第1回『お菊の皿』

文字数 3,994文字

(ぺこり)

共幻亭乱華(きょうげんてい らんか)と申します。


本日は『トークメーカー演芸ホール』にお越し頂き、ありがとうございます。


一席お付き合いのほど、お願いいたします。





こんにちは。


ご隠居、いらっしゃいます?

おや、誰だと思ったら、ハッっあんじゃないか。


今日はいったい何だね

いえね、ご隠居に尋ねたいことがあるので、来たんですよ。


なんせこのあたりじゃ、ご隠居は知らねえものはネエって高慢なツラしてるって皆が言ってましてね。


それじゃ訊きに行こうかって事になりましてね

おい、お前さんなんて言った今

え、ご隠居に尋ねたいことがあるって

その後だ

その後ですかい


知らねえものはネエって高慢なツラしてるって皆が言ってまして……

ああ、これですか。


そう言えば隠居の前では言っちゃいけねえって言われていましたね。


まあ、聞かなかった事にして

仕方ないやつだねえ。


それで何を訊きたいんだい?

それがですね。

この前、下総の印西に用事があっていったんでさあ。


そうしたら、江戸から来た者だってことで一杯飲まされましてね。

そこでこんな事を言われたんでさあ

なんて言われたんだい

へえ、それがですね。

『お前さんは江戸の人なら番町の皿屋敷って知ってるかい』

と言われたんですよ。


そんなものは知らねえんで、

『知らねえ』

って言ったら



『なんだ知らねえのかい。それじゃ江戸っても在の方だろう』

って馬鹿にされたんですよ。


それで悔しくて隠居に教えて貰おうと来たんでさあ

そうか、お前さんたちは知らないか。

無理もない。あれはかなり昔のことだからなあ。



昔、番町に青山鉄山と言うお旗本が住んでいたんじゃよ。

ほれ、九段の坂を登ったあたりじゃよ。


そこにお菊さんという腰元がいたんじゃ。

それはそれは美しい人だったそうだ。


青山様のご自慢は十枚組の葵の皿じゃった。

これを扱っていたのがお菊さんじゃった

へえ~随分大きな皿だったんですねえ。

それが枚なんてさすがお侍ですね。


敷もさぞ広いんでしょうねえ

はあ? 大きさの問題じゃないよ。


一枚でも大変な価値のある皿じゃよ

ああそうすか。

あっしはまた大きさが凄いのかと。


そう言えば骨董屋なんて、こんな小さな茶碗でもべらぼうに高いですからねえ

それが、鉄山がお菊さんに横恋慕したんじゃよ

横恋慕って言いやすと?


お菊さんには三平という亭主がいたのじゃよ。


いくら青山のお殿様でもそれは無理と言うものじゃ

叶わぬ恋と判った鉄山は可愛さ余って憎さが百倍と言う訳でな。


家宝の葵の皿十枚の内の一枚を隠したんじゃよ

またそりゃ姑息なことをしますねえ

それである時その皿を出させたのじゃ。

当然九枚しか無い。


鉄山が『あと一枚はどうしたのじゃ』と問い詰めても、お菊さんは知らぬ存ぜぬとしか言えない

それゃそうですよ。


だって知らないんだもの

鉄山はお前が隠したのだろうと責めるが、お菊さんは知らぬ存ぜぬ。


終いにはの井戸に吊るして鞭で責める

それでもお菊さんは本当に知らないので答えようが無いと言う訳じゃ。


とうとう、刀でお菊さんをバッサリと斬り捨てて井戸に投げ捨てたのじゃ

酷えことするじゃありませんか。


だから武士は嫌えなんだ

ところがじゃ。


その次の夜から何処からともなく皿を数える声が聞こえるようになった。


『いちま~い、にま~い、さんま~い』


とな。

そして最後には


『きゅうま~い…………一枚足りない……』


と悲しく数えると言う事じゃよ。


しまいには毎夜、鉄山の枕元にお菊さんの幽霊が立ったそうだ。

さすがの鉄山も気が狂って自害したという事だそうだ。


お菊さんは今でも、毎夜悲しく皿の数を数えていると言う事じゃ

数えていると言う事じゃって、今でも出ているんですかい

出ているんじゃないかなあ

ありがてえ!

