海蛍 26

文字数 894文字

 冷えと気怠さの中、薫は目覚めた。僅かに開けた瞼から朝日が突き刺すように入りこむ。顔の向きを変えながら自分の置かれた状況を思いだす。そう、艦は撃沈され、自分は日向と共に海に投げ出され……記憶が蘇るとともに機銃から受けた傷が痛み思わず顔を顰める。日向……日向はどうしたのか。自分を庇い大怪我をしていたのではないか。傷を庇いながら日向を探す。しかし、日向の姿はどこにも見えない。
「日向艦長……?」
自分はこんなにも頑丈に廃材に身体を括り付けられているというのに、共に手を結びあったはずの日向がなぜ視界に捉えられないのか。結び合ったはずのロープを手繰り寄せる。ロープは何の抵抗もなく薫の手元に引き寄せられた。そして、固く結び合ったはずのその先端に日向の姿はなかった。朝日に晒されたそのロープの先端は朱に染まり結び目には、こびりつきふやけた肉片が揺れていた。最後まで薫に生きることを説いていた日向の意図を薫は悟った。
「嘘だ、嘘に決まってる。いつまでも一緒だって誓い合ったんだ……日向艦長っ!!」
薫は叫びながら何度も身を沈め日向を探す。南洋の透明度の高い美しい海のはずなのに、日向の姿が視界に入ることはもうなかった。
「ぁ……あ、ああぁぁっ!!」
ロープの先端を抱きしめながら薫は叫び泣き続けた。


 漠然と廃材と共に流される薫の脳裏に幾度も『死』が過ったが、己の身体を刻んでも自分を助けた日向の気持ちを思うと死ぬことが罪悪に思える。この海で日向と共に沈めたらどんなに救いがあっただろう。何も考えられないまま死を待つことにした。僅かに早いか遅いかの違いがあるだけだ。そうだ、もうすぐ自分だって死ぬのだ。そうすれば日向だってきっとあの世で自分を迎えてくれるだろう。じりじりと身を焦がす灼熱の太陽に、一刻でも早く自分の命を持って行けと言わんばかりに薫は考えることもやめ波に身を任せた。生きる望みを絶たれた薫に強烈な睡魔が襲う。
「お願い……お願いだからあと少しだけ待っていてください。日向艦長……」
もうすぐ日向に会えると思うと嬉しくて薫は微笑んだ。そして、安らかな思いのまま意識を手放した。
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