【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第15話「蒸気急行」

エピソードの総文字数=5,495文字

 あつもりの部屋に着くと、ベッドには小学校3~4年生くらいの見知らぬ少女が横たわっていた。
あつもりさんっすよ

 枕元に置いてある脱ぎ捨てられたクマの着ぐるみを指し示してケンタが言う。

 身長130cmほど、Tシャツに半ズボンと言う姿のその少女が、クマの着ぐるみを脱いだあつもりの姿だった。

あつもりさんよく居眠りするし、見た目着ぐるみで全然気づかなかったんだ……。たぶん、今朝から何度も気を失っていたんだと思う
しかたがないですよ。今日は皆一日中、メールと意識を失った人の対応で……忙しかったから

 朝からずっと一緒に居たカグツチが、気づけなかった自分を責めるようにつぶやく。

 今のあつもりの状況から見て、朝にもえが食事を持ってきた時にはすでに最初の症状は始まっていたはずだ。

 その後も何度か連絡に来ているもえも気付かなかったのだから、自分も同罪だともえは思った。


 ジリジリとした気持ちであつもりが気がつくのを待つ。

 次にあつもりが気づいたのは午前4時を回った頃だった。

もえ・・(ザザッ)だ……(ザ、ザザッ)クマ

 あつもりの声はノイズ混じりでよく聞き取れない。

 それでも声が出ただけ良かったのか、その後は唇が動いてはいるものの全く声が聞こえなくなった。

 体の自由もあまりきかない様子で、ゆっくりと動いたかと思えば急にガクンと加速したりする。

 それは今までに見たことのない症状だった。

あ(ザッ)あーあー、おお、調子がもどったクマ

 自分の両手をまじまじと見つめ、着ぐるみを着ていない事に気付いたあつもりの顔からサーッと血の気が引く。

 慌てて着ぐるみを着ようとするあつもりをもえが抱きとめ、二人は絡まるようにしてベッドに転がった。

ひゃあああ、恥ずかしいクマぁぁ!
顔が見えないと様子がわからないの! お願いだから我慢して! クマちゃん!
 ジタバタと暴れるあつもりだったが、身体を投げ出してそれを抑えるもえに泣いて頼まれると、さすがの彼も着ぐるみは我慢することにしたようだった。
まず言っておくが、ボクはロリ(ザザッ)クマ。いやいや、ロリではないクマ。ただ実装前の子供アバター設定を試してみただけだクマ
着ぐるみ脱いでも語尾は変わらないんっすね
すでにこの語尾はボクのアイデンティティだクマ
そんなことより、どうして今まで黙ってたんですか?!

 ツッコミを入れるケンタにドヤ顔の小学生が応える。

 まだ泣いているもえが、ベッドの上であつもりを抱きしめたまま問いただした。

いま(ザザザッ)……、今はわりと調子いいけど、午後からずっと調子悪いクマ。回線か……たぶ(ザザッ)……たぶんワイヤレスのコントローラーとヘッドセットの不調だクマ。あ、そう言えば充電が切れる頃(ザザッ)クマ。午前中は自分でもちょっと居眠りの回数が(ザッ)位にしか思ってなかったんだクマ
 そこまで聴いたケンタが、突然あつもりの前に土下座する。
すんませんっす! あつもりさん! 俺! 午後に変な動きしてるあつもりさんに気付いてたっす! でも俺アホだから……あつもりさん変な踊り踊ってる! って思ってたっす! ホントすんませブフォー!

 最後まで言わせず、あつもりのかかと落としがケンタの後頭部に突き刺さる。

 あつもりはもえに抱きかかえられたまま態勢を少しずらし、もえの胸のあたりに頭が来るようにすると満足気にため息を漏らした。

お前に罪はないクマ。ボクも最初はちょっと焦ったけど、今は(ザザザッ)……こうしてボクのもえに抱かれながら死んでいくのも悪く無いって思ってるクマ。ボクの予想では午前8時には死ん(ザザッ)……死んでしまうだろうけど、もしメールが間に合ったらよろしく頼むクマ。(ザザザッ)……ボクのもえ、愛し(ザザザッザザッ)

 もえの腕の中であつもりの体の力が抜け、気を失ったのが分かった。

 覚醒していた時間は僅か5分ほど。

 ヘンリエッタの事例から考えれば、あつもりの予想通り4~5時間後には死にゆく運命だろう。

 もえは助けを求めるように顔を上げ、仲間たちの顔を見回した。

くそ! 何か……何かっ! あ、ぐ……軍馬はどうだ?! 新しい軍馬にあつもりの情報つけてよ……

 もえにも増して慌てた様子のシェルニーが、なんとか言葉を絞り出す。

 友が死にゆこうとしているのに何も出来ずに居る自分たちの姿をモニター越しに見つめたような気持ちになったもえは、急激に頭に登った血が引いてゆくのを感じた。

……残念ですが、メールでの連絡を取れるようになって、ログアウトプログラムと言う解決策も見えた今、軍馬名の載る一般ログを以前のように詳細に監視しているとは思えません

