候補者あらわる?

文字数 3,253文字

「――で? どうやって小川先輩の好きな人を突き止めるか、思いつかれました?」

 会長室へ戻ると、わたしはパソコンに受信したメールの処理を始めたけれど、貢は自分の仕事もそっちのけでわたしのデスクの側に立ったまま、わたしを()き立てるように訊ねた。

「……ちゃんと考えてるってば。貴方もちゃんと自分の仕事しなさいよ」

 ノープランだった手前、わたしもあまり強くは言えなかった。しばらく手を動かしながら考えを巡らせていたけれど、ふと思いついたことがあり、手を止めてスマホを取り出した。

「会長、どうされたんですか?」

「ねえ、桐島さん。コレ知ってた? 女性社員の中で流行(はや)ってる、社内限定のSNSなんだって」

 わたしは画面を彼に見せながら、あるSNSのアイコンを起動させた。

「社内限定のSNS? そんなのがあったんですか。というか、会長はどうしてご存じなんですか?」

「広田室長から教えてもらったの。秘書室所属の社員が、上役のスケジュールとかを共有するために始めたらしいんだけど、それが女子社員たちの間でクチコミで広まったらしいわ」

「へえ……。それは便利ですねぇ」

 重役たちのスケジュール管理はそれぞれの秘書の仕事。それを共有するためにSNSを利用するなんて、よく考えたものだ。わたしは彼女たちに(もちろん男性もいるけれど)称賛を送りたい。

「でね、社員IDでログインできるらしいから、わたしもアカウント作って時々覗いてるんだけど。その中に、こんなタグがあったの」

「ええっ!? 会長もアカウント持ってらっしゃるんですか!? 他の女性社員のみなさんにビックリされません? 『うわ、会長入ってきた!』って」

「ううん、別に。……って、そんなこといいから、コレ見て」

 わたしはひとつのタグをタップした。

「はい。――えーっと、『彼氏にしたい男性社員ランキング』? 何ですか、コレ」

「そ。まぁ、その名のとおり、ズバリ『彼氏にしたい』と思う男性社員をランク付けしたものなんだけど。もしかしたら、この中に小川さんの想い人がいるんじゃないかと思って」

「う~ん……、僕もその可能性は高いと思いますけど。ちなみに会長は、このランキングに誰が入ってるか把握してらっしゃるんですか?」

「うん、まぁね」

 わたしは曖昧にお茶を濁した。――彼は知らなかったのだ。自分がその一位に君臨していたことを。

「じゃあ、順当に考えれば、このランキングの一位に入っている人物が一番可能性が高いということになりますよね。一体誰なんですか?」

「……ホントに知らなかったのね。一位は貴方よ、桐島さん」

「…………はいぃぃ!?

「だから貴方だってば。――ほら」

「ええっ!? ……ああ、本当ですね。全っっ然知りませんでした」

 半ば呆れつつ、片手で頬杖をついて一位まで画面をスクロールして見せると、彼はやっと納得してくれた。

「……で、それをふまえたうえで訊かせてもらうけど。まさか桐島さん、貴方じゃないわよね?」

 彼の理論でいけば、最有力候補は彼自身ということになるはずだったのだけれど。

「まさか! 断じて違いますよ、僕じゃありません。だって僕、大学時代からずっと、小川先輩から異性として見られたこと一度もありませんもん。というか、社内の人とは限らないんじゃないですか? 社外の人という可能性もありますよね?」 

「あー、それもそうね。じゃあ……取引先の人か、出入り業者の人? もしくは社員の身内の人かも」

「社員の身内……。ちょっと待って下さい! 僕に一人だけ心当たりが」

 貢が軽く顔をしかめて言った。彼がこんな顔をする時、関係のある男性は一人しかいない。

「……それってもしかして」

「僕の兄です」

 ……ああ、やっぱり。彼の心当たりは兄の悠さんだった。でも、小川さんと悠さんに接点なんてあったかしら?