あっしはねえ、一度でいいから本物の幽霊を見たかったんですよ。



さっそく今夜から仲間を誘って行きますよ

なんだ気が早いな。

じゃあこれだけは言っておくよ。


いいかい、皿の数を数えるのを九枚まで聴いたらいけないよ。

お菊さんの呪いで死んでしまうからね。


八枚でも寝込んだそうだから、六枚ぐらいまで聴いたら帰っておいで。


いいかい六枚だからね

六枚ですね。わかりやした。


またどんなんだか報告に来ますから。


ありがとうござやした

と言うわけで八五郎、仲間数人に声をかけまして、一緒に行く事となりました!

しかしねえ。

いい女だそうだよ。


どれだけなのか楽しみじゃねえか

俺ね、何より幽霊が嫌いなんだよね。


俺だけ屋敷の前で待っていても良い?

情けねえ事言ってるんじゃねえよ。

よく言うだろう『幽霊みんなで見れば怖くない』って

そんなの初めて聞いたよ

でもさ、お菊さんの根性が悪かったらどうすんのさ

はあ? どういう事さ

ちゃんと同じ速さで数えてくれたら良いけど、途中から急に速くなったら逃げられないじゃん

そうそう、いきなり三倍ぐらい速くなったら逃げ遅れるよ。


そうしたら皆死んじゃう

何言ってるんだよ。

そんなの行って見なければわからないだろう。


ほら、あそこだよ見えて来たよ。


塀が壊れているから、そこから中に入ろう

はあ~、こりゃあ荒れてるなんてもんじゃないね。


昔のままじゃないのかい

たしかに、凄い荒れ様だね。

ほら見ろよ、あそこが問題の井戸だよ。


何か凄い雰囲気があるねえ。


こりゃ完全に出る

止めてくれよ。


小便チビリそうじゃないか

ま、いいや。


この辺りに陣取って待とうじゃねえか

一同、用意してきた酒、肴を出すと酒盛りを始めました。


段々夜も更けて、家の軒先も三寸下がる丑三つ時となります!

おや、何だかやけに生暖かい風が吹いて来たじゃねえか

ひゅーードロドロドロ。


いちま~い


にま~い……

おいおい出たよ。出たよ。

恐ろしい声じゃねえか。


あれじゃ鉄山も呪い殺されるよ。

思いのこもった声じゃねえか

ねえ、どう、美人?


それとも化物かい?

待ってくれ、俺も怖くてまだ見てねえんだ。


今見るからよ。


それ……おお!

どうなの? どうなの?

いい! いいよ!


いい女じゃないか!

ほんと、どれ……うわ、いい!


綺麗じゃないか!

小便チビるほど怖いけど。


あれだけカワイイなら我慢する

なんだよ。どっちかに決めろよ。


怖いのか良いのか

さんま~い、よまい、ごま~い

五枚だぞ。


あと一枚数えたら逃げるからな

ろくま~い

それ! 逃げろ!




はっはっはっ……



ここまで逃げれば大丈夫だろう。


みんな居るか?