 シェルニーの言葉を遮り、あつもりの体をベッドに寝かせると、もえは涙をふき立ち上がる。

 リアルで何度も命の修羅場をくぐり抜けてきたギルドマスターは、叱られた子供のように口をつぐんだ。

あ、あれどうっすか?! 昨日あつもりさんが言ってた何とかスイッチ! あれなら……
あれは、昨日も言ったように現在の私たちの最高戦力をもって攻略にあたっても、何度かの全滅や撤退を繰り返しながら戦略を練り、クリアまで数日はかかるものです

 ケンタの言葉も遮り、もえは真っ直ぐ出口を目指す。


 その背中から感じる強い決意に、仲間たちは声をかけることもためらった。

私に一つだけ考えがあります。準備するものがあるので、私の準備が終わるまで、ここで……クマちゃんと一緒に待っていてください

 ドアに手をかけ、振り返ることもなくそう告げる。

 仲間たちの言葉も待たず、もえは夜明け前の街へと走りだした。


  ◇  ◇  ◇


 ギルドにある自分の部屋からバックパック持ち出し、居眠りする当直メンバーの横をそっと通りぬける。

 外に出て一つ深呼吸をすると、もえはあつもりの部屋とは逆方向へ歩き出した。

もーえちゃん

 不意に暗がりから声がかけられる。

 身構えるもえの前に裏路地から姿を表したのは、あつもりの部屋に居たはずのヘンリエッタだった。

行く気なんでしょー? [古代遺跡サナト・クマラ]だっけー?
……あ……え……と……とりあえず時間がありません。歩きながら話しませんか?

 にこやかな表情で相変わらず間延びした話し方のまま、いきなり核心を突かれてもえは言葉に詰まる。

 もえは始発の蒸気特急列車に乗るため駅へと急ぎ、ヘンリエッタはニコニコしながら彼女の横に並んだ。

 二人で並んで歩きながら、もえは作戦を感づかれた事に焦りを感じ、しかし逆に一人ではない心強さも感じていた。

あの……今回の作戦のキモは一人であることなんです。GFO転移が起こってから、戦闘は大きく変わりました。一番の違いは『不意打ち』の多さです。私たちもモンスターも、正面から相対して戦闘開始って言う事は殆どありませんでした

 170cmはあるだろう大柄なヘンリエッタを見上げながら、もえは説明する。

 ヘンリエッタの顔色を伺うが、ニコニコしているだけでその心のうちを読むことは出来なかった。

以前ならエリア内に入った瞬間、強制的に戦闘が始まり、戦闘圏外へ出るまでエンカウント状態が続いていた訳です。でも今はそれがない。常に戦闘状態とも言えますが、逆とも言えます。先にモンスターを見つければ不意打ちも出来ますが――
――逆に避ける事も出来るでしょー。そしてー、『私たち』みたいな射撃系のクラスはー、全クラスの中でいーっちばん目がいい
 もえの言葉を引き継いでヘンリエッタが片目をつぶる。
いっちばん遠くから敵を見つけてー、いっちばん遠くから攻撃ができるのー。だからー、もえちゃんが隠れて[アーティファクト・ボスガキタ]を取りに行く間ー、私がモンスターを引き付けられるよー

 エプロンドレスの背中に背負っているアサルトライフルをこちらに見せる。

 ドヤ顔のヘンリエッタは、彼女の提案を聞いて思案するもえの反応をじっと待った。

(確かに、ヘイトを稼いでくれる仲間が居てくれたなら、かなり成功率は上がるだろう。でも結局そいつは(デコイ)だ。アンチマテリアルライフルで長距離射撃しようって訳じゃないんだから、ヘイトを稼いだ人間は――)
――死んじゃってもー、いいのよー

 まるでもえの思考を読んだように、ヘンリエッタは笑った。

 驚くもえに満面の笑みを向けたヘンリエッタだったが、一瞬だけ少し困ったような悲しいような表情を見せる。

私はねー、もう現実世界では死んでるんでしょー? 自分でねー、わかるのー。だからー、どうせ皆がこの世界から居なくなっちゃってー、この世界が無くなっちゃうならー、私、一人でもー助けたいかなーって

 ヘンリエッタは知っていた。

 知っていても「元気になった」「もう大丈夫」と皆に笑顔をくれた。

 そんな大切な友達が、命をかけて誰かを助けたいと言っている。

(……助けたい。仲間を。友達を。……同じ思いを持っているんだ、その気持の大切さは今なら分かる)
 もえはその申し出を断ることは出来なかった。
わかりました、一緒に行きましょう

