1.魔神の黄昏

文字数 2,143文字

――――――さん・・・

―――さん・・・



まどろみの中、聞きなれた声がする。



―――起きてください、朝ですよ―――




―――ん?

そうか、もう朝か。


ならば起きねばならないか―――



・・・・・・ああ、今起きる・・・



そうして、重たい瞼を無理矢理こじ開ける。



―――あ、起きました?



目を開けると、そこにはいつものとおりの女神の笑顔。

アーマ・シュクレイム―――別乃世の運命を変えた女神である。



窓の外を見やれば、これまたいつもどおりの暗雲立ち込める淀んだ景色。

アクセントとばかりに、時折唸る稲光。

爽やかな朝を匂わす雰囲気など微塵もない。



―――おはようございます。

今日も良い朝ですよ、別乃世さん。



―――そう、いつもどおりの良い朝なのである。


ここは魔界なのだから。








あー・・・

うん、いい朝だ。

・・・魔界の「いい朝」の基準が未だに分からんが。

そうですか?

もう一ヶ月にもなるんですから、そろそろ馴染んでいただきませんと・・・



そう。

天使との戦いの末、人の身から魔神となり魔界へと堕とされてから、すでに一ヶ月の月日が経っていた。



馴染むといっても、特に何もしとらんからなぁ・・・

正直、人間だった頃と何も変わった気がしない。



魔神となった今、彼は一国の主となったわけだが―――

ニートはやはりニートのままだったようである。


この一ヶ月、彼は屋敷の敷地から碌に出ることもなく、だらだらと毎日を過ごしているだけであった。



別乃世さん、目的さえ決まってしまえば行動力はもの凄いんですけどね。


・・・そうですね、試しに領地の中をのんびり回ってみては?

ピクニック気分で。

ピクニック、なぁ・・・



窓の外では変わらず、ゴロゴロと稲妻が唸りを上げている。



何度か外に出ようとは思ったこともあったんだが、やはりこの天気?で出歩く気にはなぁ・・・

魔界の天気なんかこれ以上良くなりませんし、そこはやはり慣れでしょう。


―――思い立ったが吉日と言います。

朝ごはんを済ませたら、私と少し出歩きましょう。

むぅ・・・

まぁ、メシを食ってから考えるか。

はい。

準備はできてますので食堂へどうぞ。







ごちそうさまでした。

はい、ありがとうございます。



アーマの用意した朝食はパンと玉子とソーセージ、それにサラダを付けた、別乃世にとっても馴染みの深いラインナップ。


―――その素材の原型がどのようなものかは怖くて確認できていないが・・・

別乃世曰く「食えればいい。食欲のなくなりそうなことは考えない」である。



あとは、その―――
ん?



少し躊躇いがちに、しかし幾分慣れてきたところもあるようである。

頬を赤らめながらもアーマは別乃世の隣の席に腰を下ろし、顔をゆっくりと近づけた。



た、足りない分のエネルギーを、私のく、首筋から、ど・・どうぞ・・・

あ、うん、何だかすまんな。

・・・いいんだろうか、こう、毎日毎日・・・



申し訳なくもアーマの肩に手を伸ばす。

びくっと小さくその肩が揺れる。


二人は互いに瞳を見つめ合い、やがて・・・



何をやっとるんだ、貴様ら。
おぅわぁ!?
ト、トリィ!?



突如として二人の前に姿を現したのは、悪魔トリカラ・マイウー。

別乃世を魔神として魔界に堕とすきっかけを作った張本人である。



まったく、人がしばらく顔を見せんうちに・・・

アーマに何をやらせてるんだ、変態魔神が。

変態魔神とはまた、何だかしっくりくる呼び名だが・・・

まぁまてトリィ。

そ、そうですトリィ!

これには訳が―――

ほぅ、ワケが?あるか?

言ってみろ。



どうせロクな理由などあるはずがない。

別乃世を殴り飛ばすべく、右拳をぶらぶらと脱力させながらトリィが歩みを進める。



まぁ聞け。

こっちに来てからしばらくは普通の食事だけで済ませていたんだが、二週目あたりから身体に不調が出始めてな・・・

調理した食材からは、栄養は摂れても「生命エネルギー」は取れないんです。

だから・・・

―――ああ、アタシの死霊術がまだ根幹に残っているからか。

魔神だなんだと持て囃されても、未だに他者のエネルギーを啜って存在を繋ぎ止めているわけだ。


この寄生虫が。

寄生虫!?

それでも初めは色々な食材を試してはみたんですが、結局どうにもならず―――

以前のように私の体液で賄うことにしたんです。

そんなもの要らん。


ここは魔界だぞ?

魔力を補うものなんぞいくらでもある。


女神の体液なんかもったいない。

そこらの魔木の樹液でも吸わせておけ。

じゅ・・・樹液・・・
オレはカブトムシか!

それが嫌ならケモノにそのまま齧り付け。

そこまでは試してないんだろう?

魔力満点のキノコなんかもそこらに生えてるぞ?


―――さぁ食え!

寝言は全部試してからほざけ!

むぅ、なんだか理不尽な気もするが、残念ながらぐうの音も出ん・・・!

