Ⅷ.三度目

文字数 916文字

 一度目はA社の会社説明会だった。
「あ、落としましたよ」
 偶然、隣の席に座った彼女が落としたハンカチを拾って渡した。
「ありがとうございます」と微笑んだ彼女は、八重歯と片エクボがとてもチャーミングだった。
 二度目はB社の二次試験、グループワークだった。先のA社と同じ業種だったとはいえ、グループワークで同じグループに入ったことに運命を感じた。
「どなたか進行役をやられたい方はいますか?」
 グループワークがスタートするなり、そう問いかけた彼女は、周囲のライバル達が様子見していることを確認すると、「いらっしゃらないようなので、僭越ながら私が進行させて頂きます」と、自ら議事進行を買って出た。
 他の四人がそれぞれに意見を述べる中、適度な間隔で響く彼女の声を聞くだけで、心臓はトットットッと動きを早めていく。
 あっという間に、グループワークの時間は終わってしまった。自分が何を喋ったのか、全く覚えていない。もしかしたら、言葉を発することも忘れていたのかもしれない。
 後日、B社から『今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。』と丁寧なお祈りメールが届いたことは言うまでもない。
 三度目は今、まさに目の前に彼女がいる。グループ会社の新入社員が一同に会する、グループ合同入社式。
 右隣の席に座っている女性を横目でちらちらと確認する。前回会ったときより髪が長くなっているが間違いない。彼女を間違えるハズがない。
 壇上では、なんだか偉そうな人が喋っているのだが、心臓がバクバクと煩くて、全く耳に入ってこない。持ち主の意思を無視して暴れまわる、心臓への対処に追われているうちに、ありがたいお話も終わったようだ。
「それでは順番に移動してください」
 人事担当のアナウンスに従って、左側の通路へ向かう。
「あ、落としましたよ」
 後ろを振り向くと、彼女がハンカチを持って立っていた。
「ありがとうございます」
 そして、少しだけ息を吸う――落ち着け、心臓!!
「あの……これから宜しくお願いします!」
「はい、こちらこそ。一緒に頑張りましょうね」
 初めて会ったときと変わらない、八重歯と片エクボが、あのときよりも魅力的に見えた。
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