 駅に着くと、もえは蒸気特急列車の往復チケットを2組購入した。

 バックパックから取り出した8個の[復活のロザリオ]を4つづつに分け、チケットと共にヘンリエッタに渡す。

ただし、帰りも一緒です。このチケット高いんですから、無駄にしないでくださいね

 微笑み合いながらしっかりと手を握る。

 小柄な黒いゴスロリミニスカの少女と、大柄なエプロンドレスの女性の頭上に、始発列車の出発を告げる汽笛が高く長く響き渡る。

 その音は街の隅々にまで広がり、GFO世界に運命の7日目が始まった事も同時に告げていた。


  ◇  ◇  ◇


 蒸気急行列車の汽笛が、あつもりの課金ルームにも高く響いた。

 あつもりの眠るベッドに腰を下ろし、膝の上で祈るように組んだ両腕を見つめていたシェルニーが汽笛の音に顔を上げる。

……おいケンタ、今何時だ? ……もえちゃん遅すぎねぇか?
えっ?! あっ! 寝てないっすよ! 時間は……わからないんで、ギルドで確認してくるっす!

 お互いに寄りかかってウトウトしていたケンタとカグツチが同時に目を覚ます。

 シェルニーは嫌な予感が胸に沸き起こり、そわそわと立ち上がった。

いや時間より、もえちゃんが居るかどうか確認してきてくれ

 返事をするより早く、ケンタはドアから飛び出してゆく。

 それとほぼ同時に立ち上がったカグツチも「じゃあ俺、もえさんの課金ルーム見てくる!」とドアから飛び出した。


 もえの出て行ったすぐ後に「私もー、ギルドからー、荷物取ってきますねー」と出かけたヘンリエッタも戻っていない。

 嫌な予感はどんどん大きくなってゆく。

 しかし、あつもりを一人残しておくわけにも行かず、シェルニーは落ち着かないように部屋の中を歩きまわった。

(もえちゃん、まさか一人でさっきケンタたちが言ってた[アーティファクト・ボスガキタ]を取りに行ったわけじゃねぇだろうな……? いや、わざわざ一人で行く理由もねぇか……。しかし何か……いやいや……くそっ、やっぱわからねぇ……)

 自らの考えの浅さに嫌気がさす。

 結局のところ自分はそんなものなのだとシェルニーは思った。

(もえちゃんが入ってくれなかったら、俺のギルドなんか今頃空中分解してるか、幽霊メンバーが登録してるだけの閑散としたギルドになってただろうな。俺なんかリーダーシップもカリスマ性も洞察力も知識もねぇ、ただ仲間で集まってワイワイやる場所が欲しいだけのカスゲーマーなんだ)
 あつもりの枕元に元通り腰を下ろし、乱れた前髪を整えてやる。
(もえちゃんが入ってきた時の……あの頃は[とくもり]だったか? こいつの盛り上がり具合は尋常じゃなかったな。当時未実装だったクマの着ぐるみを着だしたのもあの頃だ。もえちゃんに『クマちゃん!』なんて抱きつかれて有頂天になってたっけなぁ)
……ふっ……くくっ
 思い出し笑いが思わず声に出た。
(またあの頃みたいによ、アホども全員集まって皆で楽しくGFOやろうぜ……。放課後の小学生みたいに時間も忘れるくらい夢中でよ。なぁ、あつもり……もえちゃん……頼むよ! 早く帰ってきてくれよ!)
シェルニーさん! ギルドが大変だよ! あつもりさんは俺が見てるからすぐ戻って!
 勢い良くドアが空き、飛び込んできたカグツチが叫んだ。
部屋にもえさんは居なかったよ。ギルドの方に居るかは分からないけど、あの騒ぎはなんかヤバい! だからシェルニーさん! 早くいってやってよ!

 よほど急いで来たのだろう、ソファーに倒れこんで荒い息をしているカグツチに何が起きたのかを聞く時間を惜しんで、シェルニーはギルドへと走り出した。


  ◇  ◇  ◇


 ギルドの喧騒はただごとではなかった。

 意識を失った者の友人、意識を失った事に気付いた本人など、数百人が朝焼けに輝くギルドホールの入り口に群がっていた。

 事態の収拾のためにギルド員全員が表に出ていたが、見渡す限りそこにもえの姿はない。

 シェルニーは先陣に立つコロスケ伯爵の隣へ駆け寄ると、仲間とは何も会話をかわさず、暴徒化しそうなほどいきり立つ人々の対応をはじめた。

(もえちゃんが今どこで何をしているにせよ、俺たちのために頑張っていることは確かだ。……もえちゃんは俺たちを信頼してるって言ってくれたんだ、俺も信じなくちゃな! もえちゃんの信頼に答えるためには、今俺たちが出来る事を精一杯やるだけだ!)

 シェルニーは腕まくりをすると、混乱のるつぼへと身を躍らせる。

 真鍮のパイプと歯車に乱反射した朝日は、街を輝きで埋め尽くした。

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