その68

文字数 646文字

情に訴える作戦だ。

「そうですか・・・こまったな・・・。社長から、大事な取引先様の担当者さんが入院しているから、見舞いに行って来いと言われてまして・・・。」
と、そこまでいいチラッと女性を見ると、親身に聞いてはくれている。

もうひと押しで流されてくれそうな感じに見えた。

「規則は規則でして・・・。」
申し訳ありませんと続きそうになったところにわざと言葉を被せて

「これ、名刺です。このまま帰ると、上のものに叱られてしまうので、そこのところなんとか・・・。」
と言って食い下がった。

その女性が視線を僕から外す。

もうひとりの女性はまだおじいさんの対応中だ。
少し逡巡し、
「それでは、お名刺もありますので、特別・・・。」

「すみません、ありがとうございます。」

僕は、この流れをどこかで俯瞰的に見てて、こういう才能あったんだな・・・と自分に対して、面白くなってきた。

もし、次、転職する機会があったら、なにか違う自分を出せる仕事も良いかもしれないと考えていた。

ちょっと騙してしまったので、申し訳ないとも思いつつ、教えてもらった部屋まで向かった。

空気の入れ替えなのだろうか、ほとんどの部屋のドアが開けられていて、結構な人が出入りしている。

通路で歩く練習をしていたり、お見舞いの付添いの子どもらしい子が通路でなにかしていた。

別の病室から話し声や笑い声も聞こえる。

病気や怪我が治り、誰かが元気になることは良いことだ。

彼に嫌われている僕が見舞いに来たことを知り、悪態つきながらも少しでも元気になるなら、ヒールもいいように思う。
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登場人物紹介

江尻甫(えじりはじめ)・・・このストーリーの主人公。都内の会社でSEとして働いている。ある日、警察から事情聴取を受ける。

浅霧・・・警視庁の刑事。少し風変わりだが優秀。自分の気に入った事件にはものすごく集中して動く。

結城・・・警視庁の刑事。浅霧の同僚。

御幸・・・なんでも屋。浅霧の大学の同級生。違法行為も行う。

三井・・・所轄の新人刑事

高橋・・・浅霧行きつけの喫茶店のマスター

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