第14話  二度目の家裁審判

文字数 2,349文字

 2月14日、ついに二度目となる家庭裁判所の監護者指定審判が下された。ちょうど達也が花沢の事務所を、監護者指定申立と同時進行で進められていた離婚訴訟の口頭弁論に向けた打ち合わせのために訪れていたところに審判文が届いた。
 この口頭弁論に備えた準備打合せも、裁判を進めるうえでは重要である。相手弁護士から想定外の質問をされたらどのように答えるか。ここが弁護士の腕の見せどころとばかり、こちらが返答に窮するような質問をしてくることは当然予想される。これに対して返答がしどろもどろだったり、逆に余計な事をしゃべりすぎたりすると裁判官に悪い心証を与え不利な材料となってしまうことになる。
 それ故に依頼弁護士とは入念な打ち合わせが必要なのであるが、審判文が届いたその日はそれどころではなかった。結論は解っていたはずの審判の主文を読み進めるうちに達也は動揺した。
「未成年者、大滝麻奈美の監護者を申立人と定める。」
 花沢もそれ以上の打合せを諦め、今後の方針をどうするかに話題を移した。
「再度、高裁に抗告するか、あるいは審判を受け入れるのか、今日から二週間以内に態度を決めないとね。」
 だがその花沢は来週から出張で留守にするという。達也の腹は決まっていたので、
「先生は忙しそうなので、今回は自分で高裁への抗告をしてみたいと思っています。」
 遠慮がちに言ってみた。すると花沢は、
「そうしてもらえば、私は助かるけど。」
あっさりと了承した。
 家に戻った達也は直ちに刈谷の事務所に電話を入れ、打合せのアポをとる。抗告できる期限が迫っていることもあるが、それ以上にこの追い詰められた状況の中、一日たりとも一人で悩むことは辛かったのである。

 打合せ当日、事務所で刈谷と向き合った達也は切り出した。
「家裁での審判が予想していた通りの結果でしたので、かねてからお話していたように先生に即時抗告申立手続きをお願いしたいと思います。」
 必要な資料のコピーはすべて渡してあり、余計な説明は必要ないはずである。
刈谷は、二冊分に綴じられた分厚いファイルをめくりながら、抗告に必要な資料のみを手際よく選り分けていった。
 その作業を進めながら、資料には載っていない、または詳細が不明なため確認できていない事柄について、達也に質問を始める。
 三年前、エリカの家出のきっかけとなった騒動の具体的な様子。エリカが結婚して来日後、日本からフィリピンに送金することを達也は了承していたのか。
 二回目の調査官の家庭調査の時、母親のマサ子が面談に応じなかった理由などについて次々と聴き取り、それらをメモしていった。
 およそ二時間、たっぷりと時間を取って必要な資料についての確認を終えた刈谷は達也に向き直って訊ねた。
「ひとつ気になったのは、大滝さんの日記が何の手も加えられないまま、証拠資料として裁判所に提出されてしまっていることです。
 かなり感情的な表現も含まれていて、それが相手側からの反論で格好の標的にされているような印象を受けたのですが、裁判所に提出する前に花沢先生と内容についての精査はなさらなかったのですか?」
「そのような打合せはありませんでした。ただ、私が書いたのはすべて事実に基づいています。」
「事実かどうかよりも、裁判官に与えた心証がどうだったかということです。まあ、今さら言ってみても仕方のないことですが。」
と問答を結んだうえで刈谷は、
「結果について過度な期待を持たれても困るのですが、この事案を正式にお受けしたいと思います。来週中には素案をつくってメールで送りますので、それを見ていただいたうえでまた打ち合わせしていきましょう。」
 メールでやり取りできるのは有難いと達也は思った。今までは、パソコンに疎い花沢とのやり取りはすべて電話と郵送のみであり、達也の陳述書をメールで送るときでも一旦、事務員がパソコンで開いてプリントしたものを花沢が読むという、なんともまどろっこしいやり方しかなかったのである。

 刈谷とメールで何回か素案のやり取りをした結果、最終的に高裁に提出する即時抗告申立書の内容が固まった。
 それは一〇頁にも及ぶ枚数で、宮本が書いた審判文の矛盾点を鋭く突き、母子関係優先の、いわば審判の骨子となる認定根拠をほぼ完璧に論破していると感心するほどの説得力ある文調だった。
 それでも達也は刈谷の書いた理路整然とした申立書のほかに父親としての心情を訴えるような陳述書も添付したらどうかと提案したが、刈谷は、あまり多くのものを出しすぎるとかえって焦点がぼけてしまうことにもなりかねないので要らないという。
 なるほど、高裁の裁判官も多くの事案を抱え、限られた時間の中で資料を読み、その内容が抗告に値するものかどうかを判断しなければならない。読まされるものがあまりにも多すぎると裁判官も人の子、うんざりしてしまうこともあるだろう。
 それに一回目の抗告で、高裁は決定を下すまで三ヶ月もの時間をかけ、これまでの家裁における審理の過程で双方から出された資料をつぶさに読んでいるはずである。
「父親としての心情は十分、伝わっていると思いますよ。」
と言ってくれた刈谷に任せることに決めた。
 だが、その時の達也には、仙台高等裁判所民事部の組織が第一から第三まで分かれていて、所属の裁判官もそれぞれ独立した立場で判断し、相互に連携することはないなどとは思いもよらないことであった。

 こうして、二度目となる即時抗告申立書は提出された。
 その同じ時期、家裁審判で監護者指定のお墨付きを得たエリカは、金谷の指示のもと別居のためのアパート賃貸借契約を交わし、既に麻奈美の住民票異動も済ませていた。そのまま何も起こらなければ三月中には別居を強行していた、はずであった。
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