十四

文字数 7,109文字

 サロン・ド・室橋の倒産から、一年と五ヶ月が経っていた。
 予想したとおり、いまだに管財人からの連絡はなかった。
 おそらく今後も、連絡はやってこないだろう。
 社にいた女事務員や営業マンは、疾うに辞めてもらっていた。
 ヨシダ・ワークスは、吉田栄一個人を保証人とした借り入れが筒いっぱいとなり、自己資金から諸々の代金を支払うようになっていた。自己資金とはいっても、会社が羽振りのよいときに貯めたものではなかった。すべて妻の美貴がフラワーブティック時代に蓄えていたものだった。
 しかし、彼女は
「派遣さんや仕入先には、決して迷惑をかけちゃ駄目よ」
 と言って、会社の支払いを優先させてくれていた。
 会社からの出費は、テナント料や倉庫代、光熱費その他、必要諸経費は一度も滞らせたことはなかった。その代わり、給料など自分たちの生活の足しになるものは、三ヶ月に一度ほどでしか家には入れられなくなっていた。
 わたしは、少しでも家計の足しにしようと、またぞろ塾のバイトをし始めていた。しかし、その程度の実入りで、給料なしの赤字分が補填できるはずもなかった。
 このころから、彼女は、口癖となった「明日はわが身」ということを言い出し、街角や公園のホームレスに肉じゃがやおにぎりの差し入れを行うようになったのだった。
 会社の資金繰りとともに家計の遣り繰りはますます苦しくなり、彼女が経営していたフラワーブティック時代やパート時代の預金は、徐々に目減りして行った……。
 それまでの自信に満ち、溌刺としていた彼女の顔からは、次第次第に憂いの色が立ちのぼりはじめ、苛立ちを見せる日が多くなって行った。わたしを魅了して止まなかった瞳からは、新しい光は上ることなく、笑顔までが奇妙に歪むようになっていた。
 時折、ぼんやりした表情で座っていることが多くなり、以前のように活発に話しかけてくれないようになってきた。
 わたしはますます焦り、なんとかしなければとあちこちの得意先に頭を下げて回った。
 だが、空回りだった――。
 どこへ行っても、どんなに頼んでも、新規の注文は取れなかった。またあのときのように、無間地獄に入って行く恐怖が蘇った。
 寝ていても、行く先、行く先、相手のほうから崩れて行く夢を見た。まるでシシュフォスのように、来る日も来る日も、同じ無意味なことを繰り返している気がした。
 時代も急激な変化を見せ始めていた――。
 給料にしても、印刷費にしても最盛期の六~七割近くまで落ち込んでいた。
 人材派遣やカウンセリングの仕事は、どんどん大手に取られていたし、わたしのような和装衣料関連業界に限った派遣やカウンセリングの仕事は、ますます縮小されて行った。
 そもそも和装衣料業界自体が、不況業種の典型だった。
 ものが格段に安くなっていき、かつての価格設定やサービス料金では、新たな仕事は取れなくなっていた。
「あなた。もう、こんな会社、辞めにしましょう」
 彼女が、二度目のそのことばを口にした。
 サロン・ド・室橋の事件から四年が経っていた。
 あのときの穴埋めのために借り入れた負債が、いまだにヨシダ・ワークスの根幹を圧迫しているのであった。
「所詮あなたは、営業の仕事には向いていないのよ」
 彼女は、同情とは正反対の表情をして言った。
 そもそも事務方あがりの人間に、愛想笑いや腰の低さを必要とする営業活動をすること自体に無理があった。
 ましてカウンセラーといえば、ちょっとした先生呼ばわりをされる職業だ。顧問先から敬われ、頭を下げられても、自分がそれをする必要はなかった。ある意味、上から見る態度が身についたわたしに、まともな仕事がやってこようはずもなかった。
 なかには、営業もやって、資金繰りもやって、それで人材の手配もやってと、何役もやるのは所詮無理な話、根本から考えなおさなければと言い切るひともいた。
 それでも、別の道を考えず、悶々とした日々を送っていたわたしに、美貴が深刻な顔をして言った。
「あなた、わたしはもう限界。これ以上、あなたを助けることはできないわ……」
 来月に大きな支払いを抱えている月だった。