大丈夫だ。いるよ

怖かったねえ~

でもいい女じゃないか。


あれなら怖くてもいいよ

俺、女房に欲しいぐらいだよ

明日も行こうぜ

と言う訳で、くだらない相談はすぐにまとまりまして、次の日もその次の日も通います。


段々と噂が噂を呼び、いつの間にか大勢が見に行くようになりました。

お菊ちゃんも今までは一人寂しく皿を数えていたのが、大勢に見られるとやはりやり甲斐が出て参ります。


数え方も少しクサくなって来たりして……

随分と大勢が見に来るようになったじゃねえか。


しかし、何と言っても俺たちが一番古い客だからな。

そこら辺の奴とは違うからな。


そろそろ時間じゃねえか

ひゅーードロドロドロ。


いちま~い


にま~……ゴホゴホ

おや、お菊ちゃんどうしたんでい

すいませんねえ


季節の変わり目で風邪をひいたみたいで

大事にしなくちゃ駄目だぜ。


代わりのある身じゃねえんだから

ありがとうございます。


さんま~いゴホゴホ


よまいゴホゴホ


ごまい~ゴホゴホ、コンコン

咳まで出だしたじゃねえか。

無理しねえで休んでなよ。


また明日いい声聞かせてくれれば良いからさ

そうですか、すいませんねえ。


それじゃお言葉に甘えまして

と言う訳で、九枚まで数えずに下がってしまいました。

それでも集まった者は大満足でして。


これが興行主の耳に入りまして。

興行権を買い取りまして、手広くやり始めます

おい随分凄いね。

観客席なんか出来てさ。


それにお菊ちゃんの出る井戸に灯りが灯ってるじゃねえか。


あれじゃ明るくて怖くなんか無いぞ

派手な飾り付けだねえ。


ええと何々、『一枚足りない為に殺された絶世の美女幽霊の真髄をご堪能あれ』だって

金がかかってるから、元を取るのも大変だぞこりゃ。

お菊ちゃん酷使されてなければいいけどな。


え、なんだって、もう出てる?

はあ、まだ時間じゃねえぞ。



……あ、ホントだお菊ちゃん出てるじゃねえか

皆様、いらっしゃませ!


わたしがお菊でございます。


今日は精一杯、お皿を数えさせていただきます!


何だ、愛想なんて振りまいて。

あれ、投げキッスしてんじゃねえか。


それにしてもお菊ちゃん。少し太ったんじゃねえか?

血色も良くてよ、あれじゃ本物のアイドルみてえじゃねえか

……え、なんです?


アイドルだなんて古典落語らしくないって?


いいんですよ、面白ければ~

幽霊のくせにやけに色っぽいじゃないの。


そそられちゃうな

いち~~~~~まぁぁぁぁぁ~い♪


に~~~~~~まぁぁぁぁぁ~い♪

何だかクサいね、大げさでさあ。


芸が荒れたね。


こりゃ一年持たねえな

さん~~~~~まぁぁぁぁぁ~い♪


よん~~~~~まぁぁぁぁぁ~い♪


ご~~~~~~まぁぁぁぁぁ~い♪


ろく~~~~~まぁぁぁぁぁ~い♪

ほれ六枚だ。帰るぞ。


おいどうした。行けよ

駄目だよ。


この人の数だもん、前がつっかえてしまって身動きが取れないんだ

お終いまで聴いたら死ぬんだぞ。


どうするよ

なな~~~~~まぁぁぁぁぁ~い♪


はち~~~~~まぁぁぁぁぁ~い♪


きゅ~~~~~まぁぁぁぁぁ~い♪

ああ、とうとう九枚だよ。

もう駄目だよ。短い一生だったな。


もっと旨いもの食っておけば良かった。

全財産叩いて花魁でも買っておきゃぁ良かった

じゅぅぅぅまい


じゅういちまい


じゅうにまい


じゅうさんまい

ん? 十三枚。


なんだこりゃ


じゅうしまい


じゅうごまい


じゅうろくまい


じゅうしちまい


じゅうはちまい




お・し・ま・い♪

おい、お菊ちゃん!

皿の数は九枚って決まってるじゃねえか。


なんで倍の十八枚数えるんだよ

わからないかねえ。


馴染みなのに鈍いんだねえ。





二日分数えて、明日はお休みを頂くんだよ

おそまつさまでございました!

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登場人物紹介

【噺家】

名前:共幻亭乱華(きょうげんてい らんか)


トークノベルで落語をお届けいたします。

お酒はまだ飲めません。

【監修】

名前:まんぼう


長年の落語ファン

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