な、何もそこまでしなくても・・・

お役に立てるのならば、私は、その、別に・・・

いいから、お前はさっさと服を整えろ。


・・・しかしまぁ、呑気なもんだな。のんびり優雅に朝メシか。

3日後にはもう開戦だろう?

図太いヤツとは思っていたが、豪気というか、阿呆というか・・・

ん?

ん?

なんだ?

いや今、なんか聞きなれない単語が出たような?
「かいせん」とは・・・?

? 何を言っている。

妖精王・ダイヘルムから宣戦布告があって、それに応じたのだろう?

向こうは既に国境付近に軍隊を布いて、準備万端だぞ。

な・・・
なんじゃそりゃあ!?
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登場人物紹介

【魔神】

 別乃世・望(コトノヨ・ノゾム)


 世を憂い、異世界への転生を強く望んだ男。

 女神・悪魔・天使の力をその身に受け「魔神」と化す。

 その後は魔界の一角に領土を与えられ、一国一城の主となる。

【女神】

 アーマ・シュクレイム


 時空神アナザを主神とする女神。

 「魔神」別乃世・望を生み出すきっかけとなった責を問われて神界から魔界へ。

 別乃世・望の監視兼補佐役として送り込まれるが、実質追放処分である。


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【悪魔】

 トリカラ・マイウー


 強欲を司る地獄の第六団に所属する悪魔。

 死霊を操る邪法を司り、結果として「魔神」誕生のきっかけを創ることとなった。

 別乃世・望を監視する任を受け外交員として送り込まれるが、実質左遷である。

 

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【天使】

 メンタイ・ハクマイナー


 唯一神に仕えていた元天使。

 別乃世に力を奪われ魔界に身を堕としたが、神への信仰は失われてはいない。

 力を取り戻し、天界へ還る日を夢見る。


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【ゾンビ・クィーン】

 阿波津・玲子


別乃世に噛まれることによりゾンビと化した残虐少女。

他人の生命を屁とも思わぬ性根から、自らも多くのゾンビを生み出した。

天使との戦いで魔界に堕ち、別乃世の屋敷で使用人として無理矢理働いている。

【悪魔祓い】

 シスター・カッドロゥ


天使メンタイ・ハクマイナーに仕える使徒。

秀でた身体能力に神霊術を組み合わせ、幾多の悪魔を葬り去ってきた。

阿波津・玲子に食われ、魔界に堕ちた今も従順に神への忠誠を誓っている。

【妖精王】

 ヘラクレイス・ダイヘルム


平和主義の妖精王国フェアリア・フォーレストの王。

重い甲冑を身に纏いながらも暴風魔法を駆使した飛翔方法で高速移動を可能とする。

拳で殴る派。酒と女をこよなく愛する道楽王。

【妖精女王】

 モルフォリア・インセクリーフ


妖精王国フェアリア・フォーレストの女王。

彼女が国を回していると言っても過言ではない。

沈着冷静・常識派。

【小妖精】

 エフェメロ・プテラ


専ら伝令に使われる手のひら大の小妖精。

色々と雑い。

【実況解説妖精】

    リーン・クリケット


フェアリア・フォーレスト闘技場の専業実況解説。

風鈴のように透き通った、非常に良い声の持ち主。

【兎型メイド】

 コニー・リトルキャーロット


フェアリア城で働く獣人メイド。

基本は人型で生活するが、激しい運動の際には兎娘と化す。

弟大好きっ子。

【お使い兎】

 バーニィ・リトルキャーロット


コニーの弟。

人間年齢に換算すると10歳前後。

真面目に仕事に取り組むが、何かしらの失敗はするタイプ。

【闇の精霊】

 クラインノウン・ナロゥフレイド


魔界のさらに深部に潜む闇の精霊・シェイドの末裔。

縁あってダイヘルムに忠誠を誓い、フェアリアの守護衛兵長を勤める。

騎士道精神に溢れる騎士の鑑のような淑女。

【ソードマスター】

 フィラデルフィア・ウォルザンパー


妖精王国建国初期の英雄の一人。

並ぶ者無き剣の達人と称され、その斬撃は空をも斬り裂く。

【ウィザード】

 サンディエゴ・ノウルーウィー


妖精王国建国初期の英雄の一人。

あらゆる魔術の祖と言われ、近代に残る数々の魔術の基礎を作った男。

【ナックルカイザー】

 ダラス・ガイナーズ


妖精王国建国初期の英雄の一人。

剣と魔法の入り乱れる戦乱の世を拳一つで渡り抜いた無手の拳王。

【古の卑しき魔王】

 コクオブラァ


妖精王国の王家にのみ伝えられし伝説の魔王。

英雄と並び称された4人の戦士達によりフェアリア・フォーレストの地に封印されていた。


その身は幾度滅ぼされようと蘇る、つまりは不死身である。

(フェアリア・フォーレスト女王、モルフォリア・インセクリーフ述)

【妖精国騎士団長】

  ヘイヤリッパー・ホワイトライン


  クラインノウンと双璧を成す、妖精王国攻めの要。

二刀を操る剣の達人。

忠義に厚く、すこぶる真面目。

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