 自治体がらみの大きなイベントに派遣した臨時スタッフたちの人件費だったが、これを払わなければ、彼らは一挙に会社へ押しかけてくることになるだろう。人数そのものは二十人を越えないとはいえ、労働債権は最優先して払わなければならない……。
「なんとかならんやろか。この払いは、人件費やさかい、払わへんかったら、えらいことになるんや」
 わたしは、頭を下げて彼女に頼んだ。
 深刻な押し問答の末、ようやく口を開いた彼女が言った。
「いまやっている会社名義の生命保険を解約すれば、それくらいのお金はなんとかできると思う…‥」
「そうか。よかった」
「だけど、これは退職金のないわたしたちの老後のために残しておこうと思っていた虎の子だわ。これを使ってしまったら、いままでに払った掛け金の半分以上は帰ってこないし、受け取ったところで、差し引きすれば、わたしたちの手元には、ほんのわずかしか残らないのよ。それでもいいの」
「再来月、別口のイベントが入ってくるさかい、足らず前はそれでなんとかできるやろ」
「でも、老後の補償は、これで完全になくなってしまうのよ」
 彼女の必死の懇願にも拘わらず、わたしは解約を実行させた。
 わたしには、将来の幸せより、目前の不幸を回避するほうが大切だった。無理やり頼んで参加させた臨時スタッフたちの、自分を恨む顔や悲しむ顔を眼にしたくなかった。自分勝手な理屈だが、彼らにはそれなりの恩義があり、義理があった……。
 解約の諸手続きが済んで、待望の保険金が口座に入金されたその日は、ちょうど給料の支払い日であった。
 まさに、ぎりぎりセーフといったところだった。臨時スタッフたちはなにも知らず、その金を受け取ったあと、またお願いしますと喜んで帰って行った。
 薄氷を踏む思いであった――。
 だが、その翌月、当てにしていた別口のイベントは、わたしの会社には落ちず、別の会社にもって行かれてしまった。
 大手の派遣会社が落札したのであった。
 このころは、大手といえども、ヨシダ・ワークスが手がけるような、小さな仕事にまで手を出していた。大手は大手で、そのまた大手に仕事を取られている時代であった。
 自転車操業の悲しさ。売上代金が入ってから支払うという善循環パターンは疾うの昔に潰えていた。
 人材派遣事務所ヨシダ・ワークスは、借金返済のために借金をし、その借金を返すために求人チラシを印刷し、新聞折込を見て集まった人材をいったん登録させておいて、企業に売り込んで派遣するという、後手後手のパターンに陥ってしまっていた。
「すまん。あと二百万。なんとかならへんやろか」
 わたしは妻に頭を下げた。「あのイベント、流れてしもた……」
「悪いけど、もう、わたしにはなにもできない」
「頼む。もう一回だけ、チャンスをくれ。このとおりや。なんとか頑張って挽回する。また美貴の笑顧が見られるように頑張る。その笑う顔が、もう一遍だけでも見たいんや。見さしてくれ。頼む」
 必死だった……。
 前回のときよりも必死だった。
 今度の払いは、支払先に頼み込んで二度ジャンプさせた手形の決済金であった。求人のための印刷代が三ヶ月分、滞っているのだった。これ以上のジャンプは認めてくれない。
 それどころか、二度とチラシの印刷は引き受けてくれないだろう。
 そうなれば、スタッフの募集はできなくなる。スタッフがいなければ、売り込むことはできない。訴えられて、しよっちゅう裁判所に出向くことになる。まさに踏んだり蹴ったりだ。
「なぁ、なんとかしてくれへんか。美貴だけが頼りなんや」
 数分間の沈黙ののち、彼女は、その鋭い眼でわたしを睨みつけるようにして言った。
「わかった……。わたしの年金保険を崩すことにする。その代わり、条件があるわ。今回のこれは、いままでのように、あなたにあげるんじゃない。貸すの。貸してあげるの。だから、約束してほしい。必ず返す。絶対に返すって――」
 鬼気迫る形相だった。もし彼女の身体に触れていれば、その炎でわたしは焼かれていただろう。
「わかった。そのときは――」
 わたしは、唾液を喉の奥へ押し込んで答えた。「相殺する」
 言わんとするところは、法人ではなく、個人でかけている生命保険の金で償いますということだった。この保険は、ヨシダ・ワークスを始める前から、彼女が個人的に掛け続けていたものだ。
