第191話 熱狂

文字数 2,077文字

 星の大釜の底という舞台の中心に立つユウトの姿を誰もが目にする。そして声が巻き起こった。ゴブリン殲滅ギルド、調査騎士団、大工房に所属する面々が中心となりユウトを称えるように声を張り上げる。その声の方向は物見矢倉を向いていた。

 戦士達の力強い声に背中を押されるようにして物見矢倉から見ていて人々に安堵の溜息と喜びの笑顔が現れ始める。それは次第に勢いを増し、歓喜を経て、熱狂へと変わっていった。

 ユウトは心臓の脈打つ音と激しい呼吸の中で遠く鳴り響く声を聞く。ふらつく身体とめまいの中、ここで無様に倒れるわけにはいかないと必死に耐えていた。そこに駆け寄ってくる数人の人影がある。それはディゼル、ノエン、デイタスの三人だった。さらに後方からはヨーレンとカーレンも大釜の斜面を下って来ている。ユウトは思考の中でヴァルへと語りかけた。

「もう、いいだろう。ヴァル、手をおろしてくれ」

 ディゼル達三人がユウトの元に集まって視線が遮られ、鉄の巨人は腕を下ろた。

 そしてユウトはようやく崩れるようにヴァルの本体の上に座り込む。ディゼル達が伸ばした手と身体を起こしたヴァルに支えられ、体制を整えた。

「ユウト!怪我や不調はないか?」

 デイタスはユウトのすぐ前へと近づいてしゃがみ込み、ユウトの身体の様子を確認しながら緊張感のある声で尋ねる。

「あぁ・・・なんとか・・・はぁ・・・うんっ、大丈夫・・・だ」

 ユウトは荒い呼吸のまま途切れ途切れに言葉を返した。

「見事だった。ユウトは役割を十分果たしたよ」

 ディゼルが兜を外し、力強くううなづきながらユウトへ声をかける。ディゼルの隣、一歩下がったところでノエンも大きくうなずいた。

 ユウトはようやくそこで一つの安心を得て笑顔が漏れ、うつむいてうなだれる。そして何度か切れる息で呼吸を続けると、一度大きく息を吸って長く吐き出し顔を上げた。

「まだ、やり残したことがあるんだ・・・ヴァル、大魔獣の近くへ運んでくれないか」
「了解シタ」

 ヴァルはユウトを乗せたまま浮き上がる。デイタスも立ち上がり数歩下がりながら心配そうにさらに尋ねる。

「もうすぐヨーレンや救護も到着するが。今でないとならないのか?」

 ユウトはデイタスを見上げながら少しでも安心させようと笑顔を見せて答えた。

「そうなんだ・・・少しでも急ぎたい用があってな」

 ユウトが答えると同時にユウトを乗せたヴァルは鉄の人型から離れ移動を始める。星の大釜の奥の方、飛び散って黒毛と化した大魔獣の残骸に向け、ヴァルは速度を上げた。



 歓声のざわめきと高揚感が物見矢倉全体を包み込んでいる。そんな舞い上がる人々の中にあってマレイとドゥーセンの周りだけが静かに風が通り抜けていた。

 横に並んで星の大釜を見下ろす二人。先に動いたのはドゥーセンだった。

 振り向いて二歩、三歩と歩みを進めたドゥーセンにマレイは半身で振り向き声をかける。

「もう、行ってしまわれるのですか?」

 マレイの声に感情はなく、ただ確認をとるだけの形式ばったものだった。

 ドゥーセンはその問いに足を止め、振り向き答える。

「ええ、これからたいへん、忙しくなることでしょう。私もあなたも」

 そう答えたドゥーセンの瞳には隠そうとして漏れ出た不機嫌さを滲ませていた。

「調査騎士団は決戦の疲労もあることでしょう。護衛に付くにはいささか支障もあるはず。数日滞在されてはいかがですか?」

 投げかけられる視線をまったく意に介す様子もなくマレイは尋ねる。

 ドゥーセンは一度目を閉じ小さな溜息をついて口を開いた。

「ゴブリンの殲滅は大工房執政官の責任をもって、保証するのでしょう?」
「はい、もちろんです。そのように認識ください」
「ならば、調査騎士団を待たずとも問題はありません。ゴブリンが現れないのであれば街道の安全に男女の区別はないのですから。近衛騎士団でことたりますよ。それでは失礼しますね」

 そう言って温和な笑顔を浮かべるとドゥーセンは再び歩み始める。

「では近々、中央にてまたお会いしましょう、政務官」

 マレイは階段を降りていくドゥーセンの背中に声を掛け、その場から見送った。

 そしてドゥーセンのお付きたちが去ると、マレイの元にラーラが近づいて立ち止まる。マレイはドゥーセンが去っていった階段を眺めてふん、と鼻を鳴らし首元の襟をぐいと引っ張って緩めた。

 ラーラに目をやり、うっすらと笑みを浮かべて話始める。

「さすがだよ、あの中央政務官」
「では・・・こちらの思惑は」
「ああ、おおよそすべて予見されたと思っていいだろうな。だが、先手はこちらがとった。ここからは私ら裏方の本番だ。頼むぞラーラ」
「はい。手筈通りに進めます」

 ラーラは軽く会釈をするとその場から離れた。

 後方に控えていた大工房の職員の元に駆け寄り短く会話をして何人かを連れて物見矢倉から去っていく。マレイは一人、振り返って星の大釜の底を覗いた。

「まったく、よくやってくれたものだ」

 そうつぶやいてマレイは緩めた正装の首元の襟を締めなおす。そして熱狂渦巻く物見を一度見渡し、マレイはその場を後にした。
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