「小川さんって、お兄さまと面識あるの? 三月に来社された時だって、小川さんと接触したかどうか分からないし」

「僕が大学生の時に、兄が忘れ物を届けに来てくれたことがあって。その時に一度だけ。――とにかく、本人に電話して確かめてみます。今日は確か、一日バイト入ってないって言ってたはずなんで」

 彼はその場で自分のスマホを取り出し、悠さんに電話をかけた。

「――あ、もしもし兄貴。(おれ)だけど。今大丈夫か? ――ああ、よかった。あのさ、兄貴に訊きたいことあるんだけど。俺の大学の先輩で、小川夏希って女の人覚えてるか? ――うん、そうそう! んでさ、あの人と最近会った? ――はぁ? なんでかって……、それはいいから答えてくれよ。……そっか、会ってないか……。うん、分かった。ありがとな」

 電話を切った彼は落胆したような、それでいてどこかホッとしたような表情で首を横に振った。

「ダメですね。ハズレです。兄は最近、小川先輩と接点ないみたいです」

「お兄さまが働いてらっしゃるお店に、お客として行ったっていう可能性は?」

「それもなさそうです。もしあったら、あの兄のことだから僕に言うでしょう」

「……それもそうね。これで可能性がひとつ消えたね。じゃあやっぱり、社内の人なのかな……」

 わたしたちは、またイチから考え直すことになった。

「――やっぱり、このランキングの中にいるのかな……」

 わたしは腕組みしながら、スマホの画面に表示されている『彼氏にしたい男性社員ランキング』を睨んだ。

「その可能性大ですよね。……あ、絶対に僕じゃありませんからね?」

 貢はしつこくわたしに念を押してきた。自分が疑われたことを根に持っているらしかった。

「それはもう分かったから! となると、二位の人なんて怪しくない? えーっと……、営業二課の前田(まえだ)雄斗(ゆうと)さん。――桐島さん、この人知ってる?」

「はい。知ってますし、お話ししたこともあります。この人、小川先輩の同期入社なんですよ。それで、先輩とも親しかったみたいで。……あ、でもあれはお付き合いしてる感じじゃなくて、ただの友人関係という感じでしたけど」

 同期入社の男性社員。友達だと思っていた相手に、知らず知らずのうちに恋心を抱いていたというパターンは、ベタだけれどもはや定番といってもいい。

「でも、可能性はゼロじゃないよね? 友達から恋人になることだってあるでしょ? じゃ、その前田さんと話してみましょうか。さっそく営業二課へ行くわよ!」

「……えっ、今から!? って、僕も一緒に行くんですか!?

 わたしが腕をガッシリ掴んだので、彼はちょっとしたパニックになっていた。

「当たり前でしょう? わたしはその人に何の面識もないんだもん。顔だって知らないし」

 とりあえず、社内の管理職以上の人たちの分の顔と名前は頭に入っていたけれど、この時はまだわたしの脳内データベース化はコンプリートされていなかったのだ。面識のある貢が頼みの綱だった。

「…………分かりました! ご一緒しますよ。一緒に行けばいいんでしょう!?

 半ばヤケで、彼が吠えた。……ちょっと強引だったかな、と反省。

 というわけで、わたしと貢は二十六階の営業部のフロアーへと下りていった。

****

 ――が、アポなしで言ったのが(あだ)になってしまった。

「前田さん? 今、外回りに出てますよ」

 オフィスで事務作業をしていた二十四,五歳の女性社員が、わたしの姿に恐縮した後にそう答えた。

「外回り? ――あの、どの辺りを回ってるか分かります?」

「今日は確か、日本(にほん)(ばし)の方だったと……。もうすぐ戻ると思いますよ」

 わたしが訊ねると、彼女は丁寧に答えてくれた。

「ありがとう。お仕事中にわざわざゴメンなさいね。――桐島さん、とりあえず前田さんが戻ってくるまで、一階のカフェスタンドで待ってようか」

「そうですね……」

 とはいうものの、外回りの営業ということは、彼は車で出ているということだ。それなら一階には立ち寄らず、地下駐車場から直接上がってくる可能性の方が高かったのだけれど……。
 
 何はともあれ、ここへきて最有力候補者が現れた。……と思っていたのだけれど――。
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登場人物紹介

篠沢絢乃(しのざわあやの)

私立茗桜女子学院・高等部二年A組。

四月三日生まれ、十七歳。O型。

身長一五八センチ、体重四四キロ。胸はDカップ。

趣味は読書・料理。特技はスイーツ作り・英会話。好きな色は淡いピンク。

主人公。高二の一月に『篠沢グループ』の会長だった父・源一(げんいち)をガンで亡くし、父の跡を継いで会長に就任。

小学校から女子校に通っているため、初恋未経験。

大のコーヒー好き。ミルクと砂糖入りを好む。

桐島貢(きりしまみつぐ)

