第5話   第一章 『墜落者』④  コテッジの部屋で

文字数 1,057文字

 折れた翼の持ち主の上体を抱き起こそうとして雪の上に片膝を着き、相手の片腕を自分の肩に回した。果たして自分の力でコテッジまで連れて行くことが出来るかどうか・・。
 が、そのまま上体を起こして何とか立ち上がろうとした・・その時、そんな心配は杞憂に過ぎなかったことが分かった。
 
 相手はまだ半分朦朧としているように見えた・・が、なにか気球のように自然に身体を浮かせるようにして立ち上がったのだ。
 その肩に回した腕にだけ微かな重みを感じる程度で、後は全く力を入れる必要はなかった。

 その一瞬の不思議な上昇感に、晃子は思わずその目を見開いた。
 ・・雨上がりの空に、突然現れた美しい虹・・一瞬の光や風が作る幻想の情景・・そんな予想外の自然現象に出会った時のような・・。
 
 反射的にその視線は、すぐ近くにある相手の顔を見つめる。
 まだ半分目を閉じたまま俯いている翼の主の口許に、微かな感情の跡が浮かんだような気がした。

 そのまま難なくコテッジの中まで運び、ソファまで導く。
 その途端、それまで軽々としていた気球に突然ひどい重力が掛かり、支え切れずに・・晃子は思わずその腕を放していた。
 
 支えを失った相手の身体はそのままドスッとしたような音を立て、ソファにのめり込むように倒れた。同時に、ボキッと云うような鈍い音がして、唸るような悲鳴が上がった。

 ・・天上からの失墜にさえ耐えたその翼が・・晃子の責任放棄でまた折れたらしい。

 晃子は思わず上げそうになった悲鳴を抑え、唇を噛んで複雑な反応も抑えた。
 同情すべきなのだけれど・・その姿についての認識・・刷り込みが、感情の立ち位置をあやふやにしていた。

 しばらく身体全体を俯けて痛みに耐えていたらしい翼の持ち主は、突然、唸り声とも怒声ともつかない声を張り上げると、部屋の暗がりに一瞬赤い炎の矢が走った。
 
 その矢が瞬くうちに、近くの椅子の一脚を焼き尽し灰にした。

 
 晃子の感情の立ち位置が、一瞬にして明確になった。

 心臓の鼓動が早まっていた。
 
 が、暫くして気持ちも収まると、静かにその大きなソファの端に座り・・彼女の残酷な仕打ちで折れた翼の部分に、労わるように・・ソッと手を添えた。

(・・ン?)

 何だろう・・この感触、手触り・・なにかに・・。
 
 その手のうちに微かな振動が伝わって来る・・その微動の波がなにか眠気を誘うようだ。
 そのまま晃子の身体は静かに滑り落ち・・目を閉じる。
 と、埃カバーに顔を埋めて眠っている相手の近くに・・凭れるようにして、いつの間にか・・眠りに落ちていた。
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