第17話 破天

文字数 1,136文字

「おまえも来い! 」

 なぜか、お島も連行を迫られた。

「いったい、どういうわけで、島が?! 」

 新六があわてて、お島を連れ去ろうとする同僚を制した。

「この女と共に参った者から、死んだ客が茶を飲んだのが、

この女が手掛けた蒔絵の茶器であるとわかった故じゃ」

 その同僚が神妙な面持ちで答えた。

「なれど、それだけで‥‥ 」

 お島が言った。

「それだけではない。茶器の底からヒ素がみつかった」

 その同僚が、お島に詰め寄ると言った。

 その後、お島は、取り調べもなく牢獄された。

不安な一夜を過ごしていると、わずかな食事が出された。

食事を受け取ろうとしたその時、

同室の囚人が背後から手を伸ばして、

お島の腕をたたき払った。

そのため、お島の食事は、地面の上に落ちて食べられなくなった。

空腹と絶望のまま、お島は床につこうとした。

ところが、また、同室の囚人が近づいてきて

「新入りは厠の前と決まっているんだよ」

 と言い放ったかと思うと、他の囚人たちが、

お島を羽交い絞めにした状態で、厠のそばへと追いやった。

鼻をつく猛烈な異臭と便器の周りにたかるハエに、

お島は恐怖を抱きながら夜を明かした。

 翌朝。お島は、看守の声でたたき起こされた。

知らぬ間に、眠ったらしいが、頭がガンガンしてからだの節々が痛い。

よろよろと立ち上がったその瞬間、強いめまいを感じた。

小さな明かり窓からの朝日がちょうど悪く、お島の額に直撃したせいだ。

「島、出るが良い! 」

(‥‥!? )

ギシギシと戸が開く音が辺りに響いた。起き出した他の囚人たちから

痛いほどの視線を浴びながら、お島は牢屋をあとにした。

「島! 大事ないか? 」

「大変だったねえ」

 門を出ると、治太郎とおしずが駆け寄って来た。

「面倒おかけしました」

 お島は深々と頭を下げた。

お島は無罪放免で釈放されたが、真相は闇に葬られた。

お島は、牢屋での過酷な体験によりからだを壊した。

帰宅して間もなく、泥のようにして眠りについたかと思うと、

3日3晩、高熱にうなされながら寝込んだ。

その間、いろんな夢を見た。

今はもういない懐かしい人たちと昔と変わらず過ごす夢。

大奥で過ごした時代に起きた出来事の再現夢。

それから3日後。目を覚ましたお島は、

看病していたおしずの制止をふり切ると、

一心不乱に絵を描き出した。

「わたし、お茶屋を辞めます。

絵も、これっきり描くのを止めます」

 4枚目を描き終えた後、お島は思い詰めたように決心を告げた。

「また、何故だい? 」

 おしずが心配そうに訊ねた。

「誰かに嫁いで、嫁ぎ先の家に尽くします。

最初から無理だったんです。女がひとりで身を立てるなんて‥‥ 」

 お島がぽつりと言った。

「そうかい。わかったよ、おばさんに任せなされ」

 おしずが、お島の背中をバンと叩くと言った。



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