間幕 その日の図書館
文字数 1,285文字
あたしはカウンター当番の美帆(みほ)の邪魔をしながら、隣で英語の構文帖をやっていた。
つまんないなぁ…
ふと眼をあげる。目の前に貸し出しカードを入れておく箱があった。
あたしは腕を前にぐーっと突き出して伸びをした。
「でもさ、バカだよね」
「誰がですか?」
美帆も読んでいる文庫から目を離さずに返してきた。『海がきこえる』とある。
「んークラスの男ども。貸出カードからさ、恋が始まるって話あったでしょ」
「そんな話もありましたね。図書館から借りた本の貸出カードに同じ名前があって…って話ですよね」
「あんな恋したーいとか叫んでんの」
「そうですか。じゃあ貸出冊数が伸びていいですね」
「そうなんだけど、さ」
「? どうかしたんですか?」
「…美帆はどう想う?」
「物語としてはロマンティックでいいと思います。ですけど、現実にはご遠慮したいですね」
ぺら。とページをめくる音がする。
「そうだよねー」
あたしは自分の空色の貸出カードを取り出して見つめる。こっちは借りた本の書名だけだ。
ずいぶん本読んでるな。
東陵は新しいカードの度に色が変わる。
本からちらりと視線を挙げて、その色をみた美帆が呆れたように呟く。
「はるかさん…三枚目?」
「そだよ」
「はるかさんって、確か」
「皆まで言わないで良いからっ。それ以上はご勘弁を」
今日も数学の特別補習に出てきた後だったりする。
「あれってさー、結構問題だったりするんだよ」
「文字が汚くて読めないとかですか」
あいかわらず美帆は本から目を離さない。
「…まあ、読めないことには始まらないか。でも、美帆ってときどきすごいよね」
「そうですか?」
「もっと別の何かとかを考えない?フツー」
「たとえば?」
「そりゃあ、ね。ホラ、十七歳の乙女ならさ。ねぇ?」
「私はまだ十六ですけど」
「まあ、まずはペン字から。読んでもらえないことには始まらないよね」
「綺麗な字の方がポイントは高いですよね」
美帆は顔を上げた。申し訳なさそうに続ける。
「分かってたんですけど…個人情報や思想の問題ですよね。ストーカーとか」
「行きつくところは、そういうところかもね。本ってさ、基本的に好きな本しか読まないから、モロに出ちゃうんだよ。たまーにドラマなんかで刑事が訪ねてきて見せろって言って、あっさり司書が履歴見せたりしてるシーンがあるけど…あれは絶対にないんだ。美帆だって誰かに見られたら嫌でしょ?」
「あまり想像したことないですけど、気持ちは良くないですね」
「…それに、見つけちゃいけない名前を見つけてしまった時の衝撃はこの世のものとは…」
「はるかさん?」
「ん? 何でも無いよ?」
あたしは美帆のまっすぐな視線を受け止めきれず、視線をそらしてへへへ…と笑った。
つまんないなぁ…
ふと眼をあげる。目の前に貸し出しカードを入れておく箱があった。
あたしは腕を前にぐーっと突き出して伸びをした。
「でもさ、バカだよね」
「誰がですか?」
美帆も読んでいる文庫から目を離さずに返してきた。『海がきこえる』とある。
「んークラスの男ども。貸出カードからさ、恋が始まるって話あったでしょ」
「そんな話もありましたね。図書館から借りた本の貸出カードに同じ名前があって…って話ですよね」
「あんな恋したーいとか叫んでんの」
「そうですか。じゃあ貸出冊数が伸びていいですね」
「そうなんだけど、さ」
「? どうかしたんですか?」
「…美帆はどう想う?」
「物語としてはロマンティックでいいと思います。ですけど、現実にはご遠慮したいですね」
ぺら。とページをめくる音がする。
「そうだよねー」
あたしは自分の空色の貸出カードを取り出して見つめる。こっちは借りた本の書名だけだ。
ずいぶん本読んでるな。
東陵は新しいカードの度に色が変わる。
本からちらりと視線を挙げて、その色をみた美帆が呆れたように呟く。
「はるかさん…三枚目?」
「そだよ」
「はるかさんって、確か」
「皆まで言わないで良いからっ。それ以上はご勘弁を」
今日も数学の特別補習に出てきた後だったりする。
「あれってさー、結構問題だったりするんだよ」
「文字が汚くて読めないとかですか」
あいかわらず美帆は本から目を離さない。
「…まあ、読めないことには始まらないか。でも、美帆ってときどきすごいよね」
「そうですか?」
「もっと別の何かとかを考えない?フツー」
「たとえば?」
「そりゃあ、ね。ホラ、十七歳の乙女ならさ。ねぇ?」
「私はまだ十六ですけど」
「まあ、まずはペン字から。読んでもらえないことには始まらないよね」
「綺麗な字の方がポイントは高いですよね」
美帆は顔を上げた。申し訳なさそうに続ける。
「分かってたんですけど…個人情報や思想の問題ですよね。ストーカーとか」
「行きつくところは、そういうところかもね。本ってさ、基本的に好きな本しか読まないから、モロに出ちゃうんだよ。たまーにドラマなんかで刑事が訪ねてきて見せろって言って、あっさり司書が履歴見せたりしてるシーンがあるけど…あれは絶対にないんだ。美帆だって誰かに見られたら嫌でしょ?」
「あまり想像したことないですけど、気持ちは良くないですね」
「…それに、見つけちゃいけない名前を見つけてしまった時の衝撃はこの世のものとは…」
「はるかさん?」
「ん? 何でも無いよ?」
あたしは美帆のまっすぐな視線を受け止めきれず、視線をそらしてへへへ…と笑った。