ガイキチ

エピソード文字数 2,292文字

【タイトルおよびクレジット】

 黒の地に赤く、血の滴る文字が浮かびあがる。


 フェイドイン

【室内――寝室、朝】

 真上からのアングル。ガイキチはベットに横たわり、煙草のヤニで変色した天井を見つめている。黒髪の醜男、長身、ビール腹。ピンクのブリーフをはいていて、腕には〈奇〉の刺青。この部屋には時計がない。

 ガラケーの目覚ましアラームが鳴る。彼が寝ぼけ眼のまま、バイブ音をとめる時、テーブルに散乱した頭痛薬が見える。

 部屋はひどく散らかっている。windows98のデスクトップのパソコンには、ゲーム用のコントローラーがUSB端子に接続されており、ボクサーズロードのディスクはハードディスクの上に置かれたままだ。カメラが水平方向の動きによる大写しのショットがその一部を捉える。一方の壁には巨大な日めくりカレンダー、彼はそれをビリッと破り、クシャクシャにまるめる。いまは六月上旬。

 ガイキチが、白い長袖シャツを着て黒いジーンズを穿く。彼は愛用のノート型パソコンを起動する。彼はキーボードについた埃に目をとめ、念入りにそれをティッシュで拭く。


 彼は黒縁の眼鏡をかける。

 お気に入りのアダルトサイトにアクセス。そこには大量の無料動画が閲覧できる。彼はフェティシズムの動画しか興味がない。思わす勃起し、慌てながらジーンズのジッパーを全開にする。一服した後、ジッパーを閉ざす。


 ガイキチは一日の準備を終える。

【屋内――玄関前】

 ガイキチは玄関のドアに鍵をかけながら、両手にひとつずつ牛乳を持った牛乳配達員がこっちにやってくるのを見ている。ガイキチは外に出てラジオ体操をはじめる。

「一番おいしい牛乳を持ってきたかい、旦那」
「一番おいしい牛乳を持ってきたかい、旦那」
「一番おいしい牛乳を持ってきたかい、旦那」

 口撃開始。

 男は呆れた顔で、牛乳をガイキチに手渡す。

「両手を添えて渡さんかい!」ガイキチはブチギレる。

 ガイキチは牛乳を飲みながら、街路へと向かう。

【屋外――街路】

 街路を歩いていると、可愛らしいレスリング少女が、白いヘッドギアを被ったままランニングしている。ガイキチはボーイッシュな彼女を見て、はぁはぁしながら勃起する。

「ねえ、ねえ、そこのお嬢ちゃん。ぼくを軽々と持ちあげてアルゼンチン・バックブリーカーをかけてくれやしないか!」と叫ぶ。

「きゃあああぁぁぁ! 怖い!!」少女は全力疾走で駆け抜ける。

 ガイキチはにやっと笑い、こんど彼女を尾行することを決意する。飲み干した牛乳瓶を路上に叩きつける。

【屋内――デパートのロビー】

 ガイキチはオープンしたばかりのデパートのロビーを肩で風を切って歩く。

「いらっしゃいませ」店員ひとりひとりが深々とお辞儀をする。「いらっしゃいませ」

「ご苦労」

 ガイキチはご満悦の表情で、にんまりと微笑む。天皇陛下のように上品に手を振る。イライラしている店員の顔を覗き込んで、「おい、貴様――もしかして、おれ様の美しい顔を、殴りてえのかぁ?」と毒づく。


 ガイキチはロビーを抜け、がらんとしたエレヴェーターに入る。彼に続いて、ブサイクな男の子とドブスの女の子が乗り込む。ドアが閉じ、表示ボタンの階数がゆっくりと上昇していく。

「ちょっと、ちょっと、そこの坊や。すっ、すまないがお兄さんの指を引っ張ってくれやしないか?」と尋ねる。

 彼がおそるおそる指を引っ張ったつぎの瞬間、ガイキチは強烈なすかしっ屁をたれる。

【屋内――最上階】

 ブザーが鳴り、ドアが開く。ガイキチは後ろに目もくれず出て行く。子供たちがゲホゲホとむせ返っている。

 ガイキチは〈屋上〉と表示された、鉄柵の向こうに消える。

【屋外――屋上】

 ガイキチはビルの屋上の床に両足を踏ん張り、路上を歩いている禿()げ頭のクソ(じじ)いに照準を合わせる。

「かあああぁぁぁーぺっ、んたあーず」

 痰唾がみごとに命中。
 ガイキチは腹を抱えて笑い転げる。
 危うくガイキチは屋上から転落しそうになる。

【屋外――街路】

 ガイキチが紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら歩いていると、ドナルド・マクドナルドがベンチに腰掛けていた。

 カメラがゆっくりとガイキチに近づく。
 唇がクローズアップする。

「この世はふわふわだよ、ペニーワイズ」

【室内――寝室】

 真上からのアングル。
 彼は白いベットの上で眠っている。
 カメラがゆっくりとガイキチに近づく。

「なんだ夢か……」彼は目覚めた。

 音楽が流れる――『月食仮面』たまの最高傑作。
 彼は心地よくハミングする。

【屋内――便所】

 彼は小便をする。
 トイレのレバーハンドルを回す。
 手持ちカメラの幻想的な揺れ動くアングルとなる。

【屋内――寝室】

 とつぜん音楽が一時停止。
 数秒間の沈黙。
 ガイキチのクローズアップ。

「――かまってくれやしないか」

 彼がにやりと笑う。
 音楽が再開する。

【屋外――街路――デパート】

 パトカーと救急車が物凄いスピードで通り過ぎる。赤い回転灯がグルグル回っている。

【屋上――街路】

 路上に脳みそをぶちまけて、血まみれのガイキチが長々と横たわっている。

【屋内――寝室】

 ガイキチの微笑んだ顔にカメラがパンし、満月が極端な大写しとなる。

 音楽が終わる――「おかしな子供が まねをしていたのです」


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