§01 11/24 今日は厄日だ……(3)

文字数 3,636文字

 学校を出たのは六時半、案の定、茉央と一緒になった。平木と瀬尾もいるもので、同じ車両に乗せられた。が、平木と瀬尾はすぐに乗り換えてしまった。……仕方がない。ひとまず報告すべき事項を終わらせておこう。
「大迫と話したぞ」
「え、もお? 

は仕事が早いねえ」
「すぐにシロタの影は消えるんじゃねえの」
「うん、ありがとう。――ねえねえ、瑠衣ちゃんになんか頼まれごとしてた?」
「気味が悪いほど勘がいいよな、おまえって」
「最近ちょっと悩んでたっぽかったから。

が力になれそうな話?」
「俺はただ紀平と繋いでほしいって頼まれただけ」
「ああ、やっぱりそういう系の話かあ。瑠衣ちゃん真面目だからねえ。真面目な人って物事を真面目に考えちゃうんだよねえ」
「それ反対じゃね? 物事を真面目に考えるやつを真面目な人間て呼ぶんだろう」
「違うよ。真面目な人だから真面目に考えちゃうんだよ」
「まあどっちでもいいけどさ、あの二人ってまったく面識ないの?」
「あるよ。由惟さんと一緒に何回かお昼食べてるよ」
 あ、そういや平木も関係してるんだっけ。なんか今日は朝から晩まで佐藤由惟が登場してくるな。
「でも彩ちゃんがいない時ってけっこう大勢だし、真面目な話する空気でもないし、改まって声かけるの難しいよね。

が紀平さんと仲いいならちょうどいいと思うな」
「あれ? もしかして平木、俺がその場に同席すると思ってる?」
「もちろんだよ。瑠衣ちゃん人見知り激しいから、

いてあげないと可哀そう」
「平木と紀平のあいだに? 俺が? なんか酷いことになったなあ……」
 俺はそっと周囲を見回してみた。幸いにも車両の端にいて、俺が連結部分を背中にし、茉央の向こう側は視界がいい。連結部分の扉はいずれも閉じており、開けば地下を走行中でも気づかないことはない。シロタの顔は思い出せないが(部活中に目にしてはいるはずである)、おかしな動きをする高校生が現れれば、身構える余裕はありそうだ。
 悪いことは重なるものだと言われているわけだから、用心するに越したことはない。きっと今日はまだ続きがある。まだ七時前だ。マンションに入ってしまえば物理的な危険は消えるはずだが、よくない話を聴かされる可能性までは減じない。とは言え、ひとまず今は茉央と一緒に無事マンションに辿り着くことを最優先事項に定めよう。大迫があの後さっそくシロタになにごとか囁いたかもしれないわけだから。
 最寄り駅に降りるとエスカレーターと階段は俺が先に上がり、歩道では俺が壁側に沿って歩き、常に前後に気を配りながら無事エントランスホールに入った。自動ドアが閉まり、エレベーターの扉が閉まると、そこでようやく気を抜くことができた。むろんシロタが俺の背中に襲いかかってくるなんて、大真面目に考えてはいなかったが。
「土日どっちか数学見てもらってもいい?」
「いいよ」
「土日どっちでもいい?」
「どっちでもいい」
「じゃあ、日曜の午前中にしようかな。それまでに怪しいとこ拾っとく」
「オーケー。日曜の朝な」
 念のため、廊下の奥で茉央がドアを開け閉めするまでを見届けてから、俺も自宅に入った。両親はまだ帰宅しておらず、姉がリビングのカーペットの上でテレビを(デバイスとしてはテレビだがコンテンツとしてはYouTubeを)、ポテロングを齧りながら眺めていた。聞けば、今日の講義はオンラインで、大学には行かなかったらしい。
「お母さんな、八時ちょっと過ぎるみたいやで」
「あ、そうなの?」
「肉まんでも食ってろ、て言うてはったわ」
「肉まんがあるのか」
「冷凍やよ」
 冷蔵の扉を開こうとしていた手を制止された。が、姉は背中を向けている。従って、俺が間違えそうになったところを咎めたのではなく、単にひとつ前の発言の流れから格納場所を示したに過ぎないのだろう。とは言え、見えてるのか…?との疑念は拭い切れない。我が家だけの事象なのか、他家(よそ)にもやはり同様の事例が見られるのか、姉とのやり取りには、特殊能力の存在を疑わせる場面が数多くある。――レンジで温めた肉まんを手に自室に入った。ひとまず今日はひたすら生物をやろう。飽きがこないうちに生物を叩き込む。
 二十時半から三十分ほどのインターバル(晩飯のことだ)を挟み、この日五回目になる生物の教科書の素読(叩き込み)の最中に電話が鳴った。それもしつこく鳴り続けるので、無視するわけにもいかず、無視しようにも気になってしょうがないので(電源から切っておけばよかったよ)、応答するほかになかった。どうせ厄日を締め括るにふさわしい、ロクでもない電話であることは想像できたのだ。