篠沢グループ本社・篠沢商事・秘書室所属。大卒。

五月十日生まれ、二十五歳。A型。

身長一七八センチ、体重六〇キロ。

絢乃が会長に就任する際、本社総務課から秘書室に転属し、会長付秘書になった。マイカー(軽自動車→マークX)を所持している。

恋愛に関しては不器用で、現在も彼女なし。

絢乃と同じくコーヒー党。微糖を好む。スイーツ男子。

中川里歩(なかがわりほ)

私立茗桜女子学院・高等部二年A組。

五月二十四日生まれ、十七歳。B型。

身長一六七センチ、体重五三キロ。胸はCカップ。

初等部からの絢乃の同級生で大親友。バレーボール部に所属し、キャプテンを務めている。

数ヶ月前から交際中の、二歳上の彼氏がいる。

コーヒーは、ミルク多めを好む。

※このアイコンではセーラー服着てますが、本当の制服はブレザーです。

篠沢加奈子(しのざわかなこ)

篠沢グループ会長代行。篠沢家当主。短大卒。

四月五日生まれ、四十三歳。O型。

身長一六〇センチ、体重四五キロ。胸はDカップ。

絢乃の母で、よき理解者。娘が学校に行っている間、代わりに会長の務めを果たしている。

亡き夫で婿養子だった源一とは、見合い結婚だったがオシドリ夫婦だった。

大の紅茶党。ストレートティーを好む。

ちなみに、結婚前は中学校の英語教諭だった。

桐島悠(きりしまひさし)

フリーター。飲食店でのバイトを三ヶ所ほど掛け持ちし、調理師免許を持つ。

六月三十日生まれ、二十九歳。B型。

身長一七六センチ、体重五八キロ。

桐島貢の兄。一人暮らしをしている弟の貢とは違い、実家住まい。高卒でフリーターになった。

貢曰く、かなりの女ったらし……らしい。兄弟仲は決して悪くない様子。

愛煙家である(銘柄はメビウス)。

阿佐間唯(あさまゆい)

私立茗桜女子学院・高等部三年A組。※絢乃、里歩とは三年生から同じクラス。

七月二十四日生まれ、十七歳。B型。

身長一五四センチ、体重四一キロ。胸はBカップ。

三年生で初めて絢乃、里歩のクラスメイトになる。マンガ・アニメ研究部に所属。

男子バレーボールが題材の『ドラゴン・アタッカー』というアニメにハマっている、いわば「オタク少女」。その縁で、バレー部員である里歩と親しくなり、絢乃とも仲良くなった。

一つ年上の大学生・谷口浩介(たにぐちこうすけ)という彼氏ができたばかり。

レモンティーが好き。

村上豪(むらかみごう)

篠沢グループ本社・篠沢商事の代表取締役社長、常務兼任。大卒。四十五歳。

絢乃の父・(旧姓・井上)源一とは同期入社で、同じ営業部だった。源一が会長に就任した際に専務となり、常務を経て社長に。源一亡き後、絢乃の会長就任に際して再び常務を兼任する。

源一とは恋敵でもあったようで、結婚前の源一と加奈子を取り合ったことも。現在は一つ年下の妻と、絢乃より三つ年下の中学生の娘がひとりいる。

源一の死後は、父親代わりに絢乃を支えている。

コーヒーにこだわりはなく、インスタントでも飲む。

山崎修(やまざきおさむ)

篠沢グループ本社・篠沢商事の人事部長。専務兼任。大卒、五十二歳。

総務課で続いていたパワハラ問題に頭を抱えており、人事部長として責任も感じていた。

真面目でカタブツだと誤解されがちだが、実は情に脆い性格。三歳年下の妻と二十二歳の娘、二十歳の息子がいて、自分の子供たちが篠沢商事に入社してくれることを期待している。

広田妙子(ひろたたえこ)

篠沢グループ本社・篠沢商事の秘書室長。大卒、四十二歳。秘書室に異動した貢の直属の上司。

入社二十年目、秘書室勤務十年のベテラン。バリバリのキャリアウーマン。職場結婚をしたが、結婚が遅かったためにまだ子供には恵まれていない。

絢乃とは女性同士で気が合う様子。

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