 わたしになにかがあれば、一生の面倒はともかく、彼女が当座の生活に困らないだけの金額が入ってくる保険であった。逆の場合も同じで、彼女が死ねば、その保険金は、わたしに入ってくるようになっているのである。
「約束してくれるのね」
「ああ――」
「じゃ、明日、解約の手続きをしてくるわね」
「すまん……」
 結局はまた、彼女の世話にならなければならなかった。彼女は自分の年金保険を崩して足らず前の支払いに充てた……。
 そういうことがあってから、わたしは毎日、新聞に入ってくる折込チラシの求人広告の端から端までつぶさに検討し、二日と空けずにハローワークを訪れるようになった。
 自分がいままでにやっていたことの、まったく逆だった。
 それまでは、自分が面接官だったのだ――。
 職安の要請なので、仕方なく形だけの面接に応じているらしいところもあったが、そんなところを受けても結果は同じで、今回は見送りますとの返事だけが履歴書と一緒に戻ってきた……。
 なかには、うちの会社の定年は六十歳、たった二年ちょっとの間になにをしようというんですか、仕事を覚えたときにはもう定年っていうんじゃ、なにをやってるのかわかりませんよ、うちはなにも社会福祉やボランティアで事業やっている会社じゃありませんからね――などと、あからさまに皮肉を言ってくる面接官もいた。
 そんなわけで、五十八歳になろうとする男の正規雇用をオーケーする会社はゼロであった。何度ハローワークや人材銀行に足を運び、首尾よく面接に漕ぎ着けたとしても、例によって例のごとく、不採用通知しか返ってこないのだった。
 代表取締役として個人保証した会社の借入金はもとより、わたし個人や彼女個人が借り入れた金はますます嵩み、金利だけでしか払えなくなっていた。ここ五年や十年のタイムスパンでは到底、返済できないほどになっていた……。
 わたしは、ついに決意し、会社を休眠させることにした。
 会社といっても、たった二人だけの会社だった。いざ潰すとなれば至って容易であった。得意先の企業には、派遣スタッフの直接雇用という形にしてもらい、彼らの後顧の憂いがないようにした。
 車を売り、ガレージを解約した。テナントも引き払った。
 わずかだが、預けていたテナントの保証金五百万円が戻ってきた。
 幸い彼女が助けてくれていたお陰で、銀行借入や個人の借金は減らなかったが、印刷会社やモデルクラブなど外部の人間には迷惑をかけることなく、辛うじて会社を畳むことができた。
 保証金の残りで、暫くは繋げそうだった。
「これで半年くらいは行けるやろ」
 戻ってきた保証金を彼女に渡しながら、わたしは言った。「もう、格好なんか構わん。その金があるうちに、どんな仕事でもええから見つけてくるわ……」
 雇ってくれさえするなら、どんなところだっていい。
 わたしは覚悟を決め、チラシにあった時給千円の掃除夫に応募した。少なくとも収入ゼロよりはいい。このままでは、かつての昼夜逆転生活に逆行するだけだ……。
 そう思って、捨て身で行った面接でオーケーが出た。
「採用させていただきます」
 面接官は、にこりともせずに言った。
「そうですか。ありがとうございます」
「いつからきていただけますか」
「いつからでも――」
「じゃ、明日からでもいいですか」
「はい。結構です」
「では、吉田さんに行っていただくところは……」
 面接官は、わたしの行く場所を説明し始める。わたしは、素直に耳を傾け、無理に浮かべた笑顔で応える……。
 ある意味で、当たり前だったろうが、何度も断られた不名誉な戦績が自分を卑屈にしていた。こんな仕事でも、雇ってもらえるのが嬉しく思えた。
 かくして朝は掃除夫、夜は塾の講師という生活が始まったが、生活の苦しさそのものは変わらなかった。
 働いても働いても食えない。まさにワーキングプアーそのものだった。
 生活費を切り詰めねばならなかった。引っ越すことに決めた。周旋屋で紹介してもらった、嵯峨駅近くのアパートに引っ越した。家具も、部屋数も、広さも以前の半分に減った。
 それでも、月々に返さなければならない金額は負担だった。
 妻が、だんだん弱気になってきていた……。
 それにつれて、身体の具合も悪くなってきているようだった。心臓の苦しさや激しい動悸、息切れなどを訴えるようになった。
「あたし、ひょっとして死ぬかも知れないわ」