、どうしよう!?
「今度はなんだよ?」
「いま城田くんから告られた! 明日また直接聞くことになっちゃった!」
「なんでシロタが茉央の連絡先知ってる?」
「こないだ瀬尾くんの送別会のとき交換したんだよ」
 アホだ……。こいつもう今世紀のアジアを代表するクラスのアホだ……。
「そうか。じゃあもうひとつ教えてくれ。なんで俺に電話してくる?」

、ちょっと手伝ってくれない?」
「自分でやれ!」
 そうは言っても、プツンと切られてしまった電話に速攻その場で再接続を試みるほど、茉央もバカではない。電話を切られてしまったのは、俺がブチ切れたせいであることを、さすがに理解する。同時に、俺がブチ切れた原因を己が用意したらしいことも併せて。
 さて……次の動きはどこからくる? シロタは恐らく満足して、たとえば今さっきの成果を大迫に報告するような真似はしないだろう。それはシロタがバカではないからではなく(そこは知らない)、大いに充足し落ち着いてしまったところだからである。そして言うまでもなく落ち着かないのは茉央のほうであり、となれば――ああ、やっぱりか……。
「どうしてすぐに出ないの?」
「あまりに事がテンプレ通りに運んだもんでね」
「待ってたならすぐに出なさいよ」
「間違っても待ってなどいない」
「――悟朗、なんとかしてあげて」
「嫌だね」
「いつも上手くやってくれるじゃない」
「いいや、断る」
「ほっといたら茉央はまたずるずると――」
「だからだ! 金輪際こんな役回りは願い下げだ」
「茉央がまたおかしくなってもいいの?」
「ああ、少なくとも俺は困らないぞ」
「悟朗が困らないわけないでしょうが」
「瀬尾と大迫に処理させろよ。もともと男バレが蒔いた種だ、男バレで摘み取るのが筋だ。そうだろう?」
「男バレじゃ無理なの。大迫はもちろんだけど、瀬尾にはその資格がないから」
「意味がわからん」
「だから、茉央はいつもみたいに、好きな人がいるから…て言ったみたいで」
 手伝ってくれ…と茉央が言ったのは、そういう意味だったのか。俺は血が逆流して、危うくスマホを投げつけそうになった。が、平木が相手である以上、一方的に通話を断ち切るわけにはいかない。が、平木のほうでも俺がそうしないのを承知して進めてくる。今さっき茉央の電話をブチ切ったばかりでもあり、今度はそんなことはしないと読み切っている。まったく、やりにくい相手だ。
「当て馬ならいくらでも手当てできるんじゃねえの? 吹雪茉央の恋人役募集!て流せばわんさか集まってくるぜ。それこそシロタがぐうの音も出ないような男が見つかる」
「見映えの問題じゃなくて、ちゃんと強いオスが出てこないとダメなんだって。だからいつも悟朗にお願いしてきたんじゃない。いつもあっさり引き下がったでしょ?」
「あいにく俺はしがない卓球部員でね。惨敗した男バレとは格が違うんだよ」
「そういうつまらない話を蹴っ飛ばしてくれる男じゃないと意味がないの。――ねえ、悟朗、なんでヘソ曲げてるわけ? なにか交換条件が欲しい? 私が童貞もらってあげればやってくれる? 悟朗がいいならそれでもオーケーよ」
「話をややこしくするな。……ああ、もお、わかったよ。その代わり後始末はちゃんとしろよな。シロタに付け狙われるなんて御免だぜ」
「ありがと! 私ほんとに悟朗のこと好きになっちゃおうかな」
「そいつはきちんと茉央に仁義を切ってからにしてくれ」
「んふふ。――ほらね? 悟朗には茉央を放り出すことなんてできないでしょ?」
 なるほど、今日は正真正銘、我が人生最大の厄日だ。たかだか十七年で「人生」なんて言葉を持ち出すのは面映ゆいばかりだが、事実そうなのだからしょうがない。そうは言っても十七年くらい生きてくれば、過去を分節化して評価することもできるし、未来を分節化して期待することもできる。それくらいできるようになって当然だ。
 ……などと、大見得を切ってみたところで、そこからなにも学習できない己のふがいなさには、落胆するよりほかにない。またぞろ茉央の後始末を押しつけられたわけか。おい、平木、この俺が「強いオス」だって? まったく冗談じゃないよ。腹いせに平木に迫ってみるかね? いやいや、平木はマズい。今度は茉央がブチ切れるよ。
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