが、現実の肉体は精神がないので動けません。この状態が私達です。現実世界ではGFO昏睡者と呼ばれる状況にあるのだと思います
 確認するように二人の顔を見るもえに、シェルニーは軽く頷いて先を促す。
次にGFO中にクライアントの電源を落とした場合、本体との繋がりが切れ、多くの場合ショック死するようです。電源を切ったら精神が身体に戻ると言う状況なら話は簡単だったんですが……。実際に40名近くの人が亡くなっていますから、これは無視できる数では無いですね

 もえは残りのロイヤルミルクティーを飲み干しカップを置く。

 その手は少し震えていて、カップはカチャカチャと鳴った。


 シェルニーもカグツチも黙ってもえを待つ。

 一つ深呼吸して気持ちを落ち着けると、もえは続きを話しはじめた。

ヘンリエッタさんのパターン。PCがケーブルで繋がったまま本体が……現実の身体の生命活動が終わってしまった場合。最後に体と繋がっていた精神がGFO世界へ転移されるのか、それとも身体の状況に精神が引っ張られることが無くなるためでしょうか? GFO世界では今まで以上に元気になる様に見えます。でも実際本体無しでもこれからずっと生きていけるのかは……分かりません

 ヘンリエッタが「元気になった」と言ったときのケンタの笑顔を思い出し、三人は視線を落とす。

 もえは視線を落としたまま小さく「そして……」と言葉を繋いだ。

最後のパターンです。私が……私がしたようにGFO内で人を……殺した……場合です。これに当てはまる残りのパターンは1つしかありません。……GFO脳死者です。精神のほとんどが破壊され、現実の身体は動くことも出来ない……一生生命を維持する機械に囲まれ、反射機能すら奪われた状態で家族の負担になりながら活かし続けられる。殺人より酷い……罪です

 3人は黙りこむ。

 もえは目を伏せ膝の上で拳を握り、罪の意識に耐えているようだった。

 しばらくして、真っ青になるまで握りしめていた手の力をフッと抜くと、目を伏せたまま言葉を続けた。

……GFO世界から抜けるのであれば、このような死が介在する行為ではいけません。一番可能性があるのはサーバーメニューを起動してログオフをクリックする事ですね。『ログオフスイッチ』なんて言う物理スイッチがあれば簡単なのにね……

 こうして現状を整理し、皆が現実の世界へ帰る方法を真剣に考えている自分に対して、もえは不思議な気持ちを抱く。

 ここに永住したいと思っていたもえだが、今は仲間たちの「現実世界へ帰りたい」と言う思いは叶えてあげたいと思っていた。

 そして、もえにとって仲間の居ないGFO世界はすでに大きな意味を持ち得ない。

 夢の世界はいつかは終わるのだろう。

 ただ、夢は終わってしまったとしても、心に残る今までに見た夢は、醜いものになってほしくはなかった。

(皆が納得して幸せにGFO世界に留まることができればいいのにな……)

 結果だけを見れば、そう言う結果に落ち着くかもしれない。

 しかし、今のもえにとって「仲間たちが失意のもとに存在しているGFO世界」は、夢見ていた理想の世界とはすでに意味を変えていたのだった。


 シェルニーがあつもりの所に顔を出すと言うので、カグツチと一緒にもえの部屋を出る。

 もえは少し部屋を片付けてから行きますと笑い、玄関で見送った。

 一度離れかけたシェルニーがくるりと振り向くと駆け戻る。

ちゃんと話してくれて嬉しかったぜ。頼りがいはないかもしれないが、もえちゃんを守りたいって気持ちだけはたっぷりある。こう見えても一応ギルマスなんだ、泣き言だって愚痴だっていい、何でも言ってくれ

 その場でまたくるりと背を向け「じゃ、あとでな」と走り出したシェルニーの袖をもえは両手で掴んで引き止める。

 足を止め、振り返ったシェルニーに、視線を落とすもえの姿が目に入った。

……私……シェルちゃんのこと……うん……皆のこと……しん……信頼……してますから……
 顔を真赤にし、か細い声でそうささやくと、掴んでいた両手を離してドアを閉める。
すぐ追いつきますから! 先に行っててください!

 ドアの後ろから聞こえる声に送り出され、シェルニーとカグツチはあつもりの部屋へ向かった。

 後ろ手でドアを閉め、寄りかかっていたもえは、シェルニーたちの足音が遠ざかるのを待つ。

 鍵をかけ、顔を真赤にしたまま大きく息を吐くと、部屋のクッションの山に勢い良く体ごとダイブした。

(信頼してます……か。そんな言葉、言えたんだな俺)

 自らの本当の気持ちを、もえの言葉ではない英一自身の言葉を話すのは、どんなに短い言葉でもやはり難しかった。

 それでも言葉に乗せた自分の気持ちと同じだけの温かい気持ちが心に入り込み、英一は全てが満たされたような気持ちになっていた。

(なるべく長くここに居られるに越したことはねぇ。でも皆が幸せになるためにはどっちの世界でも命の心配をしないで居られることが大事だ。そこを考えないとな)
 クッションから顔を離すと、涙を拭く。
(なんかここんとこ泣きっぱなしだな、俺らしくもない。……いや、もえは泣き虫だからな)

 もえは……いや、これは英一自身だったのかもしれない。

 心の奥底から湧き上がる感情に、小さく声を出して笑った。

(……とにかく俺は仲間たちと生きて、そして仲間たちと帰る。あのクソみたいな現実に。液晶の中でだけ会える[もえと不愉快な仲間たち]との冒険を楽しむために……だ)


  ◇  ◇  ◇


 あつもりの部屋に着いたもえを待っていたのは、2つの重要な情報だった。


 1つ目は定時GFO放送局からの情報で、今まで一人も発見されなかったGFO昏睡状態からの生還者が名乗り出てきた事だった。

 GFO転移初日、メニュー表示したままこの世界で目覚めたそのユーザーはすぐにログアウトし、現実の朝にはいつもどおりの朝を迎えた。

 本人が「寝落ちして夢を見た」としか認識していなかったため気にしていなかったのだが、連日のニュース報道で疑問を持ち、運営に連絡して判明したのだ。

 放送中に何度も繰り返し伝えられたのは「あくまでも正規の手段を使用してログアウトした場合の生還例であり、電源を切る、クライアントを終了させる等の非正規ログアウトを行えば死亡する可能性が高い」と言う事だった。


 この情報は希望をもたらした。

 何らかの手段を用いて、きちんとログアウトさえすれば現実に戻ることが出来ると言う前例が出来たのだ。

 そして、逆説的に「正規のログアウトを行わなかった場合は現実に戻ることは出来ない」と言う事をオフィシャルの情報としてGFO内の人たちに伝えることが出来たと言う事も大きかった。

 もうゲーム内での依頼殺人なども起こらなくなるだろう。

 カグツチは安堵のため息をついた。


 2つ目はそのカグツチへの運営からのメールだ。

 問い合わせた3人の現実情報。


 GFO世界に居るカグツチ、現実の彼はGFO昏睡者と認定され、入院している。


 GFO世界で意識不明に陥り、現実世界での命の危機にあったヘンリエッタは、やはり亡くなっていた。


 そしてGFO世界内でもえが殺した[ヨシアキ]は、GFO脳死者として治療を受けている。


 こちらの情報は事前の予想通りのもので、もえにとっては現実を突きつけられただけのものだった。

 もえの予想は現実世界の状況と合致し、もえもカグツチも現実に罪を問われることはないだろうが、一生心に傷を負って生きていかなければならなくなったのだった。

あ、まだ続きがあるよ、えーっと
 カグツチがメールをスクロールする。
……返信可能なメールは昼と夜の2回、10時にお送りすることにいたしました。 また何か進展がございましたら、随時メールさせていただきます。なお、救命救急の意味から、前回の中島ありさ様のような症状を訴える方が()られましたら、なるべく詳しいお客様情報をご記載の上、返信いただきますようお願いします。……だって。返信どうする?
 シェルニーともえは顔を見合わせる。
いきなり責任放り投げてきやがったな。『症状を訴える方が()られましたら』だって? 自分たちの作ったワールドがどのくらいの情報量を持ってるか知らないわけでもあるめぇし。それにプレイヤーが全員ウェストエンドの街に集まってるわけでもねぇのによ
うん、だから返信といっても今は『出来る限り頑張りますので、そちらの方もよろしくお願いします』くらいしかないんじゃないですか?
だな、はやいとこサーバもクライアントも止めずに正規のログアウトが出来る手立てを考えてもらわねぇと
わかった。よろしくお願いします。と、返信

 3人だけの秘密にしておける状況ではなくなった。

 何しろサーバ内に何万人かは居るであろう人たちがヘンリエッタのような状況に陥ったのを見つけ、その個人情報を運営に送らなければならないのだ。

まずはクマちゃんとコロちゃんに相談しましょうか

 信頼できる仲間がいる。相談できる友がいる。

 こんなひどい状況でも、そんな小さな安心感に背中を押され、もえ達は自身を持って仲間の元へと足を向けたのだった。


  ◇  ◇  ◇


それはもう中央広場で演説するしかありませんな
俺は嫌だぜ。演説なんて

 コロスケ伯爵が単眼鏡の位置を直して断言する。

 胡座をかいたシェルニーがピンクの髪を揺らし、首を鳴らしながら即座に否定した。

ボクも反対だクマ。暴徒化する可能性がある群衆の前にわざわざ身を晒す必要はないクマ
コピー機もない、メール機能もウィスパーチャットも使えないのですぞ? それではクチコミで噂を広げるくらいしか手は無いのですな

 今日は3連ターレットレンズの付いたリベットだらけのクマの着ぐるみに着替えているあつもりもシェルニーに賛成する。

 憮然とした表情のコロスケ伯爵だったが、少し考えると「……結局それが一番安全ですな」と納得し、うなづいた。

じゃあクチコミにしましょう。カグツチくんの名前は伏せて、連絡は私達のギルド[もえと不愉快な仲間たち]に伝えてもらえるようにすること。申し訳ないけどカグツチくんはしばらく[BRITZ]のギルドホールで生活してもらいます
え~?

 一人で居ることが寂しかったのだろう。カグツチは不満げな顔をする。

 もえは彼の頬を両手で挟み、真剣な顔で目を見つめた。

だめです。カグツチくんの安全を考えてのことなんですよ! ごはんは私が持っていきますから、いい子にしてて。ね?
あ、はい

 もう条件反射のようにもえの言うことを聞くカグツチ。

 もえはニッコリと微笑んで彼の頭をなでた。

2人以上のグループで行動して、基本的には知り合いをメインに、危なそうな時にはすぐ逃げてください。それから伝えた相手にも知り合いに連絡してもらえるように頼みましょう
クチコミの広まるスピードは新幹線以上だクマ。行けるクマ

 行動の指針が決まったのは、最初の定時連絡の後、5日目の昼前のこと。

 情報という宝物を携えたギルドメンバーはパイプと歯車の中へ散って行き、夕日に街が輝く頃には街は噂で持ちきりになっていた。

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