 滅多に弱音を口にしない女であった。「そのときは、あの子にわたしの保険金を渡してやってね。どんなに苦労しても、掛け金だけは払い続けるから……」
 わたしは、彼女の好きな植物や家具調度の類いが減り、部屋が狭くなったせいだろうと思ったが、口に出しては言えなかった。
 思い通りにならない人生というものは、確かにある。おそらくほとんどの人間が思い通りに暮らしてはいないだろう。
 しかし、ひとは言う。
 それは、努力が足りない所為だ。怠けている所為だと。だからこそ、ここはなんとしてでも、昼のまともな仕事を見つけてこなければならなかった。わたしの名誉ではなく、彼女の心の健康のためにも……。
 しかし、どんなに面接を受け、試験を受けても、正規の社員として雇ってくれる会社はなかった。狐に撮まれたか、悪魔に魅入られたようだった。不運というよりは、自らの蒔いた驕慢の種がいまになって芽吹いてきたように感じた。
 もがけばもがくほど、深みにはまって行く……。
 元旦那さんや娘さんからのリベンジだと思った。
 いや、むしろ妻自身の怨嵯が反映したものでもあったろう。
 彼女は、自分も働くといい、新聞広告やチラシでパートの仕事を探すようになっていた。
 だが、わたしより二つ年上の彼女に、かつてのように華やかな仕事は残っていなかった。彼女はパソコンなど、特殊な技能を持たなかった。スーパーの事務員ですら雇ってもらえなかった。
 あるいは、顔が射さないからと、それまでの彼女の性格では考えられないホテルのベッドメーキングや、室内清掃の仕事まで物色するようになっていた。
 それを聞いて、朝早く疲れた足取りで帰ってくる彼女の、哀れな姿が眼に浮かんだ。プライドの高い彼女には、決して本意ではない仕事だった。
 おそらく死んでもしないだろう……。
 だが、そこまで追い込んだのは自分だった。
 こんなわたしと一緒になったばっかりに、彼女は泥沼のような人生を歩むことになってしまった。あのまま、あのひとが言ったように、静観しておけば、こんなことにはならなかったろう。
 その差は歴然としていた――。
 母親に当座の借金を無心してみた。だが、六十にもなろうとする男がなんということを言う、世話になりたいのは、年金生活をしているこっちのほうだと言われた。
 代わって電話に出た妹に、兄ちゃんは自分勝手過ぎる、こっちは子供を連れて離婚し、一番大変だったときに一度も手を差し伸べてくれなかったと非難され、反論もできなかった。確かに親孝行らしきものは一切していなかったし、妹やその子供たちに対しても初歩の英語を教えたり、食事に招待したくらいしか記憶はなかった。
 考えてみれば、わたしはただのひとつとして、妻に夫らしいことをしてやっていなかった。すべてがおんぶに抱っこで、幸せを感じさせてやることが一切なかったのだった。
 まるで、彼女はわたしの母になっていた……。
 わたしは、諸々のリベンジの連鎖を断ち切るべく、相殺の道を選ぽうと思った。そうすることで、少なくとも彼女だけは助かる。娘さんや旦那さんも、少しは大目に見てくれるだろう。
 そう決心した翌朝、わたしはいつものように、会社員のような格好をして出勤した。近所の手前、格好だけは従前どおり自分の会社を続けているように見せていたのだ。
 彼女には、なにも言わなかった。事故と見せかけるには、普段と変わらないさりげなさが必要と思ったからだった。
 狂っていた……。後先のことは、ほとんど考えていなかった。
 ただ、なんとかして事故を起こさねば――。と、それだけだった。
 いつもどおり、午前十時に掃除の仕事を終えたあと、いまでは唯一の自家用車となったミニバイクを飛ばした。かつての事務所からは一番遠いところにある、もっとも望みのない得意先へ向かって……。
 おそらく彼女なら
「待意先に行くと言っていました。おそらく仕事を取りに行こうとしていたんじゃないでしょうか」
 とかなんとか、上手に保険屋さんに話してくれるだろう。彼のことは、彼女に任せておけばいいのだ。
 生きていればよし。死んでいれば、なおよし。交通事故での死亡は、病気などとは違って、ケタが違うのだ。
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