第2話
文字数 1,967文字
「……あ、父様だ」
寝ぼけ
「どうした? 起こしてしまったか?」
「母様、まだかなって。ねえ、母様はまだ?」
そんな事を言いながら、吸い込まれるように眠ってしまう。
津々と降り積もる雪は、全てを包み込むようだった。寒さに凍えずに済んでいるのは、親子の周りだけ雪が降り積もらないから。
(……いずれ、教えねばな。母は……あれは、もうこの世にはいない、と……)
墓石代わりの常緑樹の苗を前に、深く息を吐いた。
そして、誰に聞かせるでもなく、呟く。
「あれは誇り高き女だった。震える体に勇敢な魂を宿した、最高の女だった。人のまま、最期まで人のまま、この私に添うた。……竜たる、この私に。誇れ。お前は、その誇り高き女の血を継いでいるのだから――」
本当は復讐を果しても良かった。
妻を人質にしてまでも、竜の力を手にしようとした愚か者共。息子の手前さえなければ――あの程度の勇者の武具の模造品など、何者ぞする……!
しかし、愚か者共にも、彼らなりの切羽詰まった事情が在った、とは、もう解っている。
彼らが愚かな手段を選択し、悲しむべき愚かな結末を導きさえしなければ――厚意を掛けてやっても、良かっただろう。
けれど、遅すぎた。妻は、二度と帰らない。還らない。あの世にも――この世にも。
だから、許すつもりなど、無かった。初めから。許すつもりがないからこそ、釘を刺した。
初めから解っていた。その身に取り込んだ竜の血が愚か者共を破滅に導くことは。
「王たるに相応しくなき、その時は――〈力〉が、貴様を滅ぼす!」
理解できていたかは、知らない。知った所で、どうにもならない。慈悲を施すつもりは無いのだから。
「……ん、……母様……」
寝返りを打つ息子の
息子は――妻が命を賭して守り抜いた一粒種は、何も知らずに眠っている。
せめて、ただ
なのに。
「……一体、何の因果が在って、こうなったと――?」
男はため息をついた。
妻の墓前で復讐の終わりを報告したあの日から数十年後。息子が、結婚を真剣に考えているという娘を連れて来た。
そこまではいい。問題は、その娘の氏素性だった。
妻を死に至らしめた愚か者――ライドという名だった、の、血縁を連れて来るとは何事か!?
息子の半分は人間。伴侶を人間から選ぶのは構わないとしても、あの血統から選んでこなくてもいいのではないか、と思う。
そして、未だに恨みに思う自身の性根に苦笑させられる。
「父さん! 彼女が――」
「帰れ!!」
「――あ、あの! 初めまして!! 私は――」
……人間にしては剛胆な方だろうか。不機嫌な私の周囲には、魔力の火の粉が飛び交っている。それに気が付いてないはずは無いだろうに……。いや、あれは単にマイペースなだけかもしれない。
そして、半ば以上自分の敗北が決められているだろうことも察してしまった。
婚礼の日の前後の妻とよく似た、初々しい華やかさを彼女は
いくばくかの会話のあと、認めるしかなくなった。彼女は愚劣だったあの男とは異なるのだ、と。
(問うべきは問わねばならないが、それでも――そう、両者が決断し、願うならば……仕方がないだろうな)
健やかに育った息子に願うことは、もう、幸せであってくれること以外に無い。
息子と私は同じ長さの時を生きることは叶わない。
そして。
「それでね、父さん。結婚とは別に、もう一つ相談が有るんだ」
「?」
その内容を聞いて、呆れた。後悔すら木っ端微塵にする驚きが待っていた。
全力で叫びたかった。
一体、何の因果が在って、こうなった――!! と。
あの、破滅で終わったお伽話とその真実を知って尚、竜の力の精髄――竜の血を欲する人間共がまたもや我が前に現れたのだから。
だが、
けれど、耳を傾けないわけにもいかないだろう。あの時の、屑と呼んでもいい、愚劣な連中とは違い、きちんと礼節を守って会いに来たのだから。
……それが信用に値する保証とはならないのが玉に
同じ
その為だけに、男は綺麗に内心を押し隠して、話に耳を傾けた。
◇華燭の因縁 